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騒ぎは、意図した通りに広がった。
「毒が見つかったらしい」
「犯人は内部だとか」
「誰がやったんだ……」
囁きが、廊下を満たしていく。
恐怖と疑心。
――いい傾向だ。
「お嬢様」
背後から、控えめな声。
振り返ると、一人の少女が立っていた。
「セリーヌ……」
私の専属侍女。
一度目では、最後まで傍にいた存在。
そして――断罪の場にも、“証人”として立っていた。
二度目も同じ。
変わらなかった。
「少し、お時間をいただけますか」
「ええ、構わないわ」
部屋へ戻る。
扉を閉めた瞬間、外のざわめきが遠くなる。
「それで?」
ソファに腰を下ろし、視線を向ける。
セリーヌは一歩進み――
深く頭を下げた。
「お詫び申し上げます」
「……何についてかしら」
あえて、聞く。
「本日の件です」
顔を上げる。
その表情は、いつも通り穏やかで。
――だからこそ、分からない。
「お嬢様に届いた菓子、私が一度、保管庫へ運びました」
静かに、告げる。
心臓が、わずかに跳ねた。
「理由は?」
「他の荷と一緒に管理するためです」
「記録は?」
「……残しておりません」
やはり、そこだ。
「なぜ?」
「急ぎだったため、後で記入するつもりでした」
――嘘。
少なくとも、“全部”ではない。
「そう」
軽く頷く。
責めない。
ここで圧をかけても、意味はない。
「では、質問を変えるわ」
セリーヌの目を見る。
「その後、“誰かが触れた可能性”は?」
一瞬だけ。
ほんのわずかに、視線が揺れた。
「……否定はできません」
「名前は?」
「分かりません」
即答。
速すぎる。
用意された答え。
「そう」
背もたれに身体を預ける。
沈黙が落ちる。
「お嬢様」
セリーヌが、静かに言う。
「どうか、私をお疑いください」
その言葉に、思わず目を細めた。
「……随分と、正直ね」
「疑われるべき立場です」
淡々としている。
感情の揺れが、見えない。
「一度目では、信じたわ」
ぽつりと、零す。
「最後まで」
セリーヌの瞳が、わずかに揺れる。
「二度目でも、同じだった」
逃げることを選んだ時でさえ。
彼女は、ついてきた。
――そして。
「断罪の場で、あなたは“証言した”」
空気が、凍る。
「……何を、ですか」
「私がやった、と」
静かに告げる。
セリーヌは、黙る。
否定しない。
「面白いのよね」
ゆっくりと立ち上がる。
「裏切ったのか、利用されたのか、それとも――」
一歩、近づく。
「最初から、そちら側だったのか」
「……お嬢様」
彼女は、初めて。
ほんの少しだけ、苦しそうな顔をした。
「答えは、どれでも構いません」
視線を外さない。
「ただ一つだけ、確認したいの」
息を整える。
そして――
「今回は、どちらに立つの?」
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて。
「……お嬢様の側に」
小さく、しかしはっきりと答えた。
「そう」
それ以上は、何も言わない。
信じない。
けれど――
「使えるかどうかは、別問題ね」
心の中で、線を引く。
その時だった。
コンコン、とノック。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
聞き慣れた声。
「入って」
扉が開く。
現れたのは――
「リオン」
彼は、いつも通りの礼をする。
「少々、お耳に入れたいことが」
「奇遇ね」
微笑む。
「こちらも、ちょうど話題にしていたところよ」
セリーヌの肩が、わずかに強張る。
見逃さない。
「それで?」
「保管庫の件ですが」
淡々と続ける。
「出入り記録の一部が、意図的に改ざんされている可能性が高い」
「でしょうね」
予想通り。
けれど――
「誰がやったの?」
「現時点では不明です」
即答。
だが、その次の言葉で。
「ただし」
わずかに、間。
「“一人だけ”、記録に不自然な点がある人物がいます」
空気が、張り詰める。
「誰?」
リオンは、静かに視線を動かす。
そして――
「……セリーヌ嬢です」
部屋の温度が、一気に下がる。
「理由は?」
私は、あくまで冷静に聞く。
「本来存在しないはずの時間帯に、保管庫付近で目撃されています」
「へえ」
横目で、セリーヌを見る。
彼女は、何も言わない。
否定もしない。
「偶然では?」
「可能性は低いかと」
リオンは、私を見ている。
試すように。
「なるほど」
ゆっくりと頷く。
そして――
「報告、ご苦労様」
それだけ言った。
「……以上です」
リオンは一礼し、去っていく。
扉が閉まる。
静寂。
「お嬢様」
セリーヌが、口を開く。
けれど。
「いいの」
遮る。
「説明は不要よ」
すべて、分かっているわけではない。
でも――
「一つだけ、確定した」
窓の外を見る。
夕暮れが、近づいている。
「“ズレている”のは、事件だけじゃない」
リオンの動き。
タイミング。
言葉の選び方。
すべてが――
「前とは違う」
そして。
「あなたも、ね」
セリーヌに視線を戻す。
「三度目は、全員が“同じ動き”をするわけじゃない」
それはつまり――
「誰かが、書き換えている」
未来を。
役割を。
この物語そのものを。
「……いいわ」
小さく笑う。
「なら、そのつもりでやるだけ」
駒は揃い始めた。
疑わしい味方。
読めない側近。
そして見えない黒幕。
「楽しくなってきたじゃない」
これはもう、“回避”の話ではない。
「勝ちにいく」
三度目。
その意味を、ここで初めて――
私は理解した。




