玲奈ちゃんの登場(1)
第9章 玲奈ちゃんの登場
さて、玲奈ちゃんが、こちらの世界へ来て二日経ちました。
いつまでも、公子さんの部屋に居候するわけにもいきません。どこかで部屋を借りるなりなんなりして、住む場所を決めなくてはなりません。
一緒にいて、公子さんは、玲奈ちゃんがひどく幼いことに気付きました。
一人称を使わず自分のことを玲奈と言うのも、幼児の特徴です。
しかも、ご飯を食べるときでも、ご飯をよそうとか、味噌汁をよそうとか、自分ですることはないのです。小さな子供のように、他人がしてくれるのを待っているだけです。
でも、公子さんは玲奈ちゃんのお母さんじゃありません。いつまでも、玲奈ちゃんの世話をしているわけにいきません。
そろそろ、自立してもらわないと、公子さんが困ります。それで、二日目の晩、布団の中で尋ねました。
「ねえ、玲奈ちゃん」
「なあに」
「あんた、ホントはいくつなん?」
「十八だよ」
「向こうでの本当の年やで?」
「だから、十八だって」
こっちの世界でも子ども扱いされるのはゴメンです。玲奈ちゃんは、必死で誤魔化そうとしました。
その頑なな態度に公子さんは腹を決めました。そして、小さなため息をついた後、サラリと告げたのです。
「そう。じゃあ、一人で生活するんやね」
「え?」
「十八いうたら、一人前や。高校卒業して働く人もおるし、大学行く人かて下宿する人もようけおる」
「だって、アパートとかどうやって借りるか分かんないし……」
雲行きが怪しくなったことを本能的に察した玲奈ちゃんは、対抗手段を講じました。
思いっ切り甘えて媚を売ったのです。こうすると、お父さんも、お母さんも、仕方がないわね、と玲奈ちゃんの言い分を聞いてくれるのです。
でも、さすがは年の功です。相手の方が数段上でした。
「大丈夫。ウチの知り合いの住んでるアパートに空き部屋があったはずやから、頼んであげるわ。で、アパート借りるんなら、敷金や礼金も払わなならんし、毎月の家賃も払わなならん。そやから、どっかでアルバイトせなならん」
この二日間、玲奈ちゃんは公子さんのお世話になりました。玲奈ちゃんにすれば、十九歳のお姉さんは十分おばさんです。そのせいか、まるで、仲の良い親戚のおばさんと一緒にいるみたいな感じで安心しきっていたのです。
お互いの見た目が同年代なので何となく奇異な感じはしますが、実年齢は公子さんの方がズッ~~~~と上のような気がしました。それで、頼りがいがあったのです。
玲奈ちゃんは、何の根拠もなく、このままズッと公子さんと一緒にいられると思っていました。まさか、突然放り出されるとは思いもしなかったのです。
「そんな。玲奈、一人で暮らしたことなんてないのに」
「たまたまお家から通えるところに学校があっただけや。十八やったら、一人暮らしする人は大勢いてる。せっかく、こっちへ来たんや。あっちできひんかったことを経験したら良いんや」
「ダメ、無理!玲奈、一人暮らしなんてできない」
「できなくでもやらなならん。いつまでも、井田屋食堂のお世話になるわけにもいかんのや」
「公子さん。公子さんは、どうするの?」
「ウチは、ここの従業員や。ここで暮らす」
「玲奈は?玲奈も従業員じゃダメなの?」
「考えてもみ。こんな小さな食堂に従業員は一人で十分や。そやから、玲奈ちゃんがここの従業員になるなら、ウチが出なならん」
「そんな……」
玲奈ちゃんは、絶句しました。
子供扱いされたくなくて、大人になりたくて、十八歳になったのに、十八歳になったら、今度は大人としての行動することを要求されるのです。
大人は、自分のことを自分でするものです。住む場所も食べるものも自分でゲットしなければなりません。大人は、他人のお世話になり続けるようなことはしないのです。
でも……玲奈ちゃんは焦りました。
また、一人ぼっちになるのでしょうか。
