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違和感は、最初からあった。
「……静かすぎる」
大広間。
つい先ほどまで、ざわめきに満ちていた場所。
それが今は――
「誰も、いない?」
人が、消えていた。
王太子も。
リオンも。
セリーヌも。
まるで最初から、存在しなかったかのように。
「……そういうこと」
ゆっくりと、息を吐く。
「切り離したのね」
空間ごと。
時間ごと。
“場面”そのものを。
「ずいぶんと強引じゃない」
足音が響く。
広い空間に、一人分だけ。
コツ、コツ、と。
「ねえ」
声をかける。
当然、返事はない。
けれど。
「聞こえているのでしょう?」
視線を、上へ。
「ここは、あなたの領域?」
その瞬間。
――ザ、と。
音がした。
空気が、乱れる。
そして。
「……ああ」
思わず、笑みがこぼれる。
「やっと、姿を見せる気になったのね」
目の前。
何もなかった空間に、“歪み”が生まれる。
光が、ねじれる。
影が、重なる。
――形にならない“何か”。
「はじめまして、かしら」
一歩、踏み出す。
「それとも、ずっと会っていたのかしらね」
応答はない。
けれど。
“視線”だけが、明確にこちらへ向いている。
「無口なのね」
肩をすくめる。
「でもいいわ」
微笑む。
「言葉がなくても、意図は分かる」
ここは、閉じた空間。
外界から切り離された、“修正用の舞台”。
「強制的に、軌道を戻すつもりね」
一歩、さらに近づく。
「私を、ここで折るつもり?」
空気が、わずかに震える。
――肯定。
「ふふ」
小さく笑う。
「やっぱり、そう来るのね」
当然だ。
流れを壊された。
予定を崩された。
「だから、“排除”」
シンプルで、合理的。
「でもね」
足を止める。
「それ、遅いわ」
静かに告げる。
「もう私は、“気づいた側”よ」
その瞬間。
――ガンッ!
強い衝撃。
視界が、揺れる。
「……っ」
身体が、吹き飛ばされる。
床に叩きつけられる。
息が詰まる。
「……なるほど」
ゆっくりと、身体を起こす。
痛みはある。
けれど。
「物理的にも来るのね」
血の味が、口の中に広がる。
「雑で好きよ、そういうの」
立ち上がる。
足元が、わずかにふらつく。
「でも――」
顔を上げる。
「それで終わり?」
空間が、歪む。
今度は、床。
足場が崩れる。
落ちる。
底の見えない闇へ。
「……落とすの?」
風が、耳元を裂く。
「安直ね」
その中で。
私は――
笑った。
「でも、甘いわ」
手を伸ばす。
何もない空間へ。
「だってこれ、“あなたの中”でしょう?」
落下が、止まる。
ピタリと。
空中で。
「なら」
ゆっくりと、身体を起こす。
足場はない。
それでも、立つ。
「“ルール”があるはずよ」
視線を巡らせる。
歪んだ空間。
崩れた構造。
けれど。
「完全な無秩序じゃない」
見える。
微かな“線”。
流れ。
「ここが、基準点」
空間の一点に触れる。
――ビリ、と。
何かが弾けた。
「やっぱり」
笑みが深くなる。
「触れるじゃない」
“観測するだけの存在”ではない。
「干渉できるなら」
指先に、力を込める。
「こちらも干渉できる」
――ギシ、と。
空間が、軋む。
「なっ……」
声はない。
けれど、“動揺”は伝わる。
「驚いた?」
一歩、踏み出す。
空中を、歩く。
「観られるだけだと思ってた?」
もう一歩。
「残念」
さらに近づく。
歪みの中心へ。
「私、三回目なの」
にっこりと笑う。
「“慣れてる”のよ」
その瞬間。
――バチンッ!
強い反発。
視界が、白く弾ける。
「……っ!」
気づけば。
私は――
元の大広間に立っていた。
ざわめきが、戻る。
人の気配。
音。
時間。
「お嬢様!」
セリーヌが、駆け寄ってくる。
「ご無事ですか!?」
「……ええ」
ゆっくりと、息を整える。
身体は、無傷。
さっきの衝撃が嘘のように。
「戻された、か」
小さく呟く。
「お嬢様、今一瞬……姿が……」
「消えていた?」
「……はい」
やはり。
「そう」
視線を、ゆっくりと上へ向ける。
「逃がしたのね」
完全には、押し切れなかった。
だから、戻した。
「でも」
口元が、わずかに上がる。
「十分よ」
確信した。
「“触れる”」
あの存在に。
あの領域に。
「なら、次は」
静かに、呟く。
「もっと深く行く」
もう、怖くはない。
むしろ――
「楽しくなってきたわ」
ゲームは、完全に変わった。
駒同士ではない。
盤の外と、内の戦い。
「さあ」
小さく笑う。
「どこまで耐えられるかしら?」
視線の先。
見えない“何か”へ。
はっきりと、挑発を向ける。




