7
静かすぎる朝だった。
けれど今回は、その“静けさ”に意味がある。
「……見ているのでしょう?」
窓辺で、紅茶を口にしながら呟く。
返事はない。
だが――
「いいわ。聞こえている前提で話すわね」
カップを置く。
わざと、ゆっくりと。
「あなた、“流れ”を整えたいのでしょう?」
時間を戻し、予定を変え、証言を誘導する。
すべては――
「“望む結末”に近づけるため」
沈黙。
けれど。
「なら、試してみましょうか」
立ち上がる。
ドレスの裾が、静かに揺れる。
「あなたの“理想の展開”が、どこまで通用するのか」
振り返る。
セリーヌが、少し不安げにこちらを見ていた。
「お嬢様……」
「大丈夫よ」
微笑む。
「少し、劇を変えるだけ」
――わざと。
「セリーヌ」
「はい」
「これから、あなたに“裏切ってもらう”わ」
空気が、凍る。
「……それは」
「言葉通りよ」
近づく。
彼女の目を、まっすぐに見る。
「王太子に、証言しなさい」
「私が、毒を混入したと」
「ですが……」
迷い。
当然だ。
「これは命令よ」
静かに、しかし確実に告げる。
「従うかどうかは、あなたが決めていい」
逃げ道は与える。
その上で。
「選びなさい」
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて――
「……承知いたしました」
セリーヌは、深く頭を下げた。
「お嬢様のご命令に、従います」
「そう」
それ以上は言わない。
理由も、説明もしない。
――見ているから。
「ねえ」
窓の外へ、視線を向ける。
「これでどうするの?」
あなたの“予定通り”に、証言が出る。
けれど、それは――
「私が仕込んだものよ」
沈黙。
だが、確かに。
空気が、わずかに揺れた。
「楽しみね」
くすりと笑う。
「どんな反応をするのか」
⸻
数時間後。
大広間。
人が集められている。
王太子。
側近たち。
そして――セリーヌ。
「……本当か」
王太子の声が、低く響く。
「はい」
セリーヌは、はっきりと答えた。
「毒の混入は、私が行いました」
ざわめき。
予想通りの反応。
「理由は?」
「お嬢様の命によるものです」
視線が、一斉に私へ向く。
「……弁明はあるか」
王太子が問う。
その瞬間。
「いいえ」
私は、あっさりと答えた。
「その通りよ」
空気が、凍りつく。
リオンの目が、わずかに細められる。
「認めるのか」
「ええ」
一歩、前へ。
「私が命じたわ」
嘘。
完全な嘘。
けれど――
「さて」
ゆっくりと、周囲を見渡す。
「これで満足?」
沈黙。
誰も、意味が分からない。
「どうしたの?」
首を傾げる。
「“この展開”、望んでいたのでしょう?」
その言葉に。
ほんの一瞬。
“何か”が、揺れた。
空気が、歪む。
「……来た」
小さく呟く。
その瞬間。
「――待て」
王太子が、手を上げた。
「……妙だ」
低い声。
「何がですか」
リオンが問う。
「話が、早すぎる」
王太子は、私を見ている。
「こんなに都合よく、証言と自白が揃うはずがない」
――正解。
「それとも」
彼の視線が、わずかに上を向く。
「“そうなるように仕組まれた”のか」
空気が、震える。
「……やっぱり」
口元が、歪む。
「気づき始めてる」
いい傾向だ。
「ねえ」
小さく、呟く。
「困るでしょう?」
観測者へ向けて。
「“予定通り”のはずなのに、納得されないのは」
完璧な流れ。
完璧な証言。
完璧な自白。
それでも――
「人は、違和感を捨てきれない」
王太子は、眉を寄せている。
「この件、保留だ」
彼は、はっきりと言った。
「再度、すべて洗い直す」
ざわめきが広がる。
「殿下、それでは――」
「構わん」
強く、遮る。
「納得できぬまま進める気はない」
――崩れた。
“用意された流れ”が。
「ふふ」
思わず、笑みがこぼれる。
「どう?」
静かに、天井を見上げる。
「気に入ったかしら、この展開」
沈黙。
けれど。
確かに、“視線”が強くなった。
「これは宣戦布告よ」
心の中で、告げる。
「あなたが動かすなら」
ゆっくりと目を細める。
「私は、それを壊す」
そして――
「壊した先で、勝つ」
視線を戻す。
王太子。
リオン。
セリーヌ。
すべての駒が、少しずつずれていく。
「さあ」
小さく呟く。
「次は、どうする?」
もう、前と同じ結末にはならない。
それだけは――
完全に、確定していた。




