武史さんと公子さん(5)
少し短いですが、キリが良いのでアップします。
そんな武史さんに対して、公子さんは堂々たるものです。
武史さんの事情なんか一切斟酌しません。
「そりゃあ、SFの基本かもしれんけど、ここにウチらがいるってだけで、本来いない人間がいるんや。
そやから、もうすでに歴史が変わっているやない。
つまり、意図的に変えるつもりはなくても、結果的に歴史を変えてしもてるんや。
だったら、五十歩百歩やと思わへん?」
「そんな無茶な……」
さっきまで淡い恋心さえ抱いていた公子さんの正体は、押しの強い大阪のおばちゃんだったのです。
武史さんは押されまくってタジタジです。
「ああ、それから、ウチ、娘に腐バアバ呼ばれてんねん。マンガ、ラノベ、ネット小説、何でも来いの二次元とかアニメが大好きなオタクのおばちゃんなんや。
そやから、SFとか異世界とかがどうのこうのって理屈は知っとるつもりや」
腐バアバ。
何という暴言でしょう。公子さんの家庭は、どうなってるんでしょう。
武史さんの常識を超えていました。
でも、理屈を知っていてなお、本来いない人間がいることになるから、いるだけで歴史を変えてる、と言い放つのです。だから、多少歴史を変えたって五十歩百歩だというのです。
傍若無人も甚だしい人です。
武史さんの常識では、あり得ない人でした。
公子さんの言動は、武史さんのキャパを越えていました。今までの交友関係に存在しなかったタイプです。
あまりのことに陸に上がった魚状態の武史さんに、死刑宣告のような言葉が投げかけられました。
「どっちにしても、武史さんに、恋愛は無理や」
「何でです?」
ひどい人です。会ったばかりなのに、この人に武史さんの何が分かっているというのでしょう。一体、武史さんのどこが悪いというのでしょう。無茶苦茶です。
そりゃあ、武史さんには恋愛に疎いところがあります。でも、そんな風に斬って捨てなくても良いじゃないですか。
「恋って、理屈でするもんやない。『ロミオとジュリエット』とか近松なんかの『心中もん』見てみ。好きになったらあかんことが分かっててもしてしまう。それが、恋や。
じゃなきゃ、道ならぬ恋なんか、誰もしいひん」
一瞬、あまりの暴論に絶句しました。
でも、深呼吸を何回かして冷静になってみると、目から鱗です。
どうして、これまで恋ができなかったのか、その理由がストンと理解できました。
ただ、元の世界の人間と遭遇したら良い友だちになれる、と期待していただけに、ようやく会えた元の世界の住人がこんな無茶苦茶な人だと分かって、天を仰ぎました。
会えて嬉しいという感情が、こんなヤツだったことが辛いと言うか、情けないと言うか、癪だと言うか、そういう感情とグチャグチャになって、上手く説明できません。
混乱する武史さんに、公子さんがサラリと言い放ちました。
「しゃあないわ。連れて帰ることの良し悪しに自信がないなら、せめて、恋をし」
「恋ですか?」
やっとのことで、言葉を絞り出します。
「うん。恋や。向こうじゃメッチャ忙しかったんやろ?」
「ええ、まあ」
「多分、毎日残業で、土日は、デートどころか休養で精一杯って感じやろ?」
「どうして、それを?」
「む、むす、向こうの知り合いにそう人が、いるんや」
思わず、息子がそんな感じだったと言いかけて、慌ててごまかしました。
どうやら、武史さんは公子さんのことを四十八歳だと思っているようです。せっかく、異世界で若返って非日常を楽しんでいるのに、会社員の息子がいる還暦のおばさんだと白状する気は、サラサラありません。
「と、とにかく、こっちの方が時間にゆとりがあるってことやろ?」
「その通りです」
「せっかく、ゆとりがあるんや。ここで、恋愛のスキルをアップしてけば良いんや。ゲームで言うなら、経験値を上げるってヤツや。
恋人を連れて帰るのはNGでも、経験値を持って帰るのはOKやろ?」
あまりにも楽観的な考え方に唖然としました。
「あんた、女の子と付き合ったこと、ないんやろ?そんなんじゃ、向こうに帰っても女の子を口説くことなんかできひん。
せっかくやから、こっちで練習したら良いんや」
「練習って、そんなの、こっちの女の子に失礼じゃないですか」
「大丈夫。昔のお見合いじゃあるまいし、付き合った人と絶対結婚しなならんわけやない。
向こうも恋愛を楽むんや。
知っとるか?恋愛って、二人でするもんやで」
「そんなこと、当然じゃないですか」
「だから、二人で楽しめば良いんや。それから先のことは、後で考えれば良いんや。
恋する前から、あれもダメ、これもダメって、自分で自分の可動域を制限する必要なんかないんや」
「でも、本気で恋をしても、あっちへ連れて帰るわけにいかないんですよ」
必死で詰め寄る武史さんを、公子さんが一蹴しました。
「そのセリフ、本気で恋してから言うて」
武史さんの期待した友だちになれそうな元の世界の住人は、武史さんの価値観を大いに逸脱するとんでもない人物だったのです。
この日から、武史さんの前途多難な日々が始まりました。
大阪のおばちゃんは、半端なエリートじゃ相手になれません。最強なのです。




