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ブラックなネコ  作者: 椿 雅香
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武史さんと公子さん(6)

 四月になると、町の東を流れる大谷川の土手に桜が咲きます。この町では、結構有名な桜の名所です。


 公子さんは、武史さんを花見に誘いました。


 花粉症の武史さんは、花見に行かなくなって久しいのですが、もしかして、この世界では、花粉症が発症しないのではないかと淡い期待を抱いて出かけました。もちろん、マスクは必需品です。 


 指定された土手には、既に何人かの若者が集まっていました。

 肉屋の息子と喫茶店の看板娘がいることだけは分かりましたが、後は、知らない顔です。


 困惑する武史さんに公子さんが言いました。

「武史さん、この人たちね、中央通り商店街次世代の会のみなさんや」

「中央通り商店街次世代の会?」


 なんと仰々しい名前でしょう。というより、肉屋や八百屋なんか結構古そうで、二代目というワケでもなさそうです。

「別に二代目ってワケやないんや。今の経営者の子供さんたちで交友を深めるっちゅう意味で、『次世代の会』て名乗っとるだけや。もっといろんな年頃の子供さんもいはるんやけど、とりあえず、高校三年のメンバーが仲良くしよってことで次世代の会っちゅうわけや」

「そうですか」


 それがどうしたというのでしょう。商店街の次世代が何をしようと関係ありません。

 武史さんには関係ない話です。


「武史さん、次世代の会はな、親御さんたちの公認で、グループ交際しとるんや」


 グループ交際とは、男女一対一のデートじゃなくグループで交際することで、その中からカップルができたりします。

 えらく古めかしい言い回しで、平成の時代にはあまり聞きません。でも、普通に一対一で恋愛する前段階として活用されることがあるようです。


 公子さんが、小声で付け足しました。

「平成じゃ、ストレートに『合コン』いうけど、まあ、その一種やと思たら良いわ」

「また、そんな暴論を……」

 呆れる武史さんにお構いなく、驚きの新事実が明らかにされました。

「そやけど、商店街の次世代たちがグループ交際する言うても、たかだか四名じゃグループとは言い難いやろ?それで、頭数そろえるっちゅう意味で、ウチらにお誘いがあったんや」


「なぬ?」


 頭数をそろえる。まるで、合コンです。

 いいえ、これは合コンそのものだったのです。さっき、公子さんがそう言ったじゃありませんか。

 武史さんは、前々から、公子さんが、少しというより、かなり強引なところがあると思っていましたが、ここに至って、かなりどころじゃなく、とてつもなく強引な人だと確信するに至りました。


 確かに、面倒見の良い人です。しかも、外見からすると武史さんより年上だとは思えないのですが、発想が完全に大阪のおばちゃんなのです。

 だから、仲人ばあさんよろしく、武史さんに次世代の会の面々を紹介してくれたのです。


「右から、八百屋のミヨちゃん、喫茶『花梨』のリカちゃん、そして肉屋のトオルくんに魚屋のケイジくんや。で、知ってる人もいはると思うけど、こっちが宮森書店の店員してる富岡武史さんや」


 何で、僕だけフルネームなんだ?


 武史さんの素朴な疑問はスルーされ、さっそく花見の宴が始まりました。どうやら、武史さんの意向なんか斟酌する気は毛頭ないようです。


 桜の下に敷き物を敷いて、料理を並べます。

 当然ですが、みんな店の商品を持参しています。

 八百屋のミヨちゃんはタケノコの煮物を、喫茶店のリカちゃんはサンドウイッチを、肉屋のトオルくんはコロッケとカツを、魚屋のケイジくんはお造りの盛り合わせを、と言う具合です。


 公子さんはというと、巻きずしやいなりずしを持って来ていました。井田屋食堂の主人が作ったものとは明らかに違うことから、公子さんのお手製だと思われます。


 公子さんが武史さんに手を出して、尋ねました。

「頼んどいた、あれ、持って来てくれた?」


 そうなのです。事前に日本酒を一升持って来るよう頼まれていたのです。


「みんな未成年ですよ」

 そう言いながら渡すと、公子さんが平然と言ってのけました。


「良いんや。昔は、祭りの日は無礼講言うて、子供でもお酒飲んだもんや。花見も似たようなもんや」

「あのね、公子さん。いくらなんでも、それは暴論でしょう」

「良いんや。だいたい、あの法律は、お酒を飲ませた人が罰せられることになっとるけど、

飲んだ未成年は、厳重注意でお終いや」

「公子さん。いい加減にしてください。前途ある若者に酒の味を覚えさせるなんて、とんでもないことですよ」

 武史さんが食ってかかると、肉屋のトオルくんが割って入りました。

「富岡さん、気にしなくて良いよ。俺たち全員未成年だけど、特段の問題を起こさない限り、警察だって大目に見てくれるさ。それに、持ってきた富岡さんも、そそのかしたキミちゃんも未成年なんだ。だから、まあ、子供たちの悪戯って感じで許してもらおうよ」

