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迷想連奏歌  作者: 加部宮
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水滴の人

 外は明るくなり、街はまた眠りから醒める。眠らない街なんて呼ばれるにはちょっと足りない、しかし田舎な訳でもない中途半端な住宅地の中だった。

 秋の長雨はそれはそれでまた趣があるのだが、私は外へ出るのが好きだからあまり嬉しくなかった。ようやく晴れた日である。こんな朝には散歩に出る以外に何ができよう。

 なんでもないアパートの一室のドアは建て付けの悪そうな軋んだ音を立てて閉じる。それもまた日常の一幕の効果音のようで、私は好きだった。

 ジャージを羽織って外へ出ているが、やはり秋も深まったこの頃は寒い。おまけに昨日は雨が降っていたから洗濯物もあまり乾かないだろう。

 それもまあ良いか、と思わせられる青空にはあっぱれの一言以外出るものがない。


 いつもの道をあるけば、人とすれ違う。それなりに人のいる地域に住んでいるのだから当たり前なのだけれど、朝早い時間に人と会うのは何かしらの新鮮味のようなものが常々感じられる。

 私の反対の方角へ、急ぎ足のサラリーマンが足を運ぶ。早くからご苦労なことだ。きっと家族のために一生懸命なのだろう。その眠たげな表情もどこか気合いのような活が見て取れる。

 ああ、この人は青空のような人だな、と無邪気にも心の中で言葉にしてみた。


 私と交差する形で、ウィンドブレーカーのようなスポーツウエアを纏う女性が小走りかけていった。私は散歩、彼女はジョギングという形ではあるものの、恐らく私と同じように秋晴れの空気を浴びて気持ちよさを求めているのだろう。紅潮した頬も健康的で、見ているこちらまで楽しくなる。

 ああ、この人は青空を目一杯楽しめる人だな、とわずかな共感を交えて呟いた。


 私が追い越す形で、千鳥足の中年男性がふらふらと不思議な舞を踊りながら歩いていた。路上で一夜を明かしたのだろうか、顔にアスファルトのかけらや雑草のようなものをこびりつかせて覚束ない足取りを進めている。きっと何かを忘れるために酒を使って、終電を逃したとかその辺りだろう。可哀想でもあるが、また同時に先ほどのサラリーマンと比べてしまうと軽蔑が無いとは言えない。

 ああ、この人は青空が見えない人だな、と少しの軽蔑と悲哀を込めて見送った。


 ふと視界の端に、光が射した。私は半ば下向きに顔を俯かせながら歩いていたため、陽の光であるはずはないのだが。

 見やれば、確かに陽の光だった。それは道の傍に何気なくある排水溝に取り残された水滴であった。陽の光を反射して、俯く私に青空を思い出させてくれたのである。

 思わず屈んで水滴を眺めた。その透明なのか鏡なのか、中途半端な球体は表面に秋晴れを刻むように映している。

 だが所詮それは排水溝の水だった。私が屈んで影を作れば、ただの泥を内包した汚れた水滴だったのだ。

 結局、綺麗に見えるものはみんなそうなのか。


闇明けて

澄み切る溝の水滴の

汚れの楽しさまた美しき


 でも私は清濁ある人間が好きだ。周りの反射で綺麗に見える人間も、中身は汚れているのかもしれない。家族のために懸命になる青空も、酒に溺れる汚れも。どちらもあって、私の好きな人間になる。

 そんな人間も嫌いじゃないんだ。

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