第33話 推しが魅せる戦い
「っ!」
殺気と微かなエネルギーの流れを感じ、はっと目を向ける。
50メートルほど離れた場所。レーザー光線を放ってきたディアボロが、こちらに手をかざしている。右手には、地面をえぐったあのレーザー光線と同じ白光が集束。しかも先ほどよりも明らかにエネルギー量が桁違いに高い。もう発射体勢に入っている!
バルバロスを倒したことで危機は去ったと勝手に思い込んで、油断した。海神ノ玄武と大盾を発動させ防御姿勢に入る。敵までは距離があり、俺の攻撃は範囲外。距離を詰めるために踏み込んで影を伸ばしても、レーザー光線の発射に間に合わない。攻撃を凌ぎ、ユイカちゃんが距離を詰めて斬れば……勝利。完璧なプランだ。
「クックックッ……それで後ろは守れるつもりか?」
発したその言葉を理解した瞬間、全身の血が凍ったかのように寒気が突き抜けた。
俺達の後ろにあるのは、『最終防衛ラインの結界』。
それもダメージがかなり入り、壊れかけの。ただでさえさっきの攻撃でひびが入っていたのに、さらに威力を増しているであろう光線を食らえば、壊れるどころかガイアカグラにまで被害が及ぶ可能性すらもある。
「貴様の防御は、あくまでも自身の身を守ることに特化している。その盾も2人が入れてせいぜい。自分たちは守れるかもしれないが、ガイアカグラへのダメージは避けられないだろう。まぁ……傷ついて弱っている貴様の盾では、私の【スティルオブジェノサイド】を防ぐことは不可能だと思うがな。どちらにせよ……貴様らは大切な存在を守ることはできない負け犬となる」
悪い事にあのディアブロの言っている事は事実。
雫ノ大盾では2人が入るのが限界程度の大きさしかない。レーザー光線の範囲はおおよそ10メートル。どうやっても必ず後ろの結界に被弾してしまう。しかも戦闘のダメージで、影の練度はあまり高くない。
敵を倒してもガイアカグラを守れない英雄など、今の人類には求められていない。嫌な未来が頭をかすめ、夢が途絶える道もちらつく。
せめて少しでも防御範囲を広げようと、咄嗟に前に踏み込もうとした瞬間─。
「私に任せてください」
美しい腕が、制するようにスッと前に伸びてきた。
そのまま3歩前に出て、兵士に向けて右手をかざす。ちらりと見えた美しい横顔には不安の色はなく、いつものように絶対なる自信が浮かんでいる。ライトグリーンの瞳には星空が浮かんでいるように輝きが増していて、目の前の標的を視界に捉えていた。かわいい!こんなにも近くで見れるなんて幸せで胸がいっぱいだ!美しい可憐な腕までの距離が少し近くてドキッとしたし、相変わらず可愛い得意顔とそのカッコいい様子に胸が撃ち抜かれキュンして、心臓がバクバクと音を鳴らしている。
3歩前にユイカちゃんがいることで後ろ姿を見る事になったのだが、スッと伸びた背筋と健康的で吸い込まれるような綺麗なうなじ。風で少し揺れる水色のベリーショートに、陽の光で煌めくつむじ。陽に照らされてほんのりと赤くなった耳。色っぽい!!どれもこれも美しいし、謎に色っぽいし、初めて見る場所だから心臓がドキドキしまくる。ドキドキしすぎて鼻血が出そう。漫画描写でそんなシーンがあったけど自分が体験するとは。
(かわいいし綺麗だ…『美しい』とは、ユイカちゃんのためにある言葉だよね! うんうん、そう思うよ! こんなにも素晴らしい景色が見れるなんて……エヘヘ、幸せだなぁ~)
そしてユイカちゃんのこの表情を見た瞬間に『危機は去った』…そう感じた。
かざしていた右手に変化が。光が一気に集中し纏われ、一瞬にして巨大な筒状へと形作られていく。20センチほどの銃口、長さ1メートルを超える長方形の砲身。その先端の上下にレールのようなものが2メートルほど伸びている。ファンタジーゲームとかでよく見る『レールガン』の形状へと変化。
それに目を奪われている間にユイカちゃんは準備を済ませていた。膝を軽く曲げて左手で右手を支え、まっすぐレーザー光線の兵士に向ける。いつの間にか光で作り出されたシューティンググラスも装着。
「カッコいい!!」
渦を巻くようにレールガンに光の粒子が集束。ユイカちゃんの瞳と同じライトグリーンの光。エネルギーをチャージしているのかキュイーンという磁励音が聞こえ、集束した光の粒子はレール部分で球体になり纏まる。周囲には電気のようなものが走り、パチッパチッと音を鳴らしている。アニメとかで主人公が必殺技を放つ時と同じ感じのエフェクトだ。
