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ブラックなネコ  作者: 椿 雅香
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武史さんと公子さん(2)

 後に、公子さんにその話をしたら、噛んで含めるように諭されました。


「武史さん、あんたな、あっちの仕事で使うのは、あんたのお金やないんやろ?

 会社のお金使ってする仕事や。それって、あんたの手柄やない。会社の手柄や。

 なるほど、大きなプロジェクトに関わるのは幸せなことや。でも、それは、社員として歯車の一つになっとるだけや。

 そやけど、小さなお店で雑誌やコミック売る仕事は、お店やなくて、あんたがやっとる仕事や。

 あんた、関連した書籍のコーナー作ったり、新刊本のコーナーなんか上手にレイアウトしてるやろ?おかげで売り上げ伸びたて、宮森書店のご主人が喜んではった。

 お客さんが喜んで、お店のご主人が喜ぶ。それで良いやない。何が悲しゅうて、自分を卑下する必要があるん?」

 

 公子さんに言われると、そんなもんかと思ってしまうのですが、それでも抵抗を試みます。


「でも、予算がたっぷりあって華々しい仕事の方が、やりがいがありますよ」


 武史さんの抵抗は、一蹴されました。


「アホか。

 そのプロジェクトがどんなもんか知らんけど、地面に足が付いとるんか?

 地面に足がついてへん仕事て、空中戦みたいで普通の人々の生活と離れ過ぎとる。そんなとこで、動くお金て、あぶく銭みたいや。

 あぶく銭て、知っとるか?宝くじに当たるとか、賭けに勝つとかして、苦労しないで儲けたお金のことや。そういうお金は残らんもんや。

 苦労して儲けたお金は、大事に使つこて世間に回す。『金は天下の回りもの』て、そういうことや。地面に足が付いとるって、そういうことや。

 話聞く限り、あんたのプロジェクトて、マネーゲームみたいなもんやなさそうやけど、仮にも仕事いうんなら、地面にしっかり足付けて、お金が社会で回るようにせなならん。それが、自分の足で立つちゅうこっちゃ。

 建設工事するなら、ゼネコン使うのは結構やけど、下請けに地元の土建屋使てもらうぐらい口出して、お金が地元で回わるようにするんや。そうすれば、地元に感謝されるし、プロジェクトが終わっても何か残るから、地元と円満に付き合える。みんな幸せになるんや。

 空中戦みたいなことばっかりしとると、住んどる人の顔が見えん。

 そんなことばっかりしとってら、金しか見いひんようになる。

 そうやろ?ゼンコン使った方が簡単やし、下請けもゼネコンに勝手に選ばせたらもっと簡単や。

 でも、そうなったら、地元と何の付き合いもできん。プロジェクトは一過性の底の浅いもんになるだけや」

 公子さんは一息ついて微笑みました。

「ま、こんな考え方もあるっちゅうことや。

 あんたは、結構なお金使つこて、大きい仕事してきはったんやろ?せっかくやから、もう一歩進めて、普通の人たちのことを考えて欲しいんや。今の仕事は、普通の人たちのことを考える良い機会やと思たら良いわ」

 

 とまあ、こういうやり取りがあったのは、十カ月後、公子さんと出会ってからのでことです。それまでの武史さんは、一人ぼっちで、孤独な毎日を過ごしていたのです。

 ブラックなネコを探すという目的がなかったら、引きこもりになっていたことでしょう。




 そうこうするうちに、夏が過ぎ、涼風が吹くようになりお彼岸になりました。秋分の日を過ぎると、十月、十一月と段々日が短くなります。もうじき冬が来ます。このまま、年を越してしまうのでしょうか。

 武史さんは、こっちへ来てから誕生日を迎えましたから十九歳になったことになります。でも、本当は三十九歳になっているのです。二十年の誤差は、武史さんの気分を重くしました。本当なら、来年は不惑なのに、見てくれだけが十代なのです。本来なら大人であるはずの武史さんが、慣れない十代を装って生活しているのです。どだい無理があります。

 

 元の世へ帰りたいのに帰れなくて独りぼっちだという心細さに押しつぶされそうになりながら、ブラックなネコを探すことだけを心の支えに、毎日の仕事をこなします。

 武史さんは、だんだん不安になって来ました。もしかして、元の世界へ帰っても会社に籍がないんじゃないだろうか、もしかして、元の世界へ帰れないじゃないか、という疑念がだんだん濃くなってきたからです。

 会社に籍がなくなるだけでもとんでもないのに、帰れなくなったらどうしよう。本屋のアルバイト店員で一生を終えるんだろうか。


 そんなの、絶対嫌だ!

 

 一人ぼっちのお正月は、虚しくて人恋しい気分になりました。クリスマスやお正月は、身内や大事な人と過ごすものです。それなのに、武史さんの身内は元の世界にいますし、こちらで大事な人ができたかというと、そうではないからです。

 ネコを探すのに一生懸命で、恋人や友人を作る暇がなかったせいだけじゃありません。だって、ネコを探しながら、恋をしたり友だちを作ったりするのは可能なのですから。 

 武史さんは、恋をするのに躊躇してしまうのです。

 好きになった相手を元の世界へ連れて帰れないという現実が、武史さんをがんじがらめにしているのです。

 本当に情けないことです。

 五月になれば、この世界に一年もいたことになります。そう思うだけで滅入ってしまいます。

 幸運にも会社に籍が残っていたとしても、長期にわたる無断欠勤で、他の人に迷惑のかからないポストに左遷されているでしょう。仕方がないことですが、やるせないことでした。

 



武史さんは、だんだん暗くなります。普通の常識的な人は、こんなもんです。

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