第12話 各々のエチュード2
2021/10/07追加
お嬢様が取った宿は中の中といったところ。
排煙の多い連邦国では、そこそこの宿には風呂場が用意されている。
使用料は必要だが、汗を気にせず思い切り動けるというのは大きな利点だ。
「むぐむぐ……。塩味、良い。」
そのため、ギルドの訓練室を借りてゼルド氏の動きを見ているところだ。
世間知らずだが、既に力量ならば五ツ葉並のお嬢様とその相方。
六ツ葉のフォクシ嬢、無名ながら伝説の裏組織グラウンド一味のミリィ嬢。
そんな中、ゼルド氏は冒険者として見るなら四ツ葉、中堅どころだ。
基本は傭兵業を営んできたため、生存に関する知識は充分だろう。
だがそれだけでは本人が納得しないらしい。
「さっきと同じようにカウント後に打ち込んでやるから、今度こそ受けきれよ?」
「全く見えんのだが!」
フォクシ嬢はいつもの着物に大袖のためのハーネス姿。
手にしているのは大太刀を模した木剣だ。
一方ゼルド氏は王国の平服に、買い足した革鎧を着込んでいる。
手にしているのは新調した金属製の盾。
以前のものに比べて非常に小ぶりだ。
前の大盾は火槍を受け続た結果、ひどく破損してしまっていた。
「さん、に、いち――!」
ふ、と着物がなびくや否やフォクシ嬢の銀髪がゼルド氏の視界から消えた。
同時にぎゃり、と凡そ木製武器が立てないような音が響く。
足から肩、肩から腕、腕から胴へうねるような四連撃。
かれこれ五度目、凌げなかったゼルド氏の体がくの字に折れる。
「ぐおっ……。」
「なんで見えねえとか言いながら、反応できてるのかねえ。」
「その篭手。邪魔しなければ防げたと思う。」
観戦中のミリィ嬢は暗めの色彩で仕立て上げられた連邦国の平服。
手にしているのは、仕事前にお嬢様が作っていったポップコーンだ。
暇ということで二人の訓練の野次馬に来ている。
呆れ声のフォクシ嬢とミリィ嬢の目は、ゼルド氏の動きをしっかりと捉えていた。
見えないと言ったくせに、足、肩、腕に対する攻撃は防いでいる。
最後の胴に対する攻撃のみ、盾の移動が間に合っていない。
この流れは一度目から変わっていなかった。
封印作用の術式が腕に対する荷重となって最後の一撃に間に合わせなくしている。
「そ、そうは言うが……、これはそうそう外せんのだろう?」
強かに胴を打たれたにも関わらず、声を出せるあたり随分頑丈だ。
心臓を貫かれて修復した話の時点で、彼だって化け物じみている。
生存能力も動きの阻害も、両腕に憑いた聖獣の影響だ。
「手前の命を啜らせるようなもんだ。自分で操れるようになるまで外させねぇよ。」
「バター醤油も良い。ふわふわ食感がたまらない。これはトウモロコシを見直す案件。」
「醤油まで買い込んでたのか、エルシィのヤツ。オレはかき揚げだったか。あのざくざくした食感好きだぜ。」
「揚げたては危険。でも時間を置くと食感が落ちる葛藤。」
この付近はトウモロコシの産地になっている。
そのため比較的安価に手に入り、ミリィ嬢がお嬢様達を待つ間の主食にしていた。
駅で合流できず、多めに買った矢先に合流したため、結構な量を余らせてしまった。
試作として作っている最中、爆ぜる音を聞いたミリィ嬢は盛大に警戒したものだ。
だが、出来上がったものは大変お気に召したようだ。
続く詩作品、かき揚げは揚げ物好きのフォクシ嬢が気に入ったらしい。
「……歓談途中すまん。一度武器転用も試してみたいのだが。」
「もう痛みが収まったのかよ……。ま、丁度守りの課題は見えたことだし頃合いかね。」
食レポを始めている二人に対し、真剣なゼルド氏が提案する。
新調した盾は下部が半円状に弧を描く変わった形。
