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第32話 影の真髄と決着の時

 この能力がこの世界でも適応されるのかはわからないから、少しだけ緊張している。でもなぜだろうか……成功するだろうな、とは心のどこかで思っている。そうでなくてはアルカナが俺をこの世界には呼ばないだろう。


 息を小さく1つ吐き、姿勢を低くとる。剣は中段に構える。


 ─覚悟は決まっている。


「【影ノ綻ビ(かげのほころび)】」


 地面を蹴った。猛然と正面からバルバロスへと向かう。風を切り、土煙を置き去りにする。


 間合いに入る直前、一歩踏み出したバルバロスが剣を振りかざす。このまま進めば直撃するだろう。だが、その攻撃は先ほどまでの戦いで情報を集めていたから読めていた。


 影を使って急ブレーキをかけ、さらに一気に重心を下げてしゃがむような体勢になりながら体を捩じって、斬撃を回避するように動く。

 陽が反射する鋭い剣先が頬を掠めた。

 


 今までで一番の速さを出したが、ギリギリだった。バルバロスも攻撃の精度を上げてきているようで切れ味が増してきている。流石だ。


 感心しながら回避すると同時に剣を地面に這わせるように切り上げ、目的であった【バルバロスの影を─斬った】。


 特別な手ごたえはない。ただ斬れたという実感だけが不思議と湧いてくる。斬った場所は上半身と下半身の間。みぞおちの辺り。影は斬られた瞬間、上半身の影は粒子となり消え、下半身の影だけが残った。


『あとは斬るだけだ』。


 剣を横に構え、地面を蹴り、バルバロスの懐に目掛けて飛び込む。今の空振りでバルバロスには隙ができているはず─そう思い飛び込んだ先で見えたのは、迎撃しようと剣を切り返し振るってくるバルバロスの姿だった。


 隙だと思っていたが誘い込まれていた。強化魔法だけではない。戦士としての卓越した技術が合わさった洗練された動き。ここでその動きが出せるとは予想外。反応速度と一瞬の判断能力には心から感服してしまう。


 このまま無策で突っ込めば、互いの斬撃がクリーンヒット。おそらく俺の方がダメージは大きく、致命傷となるだろう。だが迷わず突き進む。


 渾身の力を込めて時雨を斬り上げた。同時にバルバロスも剣を振り下ろす。一瞬、陽の光を反射して互いの剣が煌めく。土煙が舞う中、剣が交錯。



「【夕立ノ陽炎(ゆうだちのかげろう)】」



 剣が交わった刹那、剣戟も衝撃もなく、まるで霞でも斬ったかのようにそのままバルバロスへと刃が吸い込まれるように近づき


                       斬った─


『この世界でも、俺のルールは適応されている』


 宙に舞う斬られた剣身を視界の端に入れながら、頭がそう理解した。


 振るった時雨はその勢いのままにバルバロスを捉え、先ほどまでとは違い、弾かれることもなく、装甲ごと斬った。音や手応えは全くない。その一瞬は世界から音が消えたように無音。振りぬくと同時に鮮血が舞う。


 バランスを整えながら振り返り、バルバロスの方へと向く。


「……再生、しない…!?」


 斬られ、その場所に立ち尽くしているバルバロス。斬られた所からは鮮血が噴き出し、地面へと流れ落ちて、血の水たまりを作り出している。先ほどとは違い、傷は再生しない。


 影が陽炎のように歪む。


「影で作り出した武器で斬れば、影を切り離すことができる。影を失った場所は、必ず斬ることができて、その傷は影が失われている間は決して治らない。それが【影ノ綻ビ(かげのほころび)夕立ノ陽炎(ゆうだちのかげろう)】だ。みぞおち辺りの影を斬ったから、上半身の影が切り離されて消滅。アンタの上半身ならどこでも斬れるようになった。その強固な鎧も、強靭な肉体も、大剣も含めて」


 滾る戦いを演じてくれた事に感謝して、種を明かすことにした。仲間を容赦なく殺し、数多のスペリオルやパラディンを殺め、人類の平和を脅かす憎き敵ではあった。でもその戦いぶりは正々堂々としていて信念があり、戦えて少しだけ気分が晴れやかだったから。


