第36話 異世界の力と聖剣
数分後、ようやく少し落ち着いたところで手をどかし、ユイカちゃんに視線を戻す。先ほどまでと少し恥ずかしそうではいるが、かなり満足げな表情で笑っていた。かわいい!
「では……そろそろ帰りましょうか」
俺の表情を確認すると、手を軽く振りながら促すと上機嫌に歩き出した。歩く背中を見るだけでも心が弾んでいるのがよくわかる。彼女を見ていると疲れが吹き飛んで、何でもできてしまうと思うほどに癒される。さっきまでの苦悩や羞恥心も薄れたような気もする。
「うん! そうしよう!」
遅れないようにその背中に小走りで近づく。1メートルくらい離れ、隣に並ぶような感じで歩く。少し顔を見合わせたら自然と互いに微笑んでいた。
最高に幸せな時間だ。好きな人の隣を歩きながら感じるそよ風が心地いい。
遠くからかすかな歓声がふっと聞こえてきた。ガイアカグラの城門の方からだ。
視線を移すと結界の奥、戦いを見守ってくれていたガイアカグラの人々から歓喜が上がり、勝利を喜んでいた。飛び跳ねて全身で喜びを爆発させている人、膝をついて感涙している人、隣の人と抱き合ったり固く握手をしている人など喜び方は様々。でも一様にしてこの戦いの勝利を喜んでくれている。
最前列にはシュヴァリエさんとベネットさんの姿が見える。シュヴァリエさんは目を潤ませながら、拍手を送ってくれている。視線が合うと小さく頷いて、何か話すように口を動かしていた。読唇術の心得がない俺でもわかる。
『ありがとう』
隣に立っているベネットさんは、ホッとしたように満面の笑みを浮かべながら親指を立て見せた。
勝利を誰かに祝福してもらえたのは人生で初めて。誰かを救うことができたと思えたのも初めて。別にこの街や人々や世界を救うとか思っていないとか、ヒーローみたいになるつもりはないとか言って、少し粋がるような心境だと思い込んでいたけど、この光景を見れて『救うことができてよかった』と心の底から思えた。みんなの喜びようが嬉しくて、胸が熱くなる。込み上げてくるものがあって少し涙腺が緩む。
俺はまだ、歓声で喜べる人間なんだ。卑下していた自分を見直せたよ。
「人生で初めてです。誰かを救って歓声を浴びて、救われて喜んでくれている姿を目の当たりにするのは」
嬉しそうに口元が緩んでいる。込み上げてくる感情を抑えるためか、胸辺りの服をぎゅっと握るような可愛らしい仕草を見せた。
「俺もだよ。なんかこの歓声にどう反応したらいいかわからないけど……嬉しいね」
「えぇ。ずっと自分たちのためだけに戦ってきて、歓声や救われた人の喜びなんか考えたこともなかった。でもいざこうやって目の当たりにすると……嬉しいものですね」
「うん! 救えてよかった! 俺たちの、カッコいいヒーローみたいな姿を見て、元気にもなってもらえただろうし。きっとこれでまたみんな、前を向いて生きていってくれるよ」
町を出るまでに感じていた、絶望感や悲壮感に満ちたどんよりとした重苦しい空気は消えていた。そこには、希望と夢に思いを馳せる人々の歓声が響き渡っていた。その完成を聞いているだけで、胸の中がぐっと熱くなる。
「えぇ、そうですね。ではヒーローとして格好悪い所は見せられませんね。威風堂々とした姿で、結界を回復させて見せましょう」
「オッケー! せーの」
声に合わせて、剣を魔法陣へと突き刺す。
その瞬間、全身をそよ風が包み込み、魔法陣の光りが猛烈に強まった。体の底から優しく心地の良い暖かさが湧き上がり、全ての疲れが吹き飛ぶほどにエネルギーが溢れてくる。
感じたことのない力が体に纏わりつくけど、直感的にこれが『マナ』なのだと理解できた。憧れていた未知の力が自分の体に宿っている。目の前に無限の可能性が広がっていくような不思議な高揚感に包まれて、期待に胸が膨らむ。ガイアカグラを救うと同時に、魔法を使うという夢に一歩近づくことができたのだ。
地鳴りのような重低音が響く中ではっきり自分の鼓動が聞こえる同時に、耳を澄ますともう一つの鼓動が聞こえてきた。聞こえている方向はわからないが、不思議なことに誰の鼓動なのかはわかる。
ユイカちゃんの鼓動だ。
チラッと見ると視線を向ければ、目がばっちりあった。どうやら俺の鼓動が聞こえているようだ。目が合って普通にドキッとしたからそれも聞こえていたのだろう。嬉しそうに満足げに微笑んだ。かわいい!それにしても自分のこのドキドキとした鼓動を聞かれていると思うと、緊張と恥ずかしさでドキドキが加速する。
そんな1人でアワアワしていると魔法陣にも新たな変化が起きた。ひびが入っていた部分が光に包まれ、新たに作り出されていく。結界全体が色鮮やかに、輝きを増す。きっとこれが本来の姿だったのだろう。優しさに包まれるような美しさだ。
数秒後、そよ風は収まり、魔法陣の猛烈な光も弱まり前と同じような優しい光に戻っていく。音もなくなり、静寂が訪れた。どうやらこれで魔法陣の修繕が終わったようだ。剣を魔法陣から抜く。
なぜか先ほどまで感じていた疲労感が消え去っていて、細胞一つ一つが覚醒して全身をマナが駆け巡っているような感覚がする。それでいて程よい暖かさに包まれて心地よくて、落ち着く。傷も塞がっていた。俺も傷まで治してくれたのか、凄いな。
満足げな表情のユイカちゃんと目が合った。やり切った達成感からか、視線が交わった瞬間には互いに笑いあって、グータッチの要領で剣をぶつけ合った。あぁ…最高の達成感だ。
刹那、目に前に光の柱が天に向かって一直線に伸びた。雲を貫くような光が収まるとそこには、台座とそれに突き刺さった光で作られたように輝く剣が出現していた。
燃えるような深紅の刀身にオーラのようなものが纏われていて、揺らめき燦然たる光を放っている。神々しく、触る事さえも憚られるような異質な雰囲気。ゲームやアニメで見た勇者の剣のようだ。カッコいい。
「これって、もしかして……?」
「人類が保有している聖剣─【レーヴァテイン】。我がシュヴァリエ家が管理しているの」
いつの間に近くまで来てくれていたシュヴァリエさんが、答えを教えてくれた。
聖剣の1本、【レーヴァテイン】。
静かなる圧倒的な迫力と醸し出されるオーラが肌をひりつかせる。聞いた時には気軽に見てみたいと思っていたけど、いざ目の前にすると自然と頭が垂れる思いだ。神話に登場する伝説上の武器をこうして目の前にする機会が来るとは、つい数分前まで思いもしなかった。まるで物語の主人公にでもなった気分だ
アルカナが、場所はすぐにわかるって言ってた意味がわかった。