変わった形状のそれにはお嬢様によって加工、改造が施されている。
大きな改造はミズール嬢の用いる大剣に備わっていた魔力炉が増設された点。
起動こそ自身の魔力だが、燃料として使われるのは両腕の聖獣。
正確に言うならば聖獣が動き回ることで生じる過剰魔力だ。
おまけに説明はされたが、よくわからない理論を片っ端から詰め込まれている。
最後には、変形武器はロマンです、とよくわからない言葉で締めくくられた。
流石にいきなり実践投入は避けておきたい。
「そんじゃミリィだっけか、オレの太刀取ってくれ。流石にあのお嬢様が作ったものを木剣で受ける勇気はねぇ。」
「大賛成。」
雑談は中断、双方そろって本気の目つきになった。
エルエル嬢がどれだけ異常なのかは、相方の存在を知るだけでも解る。
年相応な部分も多く見られるが、根本的なところが違う。
自分たちの尺度で測ろうものなら、必ずどこかで手痛いズレに襲われる。
投げて寄越されたいつもの太刀を腰に当て、やや広めに足を開く。
着物裾が広がった構えは、フォクシ嬢の全力防御のスタイルだ。
「……そこまで力を入れるか。」
一方ゼルド氏は付き合いの日が浅い。
自らの内面と向き合い続けてきたため、実感も薄い。
取り巻く環境へ意識を向けるよう心がけ始めたのはつい先日だ。
思い返せば確かに滅茶苦茶な体験をさせられたものだが。
「お前どんだけ周り見えてねぇんだ。出会い頭に一蹴されたってのに。」
「ま、まずは起動するぞ。」
宣言と共に刻み込まれた刻印を起動、両腕の聖獣が炉心へ導かれた。
設置された化石樹の種から蔓が伸び、盾から直角に持ち手となる。
一定量の魔力が注がれたことで半円部分から展開し、盾は二本の手斧へ。
柄はやや短め、投げるためではなく振り回すための作りになっている。
「今のとこ、手綱ごしに悪影響はねぇな。上手いことその盾、斧? 一つの独立した世界になってやがる。あの指揮棒を真似るとかどういう……。」
「動きの阻害は抑え込んでいるのが原因。盾でもその技術が使えるなら、もう少し守りもマシになりそう。」
「改善点だな、帰ってきたら教えてやろうぜ。アイツのおかしさと一緒に。」
手斧を握ったゼルド氏はまじまじと両腕を見ていた。
握りしめた手斧から、まるで重量を感じない。
聖獣の認識する世界が広がったことで、両腕に掛かる負荷が極端に減っていた。
同時に無意識のうちに抑え込みに使っていた自らの体内魔力を知る。
腕に憑いた聖獣からすれば、直ぐ側に自身を構築する餌がある。
それに引きずられやすい聖獣憑きが早死するわけだ。
両腕にかけられていた枷の意味を、今ようやく実感した。
「やり過ぎぬよう気をつけよう。」
「そりゃこっちの台詞だ、ばーか。何かあっても回復の魔道具は持ってきてる。骨くらいは覚悟しとけ。」
とは言え、この感覚は一時的なものだろう。
腕に憑いた聖獣が状況に慣れれば、再びゼルド氏に負担を強いる。
折り合いをつけられるかどうかは時間との戦いだ。
訓練相手は、はるか格上の六ツ葉冒険者。
手加減など愚かな行為でしかない。
初撃は左手の手斧を振り下ろすところから。
的確に頭部を狙い、遠慮も躊躇も一切しない。
「確かに速度は上がってんな。」
「む……!」
ぱぁん、と爆ぜる音と共にゼルド氏の腕が右側に弾かれる。
全く見えなかったが、太刀がいつの間にか抜刀されていた。
この時点で普通ならば死に体である。
「ぬうん!」
重しの消えたゼルド氏は、その不利を力技で抑え込む。
右側に弾かれた体を無理やりねじり、踏み込みながら右手の手斧を真横に薙ぐ。
盾を扱っている時以上の速度と膂力が空気を断ち切る。
既にフォクシ嬢はその場から消えていた。