 噴き出した血の勢いに押され、徐々に斬られた箇所の上下がずれ始めていたが、数秒後には魔族の生命活動の終わりを知らせる体の石化が始まり、体を留めていた。


「お前は……いや、君は……例外、だったというわけ、か。よい、技、だった……滾った……ぞ……」


 声色は弱弱しいが満足げなようであった。その言葉を最後にバルバロスの全身は完全に石化。目から光は消え、生命活動の終わりを告げた。

 口から血を吐き、詰まりながらも言葉を繋げ、満足そうに旅立っていったその姿は敵ながら立派であった。表情は、自分が負けた技の謎が解けたためか、清々しく晴れやか。


 “よい技だった”と褒めの言葉を貰えて率直に嬉しかった。敵だろうとそんなことは関係なしに、心が躍る戦いを演じた相手から認められたら嬉しくなる。

 味方にいてほしかった。


「アンタのも良い技だったぜ」


 聞こえることの無い、素直な称賛を投げかけた。元の世界では感じたことの無い、心が熱くなる戦いに敬意を表して、軽く一礼をしてから振り向いてその場から去った。


 その時フッと視界に入っていた景色が変化していく。

 空を覆っていた光の壁が徐々に粒子となって消えていき、太陽の光がより強く差し込んできた。岩場だった大地には草花が戻り、陽の光を受けて葉は艶やかに煌めき、そよ風に吹かれて心地よさそうに揺れている。生暖かい風は優しいそよ風へと変わり、頬を撫でた。


『勝負が決した合図だ。バルバロスは戦闘不能。君の勝ちだよ、ユート』


 本当に嬉しそうな声だ。まるで子供みたいに無邪気。振り向くと徐々に透明になってきているアルカナがニヤリッと笑っていた。


 バルバロスの背後に映し出されていた半透明な魔王ルシファーもアルカナと同じように空に溶け込み、徐々に薄くなっている。感情が読み取れない零度の瞳はまっすぐ俺を捉え、見下ろしていた。


 背筋がヒヤリと凍てつくようなプレッシャーが襲ってくるが、何も臆することはない。覚悟は決まっている。プレッシャーを切り裂くように剣を向ける。


「待ってろよ……ユイカちゃんと俺が倒しに行くから。お前を倒して必ず元の世界にユイカちゃんを帰す!! 首洗って待っとけよ、ラスボス」


 そう力強く宣言すると、聞こえているのかいないのかはわからないが、ルシファーの口元が少し笑ったように見えた。その数秒後、完全に消え去った。

 【魔王ルシファー】、これから打ち滅ぼす宿敵との初めての邂逅が終わった。




 振り返るとフィールドの境界線にユイカちゃんが見える。薄くなる壁の向こう、頷きながら拍手をし、微笑んでくれている。かわいい!この微笑みのおかげでバルバロスとの戦いを勝利できたといっても過言ではない。生きててよかった…この瞬間のためにこれまでの人生があったのかもしれない。


 勝利の実感が溢れてきた。戦うべき相手との初対戦。その勝利に心が震え、猛烈な達成感が全身を包み込む。内から止めどなくエネルギーがあふれ出し、呼吸が荒くなり─。


「……っっしゃあぁぁっ!!!」


 躍動する感情に身を任せ、天にこぶしを突き上げて咆哮をあげた。蒼穹へと木霊した。


「勝ったよおぉぉぉ~!!!」


 見ていてくれたが、一番に勝利の報告をしたかった。手をぶんぶん振りながら全速力で駆け寄る。近づく頃には壁は完全に消え去り、少し呆れたように肩をすくめつつも、微笑みながら迎えてくれた。全ての疲れや痛みなど消し飛んだ。


「お疲れ様でした! 夢叶君の勇姿……しっかり見てましたよ。」


「ありがとう!! ユイカちゃんのおかげで勝てたよ!」


「私は何もしてませんよ? ただ応援していただけです」


「それが一番力になるんだよ~応援してくれてありがとう!!」


 そう伝えると前髪を触りながらまた微笑んでくれた。その最高にかわいらしい仕草と表情が見れて、俺の心の中は幸せでいっぱいになっていく。動いて熱くなっている体は、更に内側からじわりと熱くなり、疲れも吹き飛びエネルギーに満ち溢れている。


「そんなにボロボロになってまで……まったく、夢叶君は」


 大好きな人に応援してもらうのは生まれて初めて。現実世界だけではなく小説やアニメなどの様々な物語で『好きな人に応援してもらえるのは最高の力になる』と言われていた。それを今、これ以上ないほどに実感することができた。


 最高の気分。生きててよかった!



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