 

 そんな、いい加減な。

 こいつら、公子さんの本当の年を知らないから、こんな呑気に構えていられるんだ。


 頭を抱える武史さんにお構いなく、一同に紙コップが渡されて、少しずつ日本酒が注がれます。

「無駄な抵抗はやめろ。君は包囲されている」

 公子さんがふざけると、リカちゃんがクスクス笑って言いました。

「諦めた方が良いわ、富岡さん。キミちゃんにはかなわないから」

 一同に酒が行き渡ると、公子さんが促しました。

「じゃあ、とっと始めよか。乾杯!」

「乾杯」


 一同、乾杯をして持ち寄った料理を食べました。外で食べると何でも美味しいものです。桜の下で食べると、美味しさも五割増しになります。どれもみな本当に美味しくて、武史さんは花の下で飲み食いする幸せをかみしめました。


「日本人で良かった」と思う瞬間です。


 花粉症の症状は大したことないようで、こんな優雅な花見は何年ぶりだろうと幸せに浸っていると、探りを入れられました。


「俺たち四人はみんな高校三年なんだけど、富岡さん、いくつ?」

「十九だ」

 肉屋のトオルくんに訊かれて、憮然として答えました。


 公子さんに、こうまで良いようにあしらわれると言うか、振り回されると、抗議する気も萎えてしまいます。こうなったら、毒を食らわば皿までです。


 続いて魚屋のケイジくんがくんが興味津々で尋ねます。

「じゃあ、高校出てすぐに宮森書店に就職したのか?」

「五月にこっちへ来てすぐに就職したから、まあ、そういうことになるな」

 

 会話というのは、言葉のキャッチボールです。武史さんも次世代の会に尋ねました。

「君たち、どこの高校へ通ってるの?」

 武史さんの質問に、リカちゃんが答えてくれました。

「私たちは、みんな二駅先にある上島高校の生徒なの」

 公子さんが補足説明してくれました。

「この子たちは、それぞれのお店の看板娘や看板息子なんや。でもって、偉いんやで。休みの日には、お店の手伝いしてるんや」

「アルバイトみたいなもんさ」

トオルくんが笑いながら付け加えました。

「それにしても、偉いわ。お家の人から、バイト代としてお小遣いもろてるって聞いたけど、親孝行なことや。親御さんたちは、この子たちが店を継いでくれることをねごてるんやろな」


 それが、どうしたというのでしょう。どうでも良いことに巻き込まれたようで、面白くありません。

 やけくそになって、紙コップの酒を一気に飲み干した武史さんは、周りから尊敬の念を持って囃し立てられました。


 そんなことも面白くありません。何しろ、本当は三十九歳の大人なのですから。


 でも、公子さんは平然としたものです。


「そやから、夏休みみたいな長期休暇は、親公認でグループ交際しとるんや」

「お店の跡を継ぐのとグループ交際の何の関係があるんです?」

「分からん?親御さんたちは、この子らに町に残って欲しいんや。だから、この町の中で相手を見つけて結婚して欲しいってことや」

「それで、親公認のグループ交際の頭数合わせに協力しろと?」

「そういうことや」


 そんな出来レースみたいなグループ交際に引きずり込まれるなんて、とんでもない!


 思わず、抗議しようとした武史さんを、公子さんが制しました。

「あんたには、こういう経験が必要なんや。頭でっかちで、他人の感情だけじゃなく、自分の感情にも疎いやろ?そやから、勉強やと思て、付き合い!」


 無茶苦茶です。

 

 しかも、武史さんの意向なんかお構いなしです。


 親公認のグループ交際に交ぜてもらえるよう口を利いてくれたのでしょうが、事前に相談して欲しかったものです。というか、そういうことは、本人の了解を得た上で行動すべきことです。


 そう思うのですが、言い出すことができません。というか、言ったとしても言い負かされるのが目に見えてます。



 武史さんの受難の日々は続くのでした。




完全に公子さんのペースで武史さんは、振り回されることになります。

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