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厨房の前は、すでに人だかりになっていた。
使用人たちのざわめき。
責任者の怒号。
そして――張り詰めた空気。
「お嬢様……!」
私の姿に気づいた料理長が、顔色を変えて駆け寄ってくる。
「これは、一体どういうことかしら」
静かに問う。
声を荒げる必要はない。
今は“見る”方が先だ。
「それが……本日納品された菓子の一部に、異物が混入しておりまして……!」
「異物、ね」
視線を落とす。
問題の菓子が、銀の盆に乗せられていた。
見た目は美しいまま。
けれど、その一つ。
――わずかに、色が違う。
「触れても?」
「は、はい……!」
手袋を受け取り、指先でそっと割る。
中身を確認する。
そして――
「……やはり」
小さく呟いた。
一度目で“毒”とされたもの。
二度目で“証拠”になったもの。
間違いない。
「同じね」
だが。
「タイミングだけが違う」
視線を上げる。
「この菓子、どこから入ったの?」
「それが……正規の納品とは別に、保管庫へ置かれていたものがありまして……」
「置かれていた?」
「はい。記録がなく……誰が運び込んだのかも……」
――不自然すぎる。
一度目は“配送”。
二度目も同じ。
けれど今回は――“侵入”。
「なるほど」
ゆっくりと息を吐く。
やはり、変わっている。
「保管庫に出入りした者の記録は?」
「確認中ですが……」
言い淀む。
その反応で、分かる。
「“抜け”があるのね」
「……申し訳ございません」
謝罪はどうでもいい。
問題は、そこではない。
「誰かが、わざと記録を消している」
ぽつりと落とした言葉に、周囲の空気が凍る。
「お嬢様、それは……」
「内部よ」
即答した。
外部の人間が、ここまで自然に入り込めるはずがない。
つまり――
「この中にいる」
視線を、ゆっくりと巡らせる。
誰もが息を呑む。
その時だった。
「――さすがですね」
背後から、穏やかな声。
振り返る。
そこにいたのは――
「リオン……」
王太子付きの側近。
常に冷静で、無駄のない男。
一度目では、私を“切り捨てた側”。
二度目でも、同じだった。
「この状況で、そこまで見抜かれるとは」
軽く頭を下げる。
礼儀正しい。
完璧な振る舞い。
――だからこそ。
「あなた、ここに来る予定だったかしら」
問いかける。
空気が、わずかに揺れた。
「……予定、ですか?」
「ええ」
視線を逸らさない。
「王太子殿下の側近が、厨房の騒ぎに“こんなに早く”来る理由を聞いているの」
一拍。
ほんのわずかな、沈黙。
「報告を受けたためですが」
「誰から?」
「使用人からです」
「名前は?」
間を置かずに重ねる。
すると――
「……確認しておりません」
ほんの一瞬。
言葉が遅れた。
「そう」
微笑む。
「優秀なあなたが、それは珍しいわね」
リオンは何も言わない。
ただ、静かにこちらを見ている。
「ねえ」
一歩、近づく。
「あなた、“知っていた”のではなくて?」
「何を、でしょう」
とぼける声。
完璧だ。
けれど――
「この騒ぎが起きることを」
空気が、止まる。
周囲の誰もが動けない。
「……面白いことをおっしゃる」
リオンは、わずかに口元を緩めた。
「ですが、それではまるで」
一歩、こちらへ。
距離が縮まる。
「私が“仕掛けた側”のように聞こえます」
「違うの?」
静かに返す。
すると――
彼は、ほんの一瞬だけ。
“考えた”。
その間。
それだけで、十分だった。
「……いいえ」
いつもの表情に戻る。
「そのような事実はありません」
「そう」
頷く。
それ以上は追わない。
今、ここで崩す必要はない。
「お嬢様」
料理長が不安そうに声をかける。
「この件、どのように……」
「広げなさい」
即答した。
「え?」
「隠す必要はないわ。むしろ逆」
視線を上げる。
「“全員に知らせる”の」
ざわめきが起こる。
「毒が見つかったと。誰がやったか分からないと」
「それは……危険では……」
「ええ。危険ね」
にっこりと笑う。
「だからこそ、いいのよ」
――炙り出す。
「犯人は、必ず“動く”」
隠せば、潜る。
晒せば、焦る。
「そして私は」
リオンの方へ、ちらりと視線を流す。
「その“動き”を見逃さない」
彼は何も言わない。
ただ、静かにこちらを見ている。
――読めない。
でも。
「構わないわ」
心の中で、呟く。
一度目では、何も分からなかった。
二度目でも、掴めなかった。
けれど今は違う。
「ようやく、盤面が見えてきた」
誰が駒で。
誰が動かしているのか。
そして――
「誰が、“予定にない存在”なのか」
私は、はっきりと理解し始めていた。
この物語には。
“決められた役”の他に。
――“観ている側”がいる。