「はっ! 力任せたぁ考えてねぇようで考えてんな、確かに真っ向からならオレよか重い!」
ごづ、と真下から突き上げる衝撃が襲いかかる。
全身が地面に付くほどに伏せてから、地を蹴って太刀を打ち上げ。
縦の動きには横から対応し、横の動きには縦で対応する。
打ち上げられた上半身は再び死に体、戦場では死が確定した瞬間だ。
「ふん!!」
それすら力任せにねじ伏せる。
弾かれた衝撃を強引に抑え込み、両腕で手斧を振り下ろした。
勝負として見るなら、互いの射程範囲で行うには悪手。
最早これは使い方の確認ではなく、玉砕覚悟の捨身行動だ。
「身勝手。」
「一人一殺なんて考えは数的によほどの優位性が無けりゃ成り立たねぇ。」
二人の評価は非常に手厳しい。
当然、六ツ葉に通じるはずもない。
体がぶつかりそうな距離でふわりと白銀の髪が舞うと同時の衝撃。
目の前が暗転して星が飛ぶ。
柄頭で思い切り顎を打ち、直接意識を刈り取れば力技はできなくなる。
「ぐう……、届かんか。」
「ほんっと頑丈だよな、お前。」
数歩後ろに下がっただけで意識を取り戻したらしい。
復帰の速さにフォクシ嬢が呆れた声をあげる。
とはいえ三手も合わせれば武器の強度は把握できた。
「足、肩、腕、胴。ちゃんと守れよ、痛ぇぞ。」
今度はカウントを挟まない。
宣言と同時、ぬるりと白刃が動く。
金属の塊を振り回しているとは思えぬ速度と柔軟性。
よく練られた技は最初の盾の時と同じ軌跡を描く。
見えなかったものが今度はよく見えた。
「なるほど、こういう、ことか!」
腕の枷が重ければ、どうしたって自分の内へ視線を向けてしまう。
それが軽くなり、外へと向ければ空気を、魔力を動きを読むことができた。
足は右手、肩と腕は左手、最後の胴は両手の手斧でなんとか間に合わせる。
「ん、平時からこれくらい動ければ気後れしないと思う。」
「やっと入り口に立てたってとこかね。」
フォクシ嬢は納刀を終えた上に手斧の射程圏外に移動している。
意識の隙間を縫うような移動は、相変わらず何時動いたのか解らない。
今までは相当手を抜いていたのだろう。
「む……?」
間を置き、周囲を見れるようになってふとゼルド氏は首を傾げた。
手斧を巡る大いなる魔力に、フォクシ嬢のものが混ざっている。
今まで聖獣が吸い上げるのは自身の体内魔力だけだとばかり思い込んでいた。
「フォクシの体内魔力らしいものが俺の方に――。」
つぶやいた瞬間、フォクシ嬢の目がきゅんと釣り上がった。
周囲の魔力が寄り添い、狐の尾の形でストックされる。
「拘束、壱式。」
怒気のこもった文言によって魔法が発動する。
ぎゅりんとゼルド氏の装備が変形し、余計なことを言わぬよう口を塞ぐ。
同時に手足も斧の化石樹が変形してがっちりと抑え込まれている。
「ぐ……!?」
両腕の聖獣がフォクシ嬢の体内魔力に反応して動きを増す。
魔法の行使にあたり、体内魔力が行うのは術式の作成と大いなる魔力の呼び水。
大いなる魔力である聖獣が関わると、魔法の効果は完全に発揮できない。
「続けて弐式、参式。」
故にそれを封じる。
文言と共に魔力の尾が消えた。
尾は呼び込む選別し、意志に沿うてくれる大いなる魔力の集合体だ。
不可視の鎖が篭手から手斧までを縛り上げ、ゼルド氏の負荷が一気に増した。
声も出せずにその場へ膝を付かされる。
「……意外。予想外の化け物がいた。」
六ツ葉ともなれば、武具の扱い以外にも長けている。
いつの間にかミリィ嬢は後ずさって臨戦態勢をとっていた。
殺意じみたものを滲ませたフォクシ嬢を前にした咄嗟の行動だ。
大いなる魔力を選別するために魅了するなど、人の技とは思えない。
「奥の手だってのに、二度も使わせやがって。」
