恋情
チャンスだな、と思っても中々踏み出せない時はよくある。今だってそうだ。
夏の夜の浜辺。これと片想いの相手がそこにあれば役者も舞台も揃っている。自ずと脚本まで決まってくるだろう。
彼女は踏み出せない。友人たちと海へ遊びに出て花火をやっているような、そんな楽しい時間にひとり緊張している。彼は周りと楽しそうに談笑しながら、花火の棒へ火を点ける。
彼女は踏み出したかった。ここで伝えたい、いやここでなくちゃ駄目なんだと自分に言い聞かせても、身体と頭は別物だった。
浮かない顔をしていると、彼は歩み寄る。それだけで機関車の釜のように、彼女の心に石炭が投入されていく。
こっちに、来なよ。一緒に楽しもう。
ああ、これだけで。その言葉だけで私は好きで溢れてしまう。
彼のそばで花火をやれる、それだけで嬉しさがこみ上げる。彼の手元の蝋燭から僅かばかりの火をもらう。すぐさまそれは、彼女のように燃え上がる。
そんな時間はすぐに尽き、海は静寂を取り戻した。
彼は夜風を浴びに外に出た。彼女も共に行きたかった。夕飯の知らせが入って、彼を呼ぶことになり彼女は役を買って出た。
夏の夜、満天の宝石たち。ここで踏み出さずしていつチャンスがあろうか。
彼女は彼に歩み寄る。線香花火の微かな匂いが、彼の後ろ姿によく似合った。
ねえ、夕飯だって。
そうか、今行くよ。
待って、と彼女は彼を引き留める。もちろん彼は不思議な顔で、それでも真面目に向き合う。
あのね、私……。
なあ、俺さ。
線香花火の火袋が、そっと落ちて燃え尽きた。冷えて黒くなったそれとは対象に、彼らは熱く熱く温度が上がる。
貴方が、
貴女が。
少女漫画とか読む、ちょっとイタい感じを意識してみました。実際はあり得ません。絶対に(力を込めて)。




