第40話 この平穏が末永く続いてほしい
「ふーん、意外と乱されないんだな。じゃあどこが好きなんだ?」
「全部です」
「お前なぁ……いやまぁ想いはわかるけど、なんか薄っぺらく聞こえるから本人にはそんな答えは絶対に言うなよ」
「大丈夫! 前に同じを質問された時に、こと細かく伝えていますので。むしろ言い過ぎて一旦止められましたし」
「ん? じゃああいつはお前が好きなの知ってるのか?」
「知ってるよ」
「じゃあお前ら恋人なのか?」
「ううん、違うよ。まだ告白してない。好意があることは伝えてるけど」
「はぁ? どういう状況なんだ?」
首をかしげて少し怪訝そうな表情を浮かべた。ユイカちゃんと俺の関係を頭の中で懸命に考えているようで、目を閉じながら『好意を伝えているのに恋人じゃない……告白してない……?』と呟いている。
でも確かに。
(ユイカちゃんと俺の関係ってなんか不思議だよね……どう表現すればいいのかわからないよ)
出会った瞬間に想いをぶつけてしまったことにより、俺の好意をユイカちゃんは知っている。現実ではないかと思ったからスラスラと出てしまった言葉ではあるが、まぎれもなくあの言葉はすべて本心。
その好意を拒否することなく微笑みながら受け止めてくれて、いつか来るであろう告白の時まで待ってくれている。もちろん本心はわからない。
言えることは“好意を拒否していない”という事だけ。どう思ってくれているのかはわからない。
自分たちでもこの状況を言葉に表すのは難しい、というか当事者の俺は表すことができないでいるのが現状。ベネットさんがこの状況に困惑するのは当然なのかもしれない。
「ちょっと色々あって、ただただ想いをぶつけてしまうだけになってしまったといいますか」
「お前の言葉を聞いて、ホシモリはなんて言ってるんだ?」
「互いの事をもっと深く知ったその時にその気があるなら言葉を紡いでほしい、と言ってくれました。なので今は仲を深めている最中、ですかね」
「ふーん……アタシには恋とかよくわかんねぇけど、まぁ頑張れよ」
なんやかんや言っても、少し不器用ながらも励ましの言葉をくれる。やっぱりベネットさは良い人だ。
そんな話をしていたらユイカちゃんが戻ってきた。にこやかで清々しい表情だ。
「おかえり、ユイカさん。どうだった?」
「いい感じの話ができました。気になりますか、ベネットさん」
「なんでアタシに聞くんだよ! 別にー! 気になるもんか!」
「まぁ今はそれでいいんじゃないですかね。これから時間はたくさんありますし。そういえば、これからどうするんですか? 実力はお見せしたし、後はもう自由です」
夢を叶えるために、俺たちは同じところに留まることはない。だからもしかしたら、ベネットさんやシュヴァリエさんとはこれでお別れになってしまう。前を向くと決めたベネットさんの行く末は俺も気になるところ。
「……当分の間は、この街に留まるつもりだ。さっきアイツから『ここで働かない?』って誘われたし。特に明確な目的はないけども、真面目に生きてみようとは思ってる」
そう言ってチラッと視線を向けた先には、シュヴァリエさんがいた。すでに手は回していたという事か。流石行動が早い。
「そっか。よかった!」
人生なんて夢や目的がなくとも、前を向いて真面目に生きているだけでも十分だ。道を外れそうになっていた時の光が失われていた瞳には、もうは煌々とした光が宿っている。もう安心だ。ユイカちゃんも満足げに頷いてるし、収まるところに収まった感じだ。
「お前らこそ、これからどうするんだ?先は長いぞ」
「聖剣の情報が欲しいので、とりあえず明日にはここで出てく予定です。もっとこの世界を知らなくては、ルシファーには刃が届かないでしょうからね」
「当然だけど、ここでお別れか。1日だけの付き合いだったけど……世話になったな」
「こちらこそ。この世界に来て、初めて会う人がベネットさんでよかった」
「今更だけど、苗字呼びは好きじゃないから別の呼び方にしろ。今までつけられたことはないけど、ニックネームでも怒らないでおいてやる!」
少し照れ臭そうな表情で要求してきた。やっぱり素直ではないけどその姿が微笑ましくて二人ともつい口元が緩んだ。
「素直に、ニックネームで呼んでほしいと言えばいいのに」
「誰もそこまで言ってねぇ!!」
「そうですねー……いい感じの距離感にあるニックネームにしたいですね」
ベネットさんの抗議の声などなんのその。一切無視して、あごに手を置きて真剣に頭を悩ませるユイカちゃん。
俺も考えたいところだけど、影纏いの新技の名前からもわかるように残念なネーミングセンスしかない。世間で長年愛されている、モンスターを育てて一緒に旅をするゲームでもニックネームをつけたことはあるけど、良いのが思いつかずそのままにするか、食べ物の名前を付けてお茶を濁している。
流石に何も関係ない食べ物の名前を付けるわけにはいかない。それもベネットさんにとっては人生では初めてのニックネームだ。
どうしたものか、と考えていたらユイカちゃんが手をポンと叩き何かを思いついたようだ。自信満々の表情とどこか達成感のあるような清々しい様子。それとは対照的にベネットさんはソワソワして表情は少し不安そう。
そんなベネットさんを指さして。
「あなたは今日から『リッサン』です」
「リッサン……?」
「うん! いいニックネームだと思うよ!」
最後に“ん”がついていて、さん付けしているみたいになっている発音もどことなくどこか可愛らしくて言いやすい。メリッサという名前からそんなにも変わっていないし、年上のニックネームなので相応の程よい距離感にもなっている。良い!
「フフン。“メ”をつけてメリッサンでもよかったのですが、それだと少し味気ないようだったのでリッサンにしました。どうですか?」
ニックネームに大層満足しているようで胸を張って得意顔になっていたユイカちゃん。かわいい。チラッとベネットさん改めリッサンの方を見れば少し頬を赤く染め、伏目がちになっている。手で口元を隠しているが隙間からわずかに緩んでいるのがわかるし、むず痒そうにもじもじしている。
「わ……悪くねぇ、好きに呼べ」
短くぶっきらぼうな言い方ではあったが、プイっと顔を逸らす一瞬だけ見えた口元は、完全に緩んでいた。人生で初めてのニックネーム『リッサン』を気に入ってくれたようだ。
その反応にユイカちゃんは満足しているようでより得意顔を強め、これでもかと胸を張っている。なんてかわいいんだ!
こんな平穏な時間がずっと続けばいいのに。そう願わずにはいられない。




