第29話 敵将の真の力
バルバロスもほぼ同時に地面を蹴り悠然と向かってくる。瞬く間に距離は縮まる。剣の間合いに入る前、俺は武器を作り変えた。
影は自由自在に形を変える。
「【影ノ槍─篠突ク雨】」
大剣が槍へと姿を変え、右手に収まる。
【影ノ槍─篠突ク雨】─全体の長さ約三メートル。見た目はシンプルな日本槍で漆黒の柄から、三角錐状の穂先が五十センチほど伸びているというもの。
この世界に来て初めて槍を手に持った。いつも水面から突き出させるだけだったからね。
先ほどとは違う武器に一瞬、バルバロスの表情を険しくなる。剣同士とは違い方やその倍以上のリーチを誇る槍。槍の間合いに入る事は避けられない。
槍を作り出した瞬間にバルバロスは咄嗟に斬りかかる体勢から腕を下げて剣を横にし、ガードの構えに動いた。一切の迷いや躊躇がない洗練された動きと素晴らしい判断力だ。
でも……もう槍の間合いだ。
全身をばねの様に弾ませ、全力で胸の中央に向かって槍を突き立てる。剣を掠めた後、わずかに軌道が逸れたが装甲を貫通してバルバロスの右肩に深く突き刺さった。先ほどまでの攻撃で通らなかったから強度と切れ味を上げて作り出したおかげで、この戦いで初めてまともな攻撃が入った。
「ぐっっ……っく!!」
苦悶の表情を浮かべるバルバロス。だがすぐに不敵な笑みに変わり、すぐさま槍を掴み、思いっきり身を捩りながら投げるように振り払ってきた。俺の体勢が悪かったこともあり、突き刺さっていた穂先は外れ、そのまま吹き飛ばされた。
無理やり外したために鮮血が土煙と混じりながら宙に舞う。地面にたたきつけられそうになったが空中で体をひねって受け身を取り、体勢を整えた。今の攻撃でバルバロスがどれほどの強固さを誇るのか正確に把握できたので、槍から使い慣れた剣の時雨に戻す。
「【ガイア・マテリアル】! 【ストーン・シャウト】!」
バックステップを踏みながら魔法を唱えた。
ガイア・マテリアルで周囲に岩が降り注ぐと同時に地面が揺れ、鋭利な岩が針山のように突き出し俺に向かってくる。これがストーン・シャウトという魔法なのだろう。全方向からの攻撃で逃げ場はない。
すぐさま【海神ノ玄武】を纏う。玄武ならこの程度の岩ではダメージはないし、当たった岩の方が砕けるだろうからガードする必要はない。鎧に岩が当たるのを無視して突進。
というか、魔法は同時に2つ発動できるんだ…便利だねぇ。
ダッシュした瞬間、目の前に大岩が落ちてきて立ち塞がる。視界いっぱいの岩と土煙により、バルバロスが視界から消える。構わずそのまま岩に向かって突進。影纏いで肉体強化されている上に海神ノ玄武による防御力で、大した手ごたえもなく岩はあっさりと粉砕。土煙が舞う中を前進するが先ほどまで立っていた場所にバルバロスの姿はない。
一旦距離を取るのが目的の攻撃だったらしい。
水面も発動して他の全ての岩を処理。影で土煙を薙ぎ払い、視界をクリアにする。
その時、強烈な光りが土煙の奥から姿を現した。
「ディアブロの中でも防御力に長けている我に傷をつけるとは、素晴らしい攻撃だ。人間相手に傷をつけられたのは久しぶりだ。そしてこの技を使うのも……いつぶりだろうか?」
その言葉と共に強烈な光は収まっていき、バルバロスが姿を現した。
形態に変化はないが、そんな事はどうでもいいくらいに全身からは、禍々しい黒々としたオーラがあふれ出していた。先ほどまでの強烈な白光とは裏腹に、全てを飲み込んでしまいそうなほどに不気味な黒いオーラが不規則に脈を打っている。今、付けたはずの傷もない。ただ立っているだけなのに空気が震え、周囲につむじ風が起きていた。先ほどまでとは明らかに雰囲気が違う。どうやらこれがバルバロスの本気らしい。
戦闘狂ではないけど、滾ってくるね。
「おぉ……なんか雰囲気が一変したね。魔法の類?」
「そうだ。地属性強化魔法…【グランド・オブスキュラ】という。スペリオルのみが発動することのできる最上位魔法カテゴリー【サンクチュアリ】に属する。地属性魔法の効果強化、身体能力上昇、強固な防御力を得る、他諸々の強化。更にフィールドがファースト・グラウンドのため、この力は増強される。数秒前までの我とは別者になる」
不敵な笑み。消して揺らがない絶対なる自信と共に、纏われているオーラが不気味に揺らめく。ただ立っているだけなのに空気が震える。先ほどまでよりも放たれていたプレッシャーが段違いだ。でもバルバロスの闘気に当てられて俺も心が高鳴ってきた。知らない単語はこの際どうでもいい。せっかく異世界に来たのだ。戦いはこうでなくちゃ面白くない。
「いいね……そう来なくっちゃ!! 俺も全力を持って相手をするよ……!」
影を這わせながら全力で地面を蹴る。
俺の攻撃などは構う事は考えていないようで、防御態勢を取らずに剣を振りあげ、斬りかかってきた。先ほどまでとは比べ物にならないスピード。突進し自ら距離を詰めたが想像以上の攻撃の速さに急いで横にステップを踏みながら盾を構えて、剣撃を受け流そうと試みる。
だがそれは、想像を軽く超えていた。
剣が盾に触れた瞬間、衝撃が全身を貫く。地面に足がめり込む程の強い衝撃が全身を駆け巡り、その直後に鼓膜が破裂しそうなほどの音が辺りに響き渡る。波紋の様な衝撃波が大地に広がり、相場の地面が割れて土が舞う。骨や筋肉が一瞬軋んだ。明らかに桁違いだ。
衝撃を利用して後ろに数メートル吹き飛ぶようにその場から離脱。吹き飛ぶと同時に影から槍ノ草原を発動。バルバロスへと突き立てる。
今の攻撃力で【グラウンド・オブスキュラ】によってどれほどの強化されたのか大まかに予想することができた。切れ味と強度をさらに上げる。
(これで通るはず!)
