表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第四章~ギミックだらけの遠征試合~
57/112

第14話 閑話『さいきょう』のポジション

2021/05/23大規模修正

 既に完成されているもの。

 未だ途上にあるもの。

 前者は後者に未来を望み、後者は前者に高い絶壁を見る。

 だからこそ努力し、挫折し、練磨し、前へ進もうとする。

 そういった様は大変素晴らしいもの。

 道半ばに倒れたとしても、本人が悔やんだとしても。

 わたしはその努力こそ評価したい。


「さあシルヴィ、次はどんな手で来るんだ? 殺すつもりでおいで、覚醒も黒狼も自由に使って――。」


「――しィ!!」


 相方の言葉途中、全身を漆黒の魔力で覆った完全覚醒の子が襲いかかる。

 徒手空拳、生かさず殺さずの家訓をかなぐり捨てた殺意の一撃。

 確かにそれはとても鋭く、とても重く、とても速い。


「おっ、少し成長してるかな?」


 的確に首を狙った貫手、わたしならば容易く受けてしまうでしょう。

 たかが魔法使いのひ弱な体は到底近接戦には向かないもの。

 だけど相手をしているのは魔法使いではなく王国全軍の頂点。

 避ける必要すらないと手首の動きだけで真横に叩いて対応。

 シルヴィさんの腕だけでなく体ごと吹き飛んで――、ああいけないわ。

 そちらは花壇があるのだもの、回路を作って魔力を通して、柔らかく受け止める。


「スフォル、飛ばす方向を考えなさいな。あの花壇はわたし達の愛娘のためのものよ。」


 現在わたし達は白亜の王宮から離れ、屋敷に戻ってきているわ。

 何かがあったからではなく、何もなかったから。

 わたし達は有事の際に使われる最大の切り札だもの。

 時間を持て余したついでに、あの子に関わりのある方を招待したわ。

 自分の腕を磨きたいシルヴィさんと、手札に甘んじてくれるグラウンド家。


「うわ……いまのあたしでも見えなかったんだけど……ミリィは?」


「……。」


 茶会に招かれたとあれば流石貴族への擬態はお見事。

 きちんとした令嬢然としたドレス姿だけれど、口調は本来のものね。

 その方が肩に力を入れられなくて助かるわ。

 側に控えている侍女さんは、顔を青ざめさせて無言のまま首を振っていたわ。


「うわ……。すまないフリグ、助かった。」


「まだ、まだ……!」


 ついでに砕けた腕も回復しておきました。

 闘争心に火がついたウォルフ自治区のお嬢さんは相方に向かっていく。

 腕の一本二本は構わない、最終的に首筋に牙を立てられれば己の勝ち。

 そう、狼としてその在り方は確かに大事。

 手足は爪であり牙、最早黒い暴風と化して穿つ、蹴る、殴る、砕く。


「そうそう、もっと動きから無駄を削ぐ。ああ、覚醒の練り上げが甘くなってきてるから気をつけるように。ほら、防御のほうが疎かになっている。」


 最もその全てを、今度は飛ばさぬよう加減して払ってしまうのだけれど。

 さて、あちらのお楽しみばかり気にしていても仕方ないわね。

 今回の茶会の目的は、わたし達があまり知ることの出来なかった愛娘を知ること。

 そして次に何を送れば喜んでもらえるか相談するため。

 こういうものはサプライズが一番なのよね。

 他の方はご自身の領土に戻られたり、試験の真っ最中。

 都合がつくのが彼女たちしか居なかった。

 想定通りではあるけれど。


「ともあれ、そういうわけなのよ。グラウンド家次期当主さん。」


「えっ、まだ何も言われてないよね!?」


 あら。

 茶会の目的を伝え忘れていたかしら。

 侍女さんの方へ目を向けると瞳孔を開かせ、尻尾を逆立たせてしまったわ。

 そこまで警戒しなくてもいいと思うのだけれど。


「奥様、意思の疎通は大切でございます。自己完結されても伝わりません。」


 セラから注意されてしまったわ。