聖獣憑きが死に瀕すれば、聖獣が餌場を生き残らせるために暴走を起こす。
大体の場合は餌場を補強するため、馴染みやすい他者の魔力を食らう。
聖獣と人では魔力の総量が違いすぎる。
それに食われるということは、自身の根幹を吸い付くされるということだ。
フォクシ嬢がベーラ領で吸い殺されなかったのはこの奥の手を使えたおかげだ。
憑いている聖獣の魔力を魅了し、最小限しか与えなかった。
「いいか、この馬鹿。その件に関してはそれ以上考えるな、思考すんな、考察すんな。手綱握ってるのがオレだからだ。」
言い聞かせるように告げるが、誰が聞いても事実ではないことは明らかだ。
何よりそれが事実であれば、わざわざ拘束したり、声に怒気を滲ませる必要はない。
案の定、臨戦態勢を取っていたミリィ嬢が呆れたように構えを解いた。
「無理がある。大方補充に食べられたんでしょ。油断大敵。」
「あーあー! 聞こえねえな!」
「……。」
有言実行、頭から突き出している狐耳がぺたりと伏せられた。
だが、うかつにも口元を袖口で拭っている。
流石に眼前でこんなやり取りがあれば、篭手を外した時に何が起こったのか解る。
一切行動はできないゼルド氏の視線がさまよい、申し訳無さそうに身を縮めた。
「考えるなつっただろうがぁ!!」
「八つ当たり。」
その様子を見て、相手の内心を読むことに長ける狐人が気づけぬはずもない。
訓練所内に六ツ葉冒険者の怒声と鈍い音が響き渡った。
拘束された体では衝撃を逃がすこともできず、まともに受ける。
奇しくも宣言通り、骨を数本叩き折る衝撃だった。
* * *
「戻りました、フォクシさん。……どれだけゼルドさんを追い込んだんですか。」
程なくしてギルド受付で依頼完了処理を行ったお嬢様達が訓練所に入ってきた。
流石に腰が抜けたままでは何を言われるかわからない。
帰ってくる前に何度も深呼吸して一段落つけている。
使っている訓練室を聞いて訪れたら、盾とともにゼルド氏が転がっていた。
「これはひどいね。」
一部始終を知らない二人が、揃って困った声を上げる。
回復魔道具でぐるぐる巻にされた上で、別途ミリィ嬢が回復魔法をかけていた。
通常の魔道具では時間がかかるような傷を負ったらしい。
拘束類の魔法は全て解除されているが、意識は失ったままだ。
一体どれほどきついの訓練を課したのか。
「あぁ? つーか、お前らも三ツ葉の当日依頼でどうやったらそんな血の臭い染み込ませられるんだよ。」
大変不機嫌そうに目を釣り上げながら、逆にフォクシ嬢が問うた。
三ツ葉の当日依頼と言えば、中型の魔獣の討伐が妥当なところだ。
間違っても全身に湿気と生臭さをへばり付かせるまで戦うような仕事ではない。
「ええと、討伐対象がまだら蛇の群れだったんです。」
一方お嬢様達もゼルド氏の負った怪我の説明を求めたい。
それとなく視線を向けるだけで姉弟子ならば察しているはずだ。
にもかかわらず、断固として話すつもりはないらしい。
会話はお嬢様達の仕事内容から脱線することは無かった。
「群れつっても、多くて七、八匹だろ。」
「牙を集めて数えてみたけど、四十はいたね。」
「合流した群れ相手なんざパーティー組んだ四ツ葉数日か、五ツ葉当日じゃねぇか!」
がつがつと訓練所の床を蹴りながらフォクシ嬢が叫ぶ。
姉弟子の発言は、ギルドの事前情報の不足を意味している。
情報のずさんさで無駄に組員を減らしてはギルドが成り立たなくなる。
叫びを聞いて、お嬢様は得心が言ったように手を打った。
「それで受付の方が引きつった表情をされていたのですね。報酬金額を上乗せしてくれたわけです。」
「あれって口止め料だったんだね。」