その甘い期待は一瞬で砕かれた。
ピキッッ─。
狙い通り、バルバロスへと向けて槍を突き立て、命中。先ほどまでの強度ならば今この瞬間にも串刺し状態にできていたであろう。しかし接触した瞬間、影は鋭いクラッシュ音を残し一瞬にして砕け散った。伝わってきた振動で腕がしびれ、不快な痛みが体全体に広がる。
バルバロスの装甲硬度が俺の攻撃力を軽々と上回った。まずいな。
「あらら……」
腑抜けた言葉とは裏腹に内心穏やかではなく、心には波紋が広がっていた。ひきつった頬に冷や汗が流れ落ちる。
今の強度と切れ味の影をもってすれば、元の世界では斬れない物はなかった。装甲車や分厚い鉄の扉、ダイヤモンドだろうと一刀両断できたであろう。そのくらいの自信はあった。しかし結果は見るも無残。流石にこれは心へのダメージが大きい。
ニヤリッと満足げに笑うバルバロス。余裕の表れか、それともこの戦いへの渇望か。ヘルムから覗く瞳が禍々しくも爛々とした光を放つ。
(まだだ…まだ足りない)
焦る気持ちを抑え、体勢を立て直す。これではまだ情報が足りない。
その場に止まっているのは良くないと判断して動く。効果があるかは不明だが、的を絞らせないように円を描くように走り回る。
「【ガイア・マテリアル】」
先ほどから何度も見た魔法だが、グラウンド・オブスキュラによって強化されているだろうから警戒は怠らない。一度じっくりと強化具合を見て確認するために動作に入った瞬間、思い切り地面を蹴りバックステップ。
その瞬間、肌がピリピリするほどの地響きと轟音が鳴り響き、空には視界いっぱいに巨大な岩が一瞬にして浮き上がった。大きさは先ほどまでに飛んできた岩の倍程度。数は約50個くらいだろうか。その数と大きさにより太陽の眩い光は遮られ、距離を取るために離れている今の場所すらも一瞬で影が覆いつくし、まるで夜のような暗さに。
さっき打ってきた同じ魔法とは文字通り、桁が違う。
「こいつは凄いね……」
そう呟いた刹那、大岩が風を切り、土埃を上げながら悠然と迫ってくる。先ほどよりも遥かに早い。これを避け続けるのは俺には不可能だ。想定以上の強化具合に正直、恐怖を抱く。明確に“死”が間近に感じる。息をするのも重苦しい。血が凍るように冷たく感じる。
それに抗うべく、瞬時に雫ノ大盾を発動させ強固な盾を作り出す。両手でがっちりと握りしめ、膝を曲げて大岩の襲撃に備える。それと同時に槍ノ草原も発動させて迎撃態勢に入る。水面で対処しきれなかった岩は盾で受け止める、という算段で行こう。
発動が完了した瞬間、盾に岩が接触。一瞬にして周囲一帯が土煙に飲み込まれ、空気が震えるほどの衝撃と共に耳を張り裂くような鳴動が連続で響き渡る。
盾を構えている上に土煙で周囲は一切見えないが、“影”によって全ての状況が手に取るようにわかる。飛んでくる岩の弾道、迎撃され粉砕した岩の残骸の行方、術を発動しているバルバロスの挙動、熱や衝撃や光の加減…景色そのものに至るまでその全てが頭の中に入ってくる。何も見えていないがわかる…なんとも不思議な感覚。未だにこの感覚には慣れない。
大岩が当たる度に全身を鋭い衝撃が駆け抜けて筋肉と骨を軋ませた。懸命に力を入れて、後ろに弾き飛ばされそうになるのを体が弾けてしまわぬように堪えるが…辛い。
メテオストライクの方が衝撃は強かった。だが今のガイア・マテリアルの方が遥かにきつい。骨と筋肉が悲痛な叫びを上げ、ダメージが蓄積していくのが手に取るようにわかる。
この土煙によってバルバロスからも俺の姿は見えていないだろうが、この魔法の追尾機能は優秀なようでどんな状況でも岩は的確に向かってくる。隙を見てはバックステップやサイドステップで位置をずらしているがお構いなし。全弾命中。
「……ん?」
数秒耐えていると、影が新たな攻撃を察知した。直後、ガイア・マテリアルによって発生している以外の振動と、大地を揺るがすような重低音が迫ってくるのが聞こえた。
『地面が津波のような形状で押し寄せてきている』