 こほん、と改めて咳払い。

 スフォルったらもう少し力を抜くべきね。

 わたしが居なかったらシルヴィさんが命を落としているじゃない。

 骨と関節の復元、血管と神経の再接続、筋肉の再生、これで良いでしょう。

 あの子のお友達だと言うのに、ちゃんと気をつけなさいな。

 そうそう、お友達ということなら、きっとあの子の好みも把握しているはず。


「うわ……、何この回復術式の多さ。あたしたちの術式とは別の意味でおかしい。」


「エルへの次のプレゼントを考えているのだけれど――。」


「今度はいきなりなんですか!?」


「……奥様、中途半端です。」


 気が急いてしまったわ。

 あの子のことになるとどうしても思考が乱れてしまう。


「ええと、そうね。わたし達は学園でのエルのことをあまり知りません。」


 こういう時は最初から話すに限るわ。

 できるだけ思考も口に出さなければ伝わらないもの。

 竜人の絆というわけにはいかないのね。


「まあ……学園街は表向き閉ざされたことになっていますからね。他の貴族ならともかく、フォールンベルト家になると規則に囚われすぎますし。」


 聡い子は好ましいわ。

 そう、あの場所は初代国王(ゆうじん)の理念によって閉ざされている。

 だから私達は契約と制約に従って伺うことはできない。

 けれど、既に卒業した子たちにお話を聞くことくらいはできる。


「そうなの! セラにいろいろなあの子の写真を送って貰ったけれど、やっぱりそれだけじゃとても足りなくてね? あ、勿論何枚か素敵な映像が撮れていたのは流石万能のセラね? 折角だから、画像通信のできる魔道具を持っていってもらったのだけれど、あの子ったら遠慮して中々使ってくれないのよ。それでね、学園時代あの子が何か欲しがっていたものとかないかしら。あるいは欲しがりそうだな、と思うものでも構わないわ。そういうものを送ればきっと、あの子のことだもの。とても喜んでくれると思うの。やっぱり女の子の日は辛いだろうから、その魔道具と少し抑えるレシピを伝えてはあるし、あの子ったら自分で料理するようになっちゃって。思わず調理器具を贈っちゃったわ。帰ってきたらどんなものを作ってくれるのかしら? それで話は戻るのだけれど、あの子が学園で何か苦労していたこととか――。」


「早い、早いです!」


 あら、セラが手で顔を覆って空を見上げているわ。

 そんなに早口だったかしら、気をつけたのだけれど。

 そう言えば少し喉が乾いてしまっているわね、少し湿らせておきましょう。


「――あの子の役に立つような魔道具を贈りたいのです。」


「……やっと要領を得ました。エルさんが苦労していたものかあ……。」


 レオンさんが学園生活を思い返しているわ。

 たまに眉をしかめたりしているのは良い思い出ばかりではないからでしょう。

 あの場所はそういうところですものね。


「一度だけ、魔法科の講義を受けに行って結局魔法が使えない、ということで肩を落としていました。」


 それ以外では大抵のことをそつなくこなしていたよう。

 流石セラの事前教育の賜物ね、誇っていいと思うわ。

 けれど矢張りそこで引っかかってしまったのね。


「そうなると、欲しがるのなら文言魔法の疑似再現方法かしら。……スフォル、払うのではなくきちんと受けて上げなさい。」


 シルヴィさんの牙を、何度砕けば気が済むのでしょう。

 即時回復しているとは言え、それでも向かっていくシルヴィさんもシルヴィさんね。

 覚醒って怖いわ、時に自分の状態を忘れてしまうほどの力技なのだもの。

 あの子に伝えるのは早かったのではないかしら。

 何かあればきっとカイゼルが体を張ってでも止めてくれるでしょうけど。

 でも、カイゼルもわたし達にとっては息子のようなもの。

 傷つかずに済むならそれに越したことはないわ。


「流石に受けるとなると、俺でもちょっと痛いからