第41話 君を想う願い
パーティー終了後にシュヴァリエさんから城に泊まってはどうかというお誘いを、丁重に断り、昼間に一緒に決めた宿へと帰ってきた。城に泊まるのも興味があったけど、一緒に決めたあの時間はやはり特別なものであったからね。それは何事にも代えがたい。
リッサンが泊まることになったし、それで万事解決でしょう。
今はベッドに横になり、天井を眺めている。
少し離れた隣のベッドには、昨日までは会えるとも思ったことがなかった想い人が。春の夕暮れのような優しい光が、ぼんやりと周りを照らす部屋で─2人きり。
(本当にユイカちゃんと2人きりの部屋で一夜を過ごすんだ…)
どこか非現実的な事だと思っていたが、静寂に包まれた時間で突如として実感がわいてきた。この1年、ただただ想い続けていた特別な人と同じ空間にいて話ができる。それだけでも幸せな事なのにその上、その好きな人の事を笑顔にできている。今日の午前中、それどころかアークという異世界に来た時でさえも考えたことがなかったな…。
決して交わることのない2人が世界を変え、相まみえる。
普通なら叶うはずがない夢。でも誰しもがどこかで渇望していた夢。実現不可能だと思っていた夢が叶っている。
実感がわいてくると感極まってしまい視界が霞んだ。心臓が高鳴る。
(嬉しい……本当に幸せだ)
突然異世界に召喚されて、会いたくてたまらなかった推しに会えて、一緒の時間を過ごして、一緒に戦って、仲間が増えて、みんなが笑顔になって─そんな想像もしていなかった激動の1日が──いよいよ終わる。終わってしまう。
少し怖い。
この瞬間の幸せ夢や幻で、眠ったら目が覚めたら元の世界に戻っていて、いつもの変わらない日常に戻るのかもしれない。戻りたくない。
まだ側にいたい。見ていたい。笑顔にしたい。幸せにしたい。
我儘な感情が次々と止めどなく溢れてきてしまう。今この瞬間が奇跡で成り立っているのは理解している。でもまだ離れたくない。そう思うと目を閉じるのが、そして目を覚ますのが怖い。
この奇跡の時間に後悔したくないから、胸の内を話したい。
体を横向きにしてユイカちゃんを見る。仰向けで天井をじっと見ている。なにを考え、何を思っているのか。俺には読心術がないからわからない。ただ、その視線は穏やかで優しい色をしていた。
「ねえ、ユイカちゃん」
「ん? なんですか?」
呼びかけにチラッと俺の方を見る。ライトグリーンの綺麗で優しい瞳と交錯する。
「訳も分からず異世界に召喚されて、ユイカちゃんと出会えて、話ができて、一緒にご飯食べたり、買い物したり、戦ったり、こうやって同じ空間に入れて…夢のような時間を過ごせて。俺、人生で一番楽しかったし幸せだったよ。ありがとう!」
初めての異世界でも不安なんてなかった。ユイカちゃんが側にいてくれたから、笑顔で楽しみながらこの世界で過ごせている。きっと自分も突然呼び出され困惑していたはずなのに。気持ちの整理だって完全にはできていなかったと思う。そんな中でも不安なんか一切見せずに俺にまで気遣ってくれて、一緒にこの世界を楽しみ、今も同じ空間にいてくれる。ユイカちゃんがいなかったら、こんなに楽しく前向きに過ごす事は出来なかった。心の支えになってくれた。感謝してもしきれない。
俺の言葉を聞いて、少し伏目になり口元まで布団を上げて隠した。そしてまた俺の方をまっすぐ見てくれた。
「お礼を言うのは私も同じです。夢叶君が心の支えになってくれたから安心しましたし、ずっと楽しませようとしてくれたから、心の底からこの世界を楽しむことができました。人生で初めての経験を他の誰でもない、夢叶君と一緒にすることができて嬉しかったです。あなたと出会えてよかった──ありがとうございます」
最高の笑顔を見せてくれたユイカちゃん。世界がまた一段と明るさを増す。この最高に笑顔とこの最高の喜びの気持ちを、俺は一生忘れないだろう。
「フフッ……まだ始まったばかりなのにこれではまるで、最終決戦前の夜みたいですね」
「本当にそうだね!」
互いにお礼を言いあって、俺に至っては感極まって少し泣いているし。的確なツッコミに互いに微笑んだ。
あぁそうだ。今はまだ、始まりに過ぎない。
「バルバロスやズールとの戦いに勝って……この世界に来て初めて誰かを救うことができましたね」
思い出されるは、数時間前に浴びた割れんばかりの歓声。肌を焼くような熱気。心を震わせてくれて感情の爆発。それを目の当たりにし、触れる事ができて心が晴れやかになれた。
「うん。めっちゃ嬉しかったし、ホッとしたね」
「えぇ。あの喜びようを見ていたら胸が熱くなりました。そしてきっとこれからが、この世界の第一歩になったのだと、ここから始まっていくんだ、という実感ができました」
アルカナも言っていた。『上々のスタート』だと。
これから先はまだまだ長い。
「ここからが始まり……バルバロスに一閃入れた瞬間、ようやくスタートラインに立ったんだって思えたよ。勝った後なのに不思議だよね」
「むしろ勝った後だからこそ、実感が湧いたのかもしれませんよ。もともとこの世界に来たことが非現実的で、なかなか受け入れがたいものでしたから」
「たしかに。いいきっかけになったのかもしれないね」
「えぇ。こういう戦いを繰り返していって、道を切り開き、そしていずれは魔王ルシファーにたどり着き……倒す」
普段と同じ声量だが、その声には確固たる揺るがぬ決意がこもっていた。ライトグリーンの瞳の瞳には炎が宿ったように爛々と輝いている。きっと今日の事でより一層気合が入って、決意表明をしてくれたのだろう。かっこいい!これ以上ないくらいに頼もしい。
ならば俺も自分なりの決意表明をしなくては。
「先が見えない長い戦いになるかもしれないね。でも、ユイカちゃんと俺なら絶対に成し遂げられる! 精いっぱい頑張るよ!」
「2人でなら必ず勝てます」
力強く頷いて見せるユイカちゃん。決意の宿ったその瞳は美しくも勇ましい。
「あえて口に出しますが……私は夢叶君を信じます。夢叶君も私の事を信じてくださいね」
『信じます』。
ユイカちゃんのその言葉が俺にとってどれほど心強い事か。その言葉を、期待を絶対に裏切りたくない。胸の奥で静かに闘志に火が付いた。
改めて覚悟が決まった。
この夢は必ず叶えてみせる。
「勿論だよ! 信じてくれてありがとう! これからよろしくね、ユイカちゃん!」
力強く頷いて見せれば、最高にうれしそうに頬を綻ばせてくれて。
「本当に無論でしたね。改めてこれからよろしくお願いします」
互いに頷いた後に少し照れ臭くなって笑い合った。最高に幸せで楽しい空間。この時間がずっと続けばいいのに。
「では……寝ましょうか」
「そうしようか」
「おやすみなさい、夢叶君」
「うん。おやすみなさい……ユイカちゃん」
仰向けになりチラッとユイカちゃんを見る。目を閉じ、ゆっくりと呼吸をしている。横から見ると長く綺麗なまつ毛がより際立って見える。
好きな人の隣で寝れるなんて、最高に幸せだ。こんな幸福感に包まれながら眠りにつくのは初めて。明日からが楽しみだ。
だからどうか─。
(この瞬間が幻ではありませんように)
そう願わずにはいられない。
ここまで一途な想いをぶつけられるのは、人生で初めてのことでした。
戸惑いはありましたが何よりも喜びの方が大きかったのは、自分自身の事とはいえ驚きです。しかしそれは当然の感情だったのかもしれません。
漫画で知っていた彼は輝いていて。実際に見ればその姿はより輝いていて透き通るようで、安心感があって、優しく包み込んでくれて。
この酷く寂しい世界。大切な人たちの命運をすべて背負っている過酷な状況。1人なら神経をすり減らし、常に肩ひじを張って歩みを進め、いつか限界が来ていたかもしれない。そんな理不尽な世界で彼だけは違っていた。
彼がいたから心が軽くなり、より良く事が進んでいる。支え合うということの大切さを、この1日で再確認できました。
過ごしている間、優しく楽しそうな弾ける笑顔を絶やさなかった。言っていることも行動も全て本音なのだとすぐに伝わってきました。隠す気があるのかないのか、私相手にはそんなことが器用にできる人間ではないのか。心情は明快。誠実というか、不器用なほどに真っすぐというか。私だけを見てくれた。
数多の戦場を潜り抜けて磨いてきた鑑識眼には自信がありますから、演技かどうかはすぐに判断がつく。
だからこそ気になる。だからこそ受け入れられた。心地が良く、恥ずかしくて、でも嬉しくて。人生で初めての感情も受け入れられました。
世界の運命を背負っていると思うと、背筋が伸びる思いです。必ず救ってみせます。
いつも言われている力を入れすぎない、という助言を今は実行できています。
彼が…夢叶君がこの世界にいてくれてよかった。出会えてよかった。ずっと会いたかったから。だって彼は私にとっても──。
今日は私の方がいろいろしてもらいました。明日からは私も何か返していければ。人生でこんなことを考えるようになるとは、思いもよりませんでした。
いつか話す時が……今はまだ怖いですが──いつか必ず。
この感情がどうか特別でありますように。また明日からも楽しみです。
だからどうか─。
(この瞬間が幻でありませんように)
そう願わずにはいられない。




