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青い月  作者: 江藤樹里
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4



 リオウの手にすら震えが走った。この男は自分の娘を実験台にしたと言うのか。

 ジャンは喉にリオウのナイフを当てられたまま、レンを口説くよう見つめて、それがどれだけ素晴らしいことであるかを力説した。


「他の人間たちは皆失敗したが、赤ん坊だったレンは成功した。このことは今後の研究で明らかになるだろう。

 フクロウの遺伝子を組み込み、レンは何ができるようになった? 目か? そうだろう? 反対に光に弱くなってしまうが闇の中で者が識別できないか?」


 ビクッとレンが体を震わせた。もしもこの男の言うことが真実なら辻褄が合う。

 リオウにさえ見えない深い闇の中で階段が見えた。カーテンから漏れる僅かな光にさえ反応した。レンの遺伝子の中に、フクロウのものも組み込まれているから……?


「これで闇の中の仕事は全てレンに任せられるな。わたしは政府に圧力をかけれ――」


 ジャンは不自然に言葉を失った。リオウのあてがっているナイフが寝かされたまま食い込んだからだ。それ以上何も言うなとリオウが無言で示す。


「お母さんを殺したのは私を引き取るため? お母さんのことは好きなんかじゃなかったの?」


 リオウはジャンしか映っていない切り取られた写真を思い出す。レンの母親――レイラ――の方はどうか知らないが、少なくともジャンは笑っていた。そしてレンの手元にそれがあったということは、レイラが捨てずにいたからに他ならないのだ。

 しかしジャンはそのどれをも否定した。


「レイラはレンを生み出すために最適の人材だったんだ。この結社を創設する前は病院に勤務していてね、偶然レイラのデータが私の理想と一致した。だから近づき、レンを成した。それだけだ」


 ジャンの冷たい声が研究室内に響いた。結局この男は自らの野望のためのみに生きてきたことだけが目の前に突きつけられる。


 レンは震える拳を握りしめ、リオウを見ると頷いた。それが何を示すかをジャンも理解し、止めようとしたがリオウの方が当然速く、ナイフはジャンの命を呆気なく奪った。ジャンの瞳から刹那の速さで光が消え、頭ががくりと項垂れて腕はだらんと力なく下がる。それをリオウとレンはしばし見つめ、リオウはレンを見た。


「……暗殺完了」


 リオウの抑揚のない声がそう告げた。レンはうつむき、目を閉じる。こういう時どうすれば良いのか判らず、リオウも目を伏せた。元々仕事に依頼者がついてくること自体が初めてだ。自分が依頼し、その現場を見た本人がどういう心境に立たされるかなど、リオウは一生理解できないに違いない。


「……ねぇ」


「何?」


 リオウは目を上げレンを見る。レンは目を開けたものの、未だうつむいたままでおどおどと視線が定まらない。


「これで、良かったんだよね。あの男はこの世界にいたらまたとんでもないことを仕出かすに違いなかったから。たとえ父親でも、私みたいな人がもう現れないために必要なことだったのよね」


 目の前で息絶えたジャンから目をそらし、レンはリオウに尋ねる。レンが頼まなければリオウが手にかけることはなく、現場も観ずに済んだだろう。だがジャンを生かしておいたままでは人魚の少女のように犠牲者は後を絶たなかったに違いない。リオウはレンより遠くを見つめ、口を開いた。


「俺には判らないよ。俺はただ、依頼を受けてそれを遂行しただけだから。でも、どれだけ自分を正当化して責任転嫁しても、俺がそれを引き受けて殺めたことに変わりはないんだ」


 レンが自分の服をギュッと握った。人はどれだけ罪を犯しても何も学びはしないのだ。ただ後悔だけを引きずったまま、この先も生きていくだけなのだから。


「人間って、勝手な生き物だなっていつも思うよ――自分も含めてね」


 リオウの言葉に、レンはそうね、と肯定した。誰もかれも自分が当事者になるのを恐れ逃れようとする。遠くから見ているだけの人間は計り知れないほどに冷たい。そしてそれは自分たちにも当てはまるのだと、二人は改めて思った。


「……そろそろ行こうか。此処にいて見つかったら大変だしさ」


 リオウがそう言うとレンは頷いた。二人はジャンの遺体に背を向け、歩き去ろうとする。その、刹那。


「レン!?」


 レンがリオウの目の前で突然頽れた。ガクンッと音を立てるかのようにして倒れたレンは、浅い呼吸をして冷たい研究室の床に体を打ちつける。



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