勝手に三ツ葉にされた二人は、三ツ葉の当日依頼の基準が解らない。
そのため、単純に開拓の妨げになる魔獣を多く倒したボーナスだと思っていた。
回復魔法を継続してかけながら、ミリィ嬢が呆れたように息を吐く。
「常識枠、一人しか居なかった。これは苦労する。」
「私達は冒険者活動の日が浅いんです! そもそも基準を知る前に階級を上げられてしまいましたから!」
「勝手な推薦受理といい、とりあえずギルドに文句つけに行ってやらぁ。」
昇級の推薦は、一部の同業者から見れば贔屓されたと思われる。
簡単に言えば舐められるのだ。
その辺りの苦情も含めて諌める場合、相当時間がかかる。
完治までに時間はかかるが、頑丈なゼルド氏ならば程なく意識を取り戻すだろう。
そうなれば回復しながら自分で歩いて宿に向かわせられる。
「ところでフォクシさん、ゼルドは何をやらかしたのかな。」
「ぐ。」
その矢先、相方から突っ込みが飛んだ。
求めた説明をせず、話題をそらそうとしているため、何かあったことは明白だ。
先んじて察したお嬢様が、相方のつま先を軽く踏んで目配せする。
あの二人の間で姉弟子が一番隠したいことは、ベーラ領で体内魔力を奪われた件だ。
実際耳を伏せてぷるぷるし始めた姉弟子は爆発一歩手前。
これ以上刺激するのはよくない。
「そう言えば、魔法貨物が届いた。オジョーサマにはベーラ領の現状報告書類。彼氏にはオジョーサマと同じ旅鞄。」
「それはありがたい。今の背負鞄も楽なんだけど、気持ち程度の冷却効果だと流石に限界がある。」
「よかった、これでルゼイアの小物もきちんと買い揃えられます。」
お母様の仕事っぷりを鑑みると、送ってくるのはむしろ遅いくらいだ。
ミリィ嬢から訓練所の死角に置いてあった鞄と、書類の入った袋を受け取る。
この一連の流れのおかげでフォクシ嬢の羞恥だか怒りだかの波は引きつつあった。
が、近づいたところでミリィ嬢が少しばかり顔をしかめる。
「……どれだけ二人でイチャついたの? お互いの匂いがすごい。」
猫人は耳と鼻が良い。
近づいたことでミリィ嬢は混ざりあう二人の匂いを嗅ぎ取った。
あれの本質は、互いの体内魔力を交わらせた一体感と充実感だ。
解いた今、密着具合は察知できない。
とは言え身を擦り付けるようなスキンシップも付随していた。
身体的な匂いもしっかり移っていたらしい。
魔力感知ならともかく、これは竜人の不得意分野。
染み付いた血の臭いで気づかなかった。
「こ、腰は抜けましたけど、キスだけですので許容範囲です!」
「エル、それ地雷!」
最初相方がしでかしたように、今度はお嬢様がやらかした。
慌てた相方に口を塞がれるが時既に遅し。
まさに今、フォクシ嬢が最も聞きたくない言葉だ。
「あーーーー!!」
姉弟子が頭を抱え、天井を仰ぎながら大声を上げる。
当たり散らそうにも、その対象の意識がない。
流石に死体蹴りをするわけにもいかなかった。
「あれは後から連れて帰る。二人はさっさと宿に戻って匂い落として。」
下手に二人がいると第二、第三の地雷を踏みかねない。
赤面こそ抑え込んだが、お嬢様はあうあうと手をばたつかせて釈明を試みる。
お嬢様の口を手で覆ったまま、さらなる墓穴を掘らせぬよう相方が撤退を始める。
「じゃ、後は頼んだよ。書類にも目を通させておくから。」
去っていく二人と後ろで頭を抱える六ツ葉冒険者、転がっている元傭兵。
どうしてこんな面倒なことをしなければならないのか。
ミリィ嬢は極大のため息をついた。
「……訂正。常識人は居なかった。」
夕食はトウモロコシを使った冷製クリームパスタ、フリットが並んだ。
言うまでもなく二人に対するご機嫌取りメニューである。




