#05 まずいことになってる2
「うぅ………」
俺は縮こまって、隣に座る先輩ことアレスティ・バンハート様の言葉を待った。
「………私から見ても、君は真面目に攻略に取り組んでいた。にも関わらずまだルートに入っていない………原因は、なんだ?」
声が低いっ!今まで聞いたことないくらい低い!
生まれたての小鹿のごとくぷるぷる震えながら、俺は必死に弁明する。
「お、私も、できる限りやったつもりなんですけどぉ………」
ゲームでは通常、2学期が始まる時点で既にルートが分岐する。
しかしその『分岐』したという合図を、この現実世界でどう判断すればいい?
ゲームでは、画面上での演出なりステータス画面での確認なり、いくらでも判別する要素はある。しかしここにはそれらはない。1学期が終わり、王子へかなり好感触を覚えた俺は、間違いなくルートに入ったと確信し、後は着実にイベントを消化するのみと安心しきっていた。そして2学期が始まり、そこで初めて俺は違和感に気付く。
あれ、王子のイベント発生してなくね?、と。
気付くのが遅れたのはそのせいだ。
「それは………仕方がないな」
「そうですよね!私悪くないんですよっ。それで、あとは………」
無言で先を促す先輩。
「………………正しい選択肢、覚えてなくてですね?」
「よし処す」
「やめてっ、まだ殺さないで!話を、話を聞いてくださいぃっ!!!」
俺だってゲームを思い出してできる限り正しく行動したつもりだ。
それもーーー選択肢なしで。ゲームでは複数の選択肢の中から1つを選べば良かったが、ここにはそういう便利で都合の良いものはなく。結果、自分の記憶しか頼りにできるものはなくなる。加えて10年も前の、しかもゲーム内でのことを漏らさず覚えているなんて土台無理な話だ。
「第一、私はそこまでやり込んでなかったですし。逆にバンハート様はどの選択肢を選べば誰のルートに入るか、全て覚えておられるのですか」
目が泳いでますよ先輩。
「………確かにそうだな。ふむ、無罪でいいだろう」
ひとまず危機は去ったようだ。俺は胸を撫で下ろす。
安堵していると、先輩が木剣を持っておもむろに立ち上がった。
「はぁ………道理で殿下が君へ執着されていないと思った」
「え、分かるんですか?」
「何を言っている。殿下は相当分かりやすいお方だぞ」
天地がひっくり返ってもあの腹黒王子にそれはないと思うんだが。分かりやすいとは何だろうと思考の海に沈んでいく俺に、先輩から声がかかる。
「立て」
剣を構え俺を待っているようだ。今気が付いたが、普段の騎士服ではなく訓練着のような黒いシャツを着ている。相変わらずの黒騎士ぶりだ。
………ん?ちょ、ちょっと待て。
俺は気付いてしまった。いつもはきっちり上まで留められているボタンが、上から2つも開いている。覗く首元からは、そこはかとない色気が感じられる。
1年中長袖の重装備で布面積100%がデフォルトのアレスティの布面積が、きゅっ、95%に………!?やばいやばいこの場に俺しかいないことが悔やまれるっ、これは半径5m以内に俺が入ってはいけない帰ろうかな帰ろう!
「打ち込んで来い。ーーー殿下について、私が知っているすべてを教えてやる」
「ありがとうございますっ!!!」
これは聞くしかないなっ、帰っている場合なんかじゃない!騎士が主について語ってくれるなんて惚気かな?惚気だな!ごちそうさまですっ!
さっき先輩には言わなかった3つ目の理由。
『俺自身がハッピーエンドを望んでいない』
自分の生存と国の存続がかかっているため渋々攻略しているが、それは全くもって俺の本意ではない。
俺が男だから?否。
王子を本気で好きにはなれなれから?否。
そんな些細なこと、俺が攻略を拒む理由にはならない。では何故?言い表すのは難しい感情だが。
でしゃばり、というのはニュアンスが少し違う。言わば『ノイズ』。間に合っているのにこれ以上役者を加える必要はないのだ。既に攻略対象らがいるのに、そこに自分が入り込むなんて邪魔者でしかない。自分は端で眺めているだけで十分。
なあ、そう思うだろう?物事の右と左に厳しい婦女子及び男子の皆様方?
「………?」
先輩が不思議そうな顔で、黙り込んで動かない俺を待っている。俺は右手で木剣を持って静かに立ち上がり、構える。
「よろしく、お願いしますっ!」
そう。俺はーーー腐男子なのだ。




