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光が、消える。
――そして。
気づけば、私は椅子に座っていた。
見慣れた、自室。
窓の外には、柔らかな朝の光。
カーテンが揺れている。
「……戻っている」
ぽつりと、声が漏れた。
手を見る。
震えていない。
呼吸も、落ち着いている。
――夢ではない。
「お嬢様? お目覚めでいらっしゃいますか?」
扉の向こうから、侍女の声。
この声も、覚えている。
「ええ。入ってちょうだい」
扉が開く。
入ってきた侍女は、いつもと同じ顔で、いつもと同じ礼をする。
「本日のご予定ですが――」
「……一週間後、だったかしら」
思わず、言葉が漏れた。
「はい?」
「いいえ。続けて」
侍女は首を傾げながらも、予定を読み上げる。
茶会、謁見、視察――
すべて、記憶と一致していた。
「間違いないわね……」
小さく呟く。
これは、“一度目”と同じ一週間。
そして、その先にあるのは――断罪。
「お嬢様?」
「何でもないわ。少し考え事をしていただけ」
侍女を下がらせ、私はゆっくりと立ち上がる。
鏡の前へ。
映るのは、完璧に整えられた令嬢。
――そして。
まだ、何も知らなかった頃の自分。
「三回目……」
指先で、鏡に触れる。
冷たい。
現実だ。
「なら、やることは決まっているわね」
未来は知っている。
断罪の流れも、証言も、タイミングも。
なら――
「潰せばいい」
簡単な話だ。
証言を消せばいい。
証拠を潰せばいい。
関係者を排除すればいい。
……そう思っていた。
「お嬢様、こちらに」
廊下で、侍女が小さな箱を差し出す。
「何かしら」
「本日届いた贈り物です」
――来た。
一度目も、二度目も、ここから始まった。
箱を開ける。
中には、美しい菓子。
何の変哲もない、王都でも人気の品。
けれど。
「……これを、誰が?」
「差出人の記載はございません」
同じだ。
すべて同じ。
この菓子が、後に“毒”として問題になる。
私はそれを知っている。
だから――
「捨てなさい」
即座に言った。
侍女が驚く。
「よろしいのですか?」
「ええ。今すぐに」
これで、一つ目は回避できる。
そう思った。
……その時だった。
「失礼いたします!」
別の侍女が、慌てて駆け込んでくる。
「どうしたの?」
「厨房で、騒ぎが――!」
「騒ぎ?」
嫌な予感がした。
「菓子に、異物が混入していたと……!」
――は?
思考が、止まる。
「……どの菓子?」
「本日、複数の貴族家に届けられたものです!」
足元が、冷える。
今、捨てさせたばかりの箱を思い出す。
「まさか……」
私は、ゆっくりと振り返る。
さっきまで箱を持っていた侍女。
彼女の手は――
もう、空だった。
「……回収は?」
「すでに各所へ配られており――」
終わっている。
“事件”は、もう動いている。
「そんな……」
ありえない。
一度目は、もっと後だった。
二度目も、同じだった。
タイミングが――ズレている。
「どういうこと……?」
未来は、変えられる。
そう思っていた。
けれど違う。
「変わっている……?」
それとも――
「最初から、固定じゃなかった?」
胸の奥が、ざわつく。
知っているはずの世界が、音を立てて崩れていく。
「……面白いじゃない」
気づけば、口元がわずかに歪んでいた。
予測不能。
想定外。
――だからこそ。
「やりがいがあるわ」
私は静かに歩き出す。
まずは、現場。
この“ズレ”の正体を確かめる。
そして――
「今度は、見逃さない」
誰が、何を仕掛けているのか。
一度目では見えなかったもの。
二度目でも掴めなかったもの。
三度目で、全部――
「暴いて差し上げるわ」
廊下の先。
騒ぎの中心へと向かいながら。
私は、はっきりと確信していた。
この物語は、もう。
“同じようには進まない”。