高エネルギーなようで近くにいるだけで少し熱い。真夏の太陽を浴びているように肌がヒリつく。でもそれ以上に、あまりのカッコよさに心が焼かれるようだ。
「はっ! そうだ! 今しかない!」
気づいてしまった。
今からユイカちゃんは敵と交戦し、俺はそれを見守る。アークに来てから3度目の戦いになるけど、自分の戦いに手いっぱいでしっかりと応援できる状況はなかった。でも今は違う。初めて間近で推しを応援できる機会が巡ってきたのだ!元の世界では訪れなかった、心待ちにしていた時間が来た。
急いで影から、隠していたアイテム『推しうちわ』を取り出す。
「頑張ってユイカちゃん~! 応援してるよ~!!」
うちわにはユイカちゃんの顔写真がプリントされ、可愛らしいフォントで『ユイカちゃん』、『ずっと応援してるよ!』、『指ハートして』、『尊い』、『ずっと好きだよ』などの文字が書かれている。エレクトロン・アカデミーは、約1年で終了してしまったのでグッズはほぼない。アクキーとポストカードくらい。なので、このうちわは俺のお手製。頑張って作った。
後方にいるから、視界に入って邪魔するようなことにはならない。全力でうちわを振る。
チラッと俺の方を見るユイカちゃん。一瞬何をしているのか理解できなかったようで目を見開いて固まった後、前を向く。
「うちは……。まったく……あなたという人は本当に……」
少し呆れたような感じだけど、でもその声色は少し恥ずかしそうで嬉しそう。そしてちらっと見えた口元は、少しだけ微笑んでいた。その笑顔が本当に綺麗で、胸が高鳴った。
こうして応援しているだけでも、心が躍る。推しのライブでうちわを振っているファンの気持ちが、今になってわかったよ。人生で初めて、間近で推しを応援することができている。涙で視界がぼやけた。尊い。
俺はこんな日が来ることを、ずっと待ち望んでいた。
「笑止。人間ごときが最大までチャージした私の【スティルオブジェノサイド】と真正面からやり合おうなどと思うとは……気が狂ったようだ。いや人間程度の下級生物では、力量差もわからないということか。スペリオルでも円卓の騎士でもないから油断しているだろうが、定員オーバーでなれていないだけ。実力は引きを取らぬどころか勝っている。一席空いた今は次期円卓の騎士が確定したといっても過言ではない。よく覚えておけ!我が名は『博愛のズール』!ガイアカグラもろとも消し去ってくれる!!」
人の声とはかなり異なっている、電子音声のような少し高い声。その声色は自信と血気に満ちている。だが─。
「そういうのはどうでもいい」
その声色は今まで聞いたことの無いほどに冷たく、氷点下をも下回るかもしれない程。自分に向けられたら…一生立ち直れない…無理。泣く。号泣する。想像するだけで人生の終わりを感じるレベルで恐ろしい。
冷めた反応にズールの殺気がより鋭くなる。ユイカちゃんを見ているからズールの表情は全くわからないけど、殺気的に憤怒の色に染まって真っ赤になっているに違いない。
「“この状況になってもわからない”とは、呆れたものです。亡きバルバロスと比べる事すらも烏滸がましい。実力のない自信はただの滑稽…それではスペリオルになれないのは当然ですね。まぁディアボロのスペリオルと円卓の騎士への条件は全く分かりませんが」
どこか失望感が漂う声色で淡々と容赦なく思っている事を告げる。冬の早朝のような鋭い冷たさに、言葉を向けられていない俺の背筋が凍るほど。そしてカッコいい!
「貴様ぁぁあああああっ!!!!!!」
大地を揺るがすほどの怒声が辺りに響き渡る。その言葉に反応するように荒々しい風が吹きつけ、つむじ風が巻き起こる。大気が震える。その時が来る。
「消し飛べっっ!!!!!」
怒号と共に集束していた白光が溢れんばかりに弾けようとした刹那。
「それが最後の言葉ですか……お気の毒に」
ポツリと呟いた短い言葉には、哀れみが十二分に込められていた。そして一拍置いて。
「【調停者の灯】!!!」
一瞬の静寂。
力強く、全てを飲み込むようにはっきりとした口調で発せられた。力強い宣言と怒号が混じった瞬間、互いのレーザー光線がほぼ同時に発射。周囲は眩い光に包まれ、衝撃波が全身を飲み込む。
互いの技がぶつかった瞬間に更に強い衝撃が襲う。礫が舞い、空気が震えて鎧越しにも骨の髄まで揺れる。ユカコちゃんのベリーショートの水色髪が優雅に揺らめく。
しかし、勝負は拮抗などしなかった。
光線がぶつかった瞬間、衝撃波が起きた瞬間だけはその場でせめぎ合った。
ほんの一瞬だけ。




