#04 まずいことになってる1
少し遅れました
王族の専属護衛騎士という役職は、本来であれば誉れ高いものである。通常、国お抱えの第1騎士団の中でそれなりの地位にいる者がローテーションを組んで担当するような職務である。花形と言っても過言ではない。
そして、それをただの若造1人がこなすのであれば特に名誉なことだろう。
ただし、とアレスティは剣を振りながら思う。
………その場合の王族が、我が儘で狡猾な腹黒第2王子でなければ、と。
「………はぁ」
現在朝の6時。場所はこのローズベリー王立学園の校舎に隣接された、剣術授業用の練習場の一角。
日課の鍛練をしていた騎士はその手を止め、近くにあるベンチで休憩を取る。持ってきていた布で額の汗を拭い、置いてある水筒を傾けて息をついた。
考えるのは自らの主のこと。眩いほどの金髪に、長い睫毛の奥から覗く翠玉色の瞳、すらっと通った鼻筋と常に浮かべる微笑は、まさしく物語に出てくる王子様。
だが、騎士は知っていた。三日月形に細まったその目の奥は全く笑ってなどいないことを。
先日、この乙女ゲームの世界で思いがけず前世の職場の後輩と再会した。再会、と言ってもそれまでそれなりの時間一緒に過ごしていたわけではあるが。
なんと彼は主人公の聖女だったらしい。生徒会室で前世の名前を呼ばれた時は、驚き過ぎて回していたペンを落としてしまった。ペン回しは何かに行き詰まった時無意識でやってしまう癖だ。
これがバレたらうちの親父殿にシゴかれそうだな。隠しておくに限る。
アレスティの父親は質実剛健を絵に描いたような厳格なお人で、第一騎士団の団長をやっている。そして礼儀作法には特段厳しいお人なのだ。この10年特に迷いのない人生を送ってきたおかげでこの悪癖は見逃されていた。今後もそうであることを願うばかりだ。
それで、一体何に行き詰まっていたのかというとそれはまあそのうん………あれだ。
んんっ………それにしても、あの可愛いらしいシャノン嬢の中の人が、ねえ。最初の頃は計算高いタイプだなあと警戒していたけど、王子へアピールする様子があまりに一生懸命で可愛いかったから微笑ましく見守っていーーー
「………頬、緩んでいますよ。バンハート様」
斜め後ろから聞こえてきた声は件のご本人のもの。
「フン………なかなかやるようだな。間合いに入られるまで気が付かなかった」
私は振り向かずにそれに答える。すると彼女はため息を1つついて私の隣に座った。
「この世界の間合いって10m以上ですよね。もしかして化け物でいらっしゃいますか?」
「なに、君だと分かったのは剣の間合いだ」
「否定はされないのですね。それに気配だけで誰なのか分かるだなんて………」
修羅の類いだったかしら?という呟き、聞こえているぞ。
私は改めて彼女を横目で見やる。
すると、ルビーのような美しい深紅の瞳と目が合った。その鮮やかさを引き立てているのは、色素の抜けた真っ白い髪と肌。このアルビノ美少女が聖女でありヒロインであるシャノン・ホワイトだ。
普段は誰に対しても愛想が良く、花のように愛らしく笑う彼女が、今はこれまた素敵な仏頂面である。
「この言葉遣い噛みそうにな」
「駄目だ」
沈黙。
「………まだ何も言ってな」
「人前で言い損なったらどうする?今後も基本なしだ、分かったな?」
「………分かりました」
いじいじといじける様子が前世の姿と重なり表情筋を引き締める。さっきのことは私も反省せねばなるまい。
「………して。何故君はこのような時間にこのような場所にいる」
私に用事でもあったのだろうか。いや、それなら生徒会の仕事が終わった後でも良いはず。
問うと、意味深な視線とともに言葉が返ってくる。
「普段は家の庭で訓練しているのですが、気掛かりがなくなりましたので。それで、どうせならバンハート様に教えていただきたいと思ったのです」
そう言って携えていた木剣を見せる。
つまり、今までは修行イベントで『アレスティ』への好感度を無駄に上げてしまわないように家で練習していたわけか。あの用心深い荒木のことだ、身を守るために魔法だけでなく剣術も修めておきたいという考えだろう。
「分かった。それは良い………が」
ぴくん、とシャノンの肩が震える。
「もうとっくに殿下のルートに入っていて良い頃ではないのか?私を気にする理由はないだろう」
王子のルートは、ぶっちゃけ言うとザル。このゲームの5つのルートの中で最も簡単、と攻略サイトに書いてあった気がする。
私がやってみた時も、1学期の全員と関わる期間が終わらない内に必要な好感度が達成できていた。それで2・3学期は愛を育む期間だったような。そしてそこもザル。
この乙女ゲー(名前は忘れた、なんか美味しそうな名前だった気がする)は、ルートに入ればその時点で相手は固定。他の攻略対象は好感度が拮抗していたとて蚊帳の外という一般的なものだった。
秋の文化祭前のこの時期、既にルートに入っているはずだから、王子の好感度のみ注意しておけば問題はない。なければおかしい。
「ええと、そのぉ………」
恥じらいながら言い淀む姿はともすれば可愛いらしく感じられるものだが、私は背筋が冷えていく感覚しかない。
「ーーールート、まだ入れてないんですよね」
私の頭の中で、バッドエンドである王国滅亡へのカウントダウンを示す鐘が鳴り響いた。
次回に続きます