そんなの嫌です。
ここには、お父さんもお母さんもいません。せめて、公子さんに側にいて欲しいと思いました。
「大丈夫。玲奈ちゃんがアパートに住んでも、ウチは玲奈ちゃんの友だちや」
友だち。
なんて素敵な言葉でしょう。でも、一緒にいられないなら虚しいだけです。
たまに会って、おしゃべりしたり遊んだりするだけの友だちなんて我慢できません。そんな友だちなら、いなくても良いのです。
お父さんもお母さんもいない世界で一人ぼっちで暮らすなんて、絶対に嫌でした。
真っ平御免でした。
「いや。一緒にいて」
泣きそうな顔ですがりつく玲奈ちゃんを見て、公子さんは確信しました。
元の世界では、多分、小学生なのでしょう。だから、一人で暮らすなんて、想像もできないのです。
さて、どうしたものでしょう。
「そんなに難しいの?井田屋食堂のおじさんに頼んで、二人とも置いてもらえば良いだけでしょ?」
世間知らずの子供っぽい発想に思わず頭を抱えました。
「おじさん、優しいから、きっと、良いよって言ってくれるよ」
他人がみんな自分のために動いてくれると信じて疑わないのです。
思いと違う展開になったら、この子はどうするのでしょう。
きっと、涙をボロボロ流して泣くのでしょう。
この間分かったことは、この子にアルバイトは無理だということです。
どうして、あのネコは、こんな無防備で生活力のない子供をこっちへ送り出したのでしょう。
見識を疑います。
まあ、そもそも目についた人間を別の世界もしくは別の時代に送り出すこと自体、非常識なことなのですが。
「あのね、玲奈ちゃん。あんた、ほんまに十八なん?小学生なんやない?」
「十八だもん」
「分かった。じゃあ、一人で暮らし」
「十八じゃなかったら、一人で暮らさなくても良いの?公子さん、一緒に暮らしてくれるの?」
「玲奈ちゃんが小学生やったら、放っておくわけにいかんけど、十八やったら、大きなお世話や。放っておくわ」
玲奈ちゃんは悩みました。
正直に七歳ですと言った方が良いのでしょうか。それとも、このまま十八ということにして押し切った方が良いのでしょうか。
「これが最後や。あんた、本当はいくつなん?」
まるで、後何分で締切りますと言って視聴者をあおるテレビ通販の司会者のようです。
締切の時間が近づくと、「後、○○分で受け付けを終了します。今回限りのお買い得!」と言って、視聴者に急いで買わなきゃいけないという気分にさせるあれです。
玲奈ちゃんは、急いで白状しなくちゃという気分になって、とうとう白状してしまいました。
「ホントは七歳で、小学二年なの」
正直に答えないと見捨てられるような気がしたからです。玲奈ちゃんにしてみれば断腸の思いだったでしょう。
「正直に言えてお利口さんや。七つやったら、一人暮らしは無理や、な」
今度は、公子さんが悩む番です。
このまま玲奈ちゃんと一緒に住むには、井田屋食堂で住み込みを続けるのは無理です。
だったら、どうすれば良いのでしょう。
武史さんの高島アパートの空きがあったと思うけど……。
空きがあったら、ウチと玲奈ちゃんで一部屋借りよ。
どうせ、炊事だけやなく、掃除も洗濯もできひんのやろな。
こんなとこ来てまで、主婦業せなならんなんて、最悪や。
明日、武史さんや和也くんが井田屋食堂へ来たら相談しよ。
二人に協力してもらわんと。ウチ一人じゃどうしようもないわ。
どうして、公子さんだけ貧乏くじを引くことになるのでしょう。
玲奈ちゃんは、情けなさそうに公子さんのパジャマの裾を握りしめています。まるで、手を離したら、世界中に見捨てられるとでもいうように。
公子さんに、一人で放り出されるかもしれない。そう思うと、怖くて、思わず、本当の年を白状してしまった玲奈ちゃん。玲奈ちゃんの面倒を見るため、こんなとこまで来て主婦業することになった公子さん。二人の微妙な関係が始まります。




