6
朝は、いつも通りに訪れた。
けれど。
「……違うわね」
カーテン越しの光を見ながら、呟く。
同じ時間。
同じ景色。
――なのに、“何かがずれている”。
「お嬢様、お目覚めでいらっしゃいますか?」
セリーヌの声。
「ええ、入って」
扉が開く。
彼女はいつも通り、完璧な礼をする。
けれど。
「……セリーヌ」
「はい」
「今、何時?」
「午前七時でございます」
「そう」
時計を見る。
針は――
七時を指していない。
「六時五十八分、ね」
「……え?」
セリーヌが、時計を見る。
「……本当、ですね」
一瞬の沈黙。
「さっきまで、七時でした」
彼女の声が、わずかに低くなる。
「でしょうね」
私は、静かに頷く。
「“戻された”のよ」
空気が、ぴたりと止まる。
「……誰に、でしょう」
「決まっているわ」
視線を、ゆっくりと窓へ向ける。
「“観ている側”に」
――反応。
ほんの一瞬。
カーテンが、揺れた。
風はない。
「ねえ」
ベッドから降りる。
足音を殺して、窓へ近づく。
「今の、聞いていたでしょう?」
返事はない。
けれど。
「時間を戻すなんて、ずいぶんと強引ね」
指先で、カーテンに触れる。
「そんなことをしたら、“ズレ”が目立つでしょうに」
わざと、ため息をつく。
「それとも」
振り返る。
「もう隠す気はないのかしら」
沈黙。
しかし。
「……面白い」
口元が、わずかに歪む。
「いいわ」
ベッドの脇に置かれた書類に手を伸ばす。
本日の予定。
――昨日と同じ。
けれど。
「ここ」
一箇所だけ、違っていた。
「謁見の時間が、変更されている……?」
「そのようです」
セリーヌが、覗き込む。
「本来は午前十時でしたが、九時半に前倒しされています」
「誰の指示?」
「王太子殿下かと」
――違う。
直感が告げる。
「……これは、“誘導”ね」
ぽつりと呟く。
「お嬢様?」
「観測者は、“見ているだけじゃない”」
紙を、軽く叩く。
「動かしている」
時間を戻し、予定をずらし、流れを変える。
それはつまり――
「“望む展開”がある」
胸の奥が、静かに冷えていく。
「なら、こちらも――」
思考を巡らせる。
その時だった。
「お嬢様」
セリーヌが、低い声で言う。
「……来ます」
「ええ」
感じていた。
廊下の向こう。
複数の足音。
そして。
「レティシア」
扉の向こうから、聞き慣れた声。
王太子。
「入ってもよろしいか」
「どうぞ」
答える。
扉が開く。
彼は、いつも通りの威厳をまとっている。
――けれど。
「珍しいわね、朝から」
微笑む。
「予定が変わった」
短く言う。
「急ぎ、確認したいことがある」
「奇遇ね」
視線を合わせる。
「こちらもよ」
彼の後ろには――リオン。
やはり、いる。
「昨夜の件だ」
王太子が続ける。
「毒の混入について、いくつか新しい証言が出た」
「そう」
頷く。
「誰から?」
「侍女の一人だ」
一瞬。
セリーヌの肩が、わずかに動く。
見逃さない。
「名前は?」
「……セリーヌだ」
空気が、凍る。
やはり、そこに来る。
――でも。
「いいえ」
私は、即座に否定した。
全員の視線が、こちらに集まる。
「それはありえないわ」
「なぜ言い切れる」
王太子の眉が寄る。
「簡単よ」
一歩、前へ。
「その証言、“まだ出ていないもの”だから」
沈黙。
「……何を言っている?」
「あなたは今、“言わされた”のよ」
静かに告げる。
王太子の顔が、わずかに歪む。
「誰に?」
その問いに――
私は、笑った。
「決まっているでしょう?」
ゆっくりと、天井を見上げる。
「そこにいる、“あなた”よ」
空気が、張り詰める。
誰も、動けない。
「さあ」
視線を戻す。
「どうするの?」
これは、賭けだ。
けれど。
「次の“台詞”は、もう決まっているはずよ」
王太子を見る。
彼は――
「……ふざけるな」
一瞬だけ、遅れた。
ほんのわずか。
けれど確実に。
「そんな話があるか」
“選んだ”。
自分の意思で。
「……やっぱり」
小さく、息を吐く。
「完全な操り人形じゃないのね」
なら。
「まだ、崩せる」
リオンが、静かに口を開く。
「殿下、いかがなさいますか」
その声は、いつも通り。
けれど――
「……証言は保留とする」
王太子が言う。
「再調査だ」
流れが、変わった。
「承知しました」
リオンが頷く。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
彼の視線が――
“上”を見た。
「……あなたも、なのね」
小さく呟く。
「何か言ったか」
「いいえ」
微笑む。
すべてが、繋がり始めている。
駒だけじゃない。
動かしているもの。
そして――
「干渉してくる存在」
私は、ゆっくりと息を吐く。
「なら、遠慮はいらないわね」
見えない相手に向けて。
はっきりと、宣言する。
「あなたが動かすなら」
微笑む。
「私は、それ以上に動くだけよ」
静寂。
けれど。
確かに。
“何か”が、こちらを見ていた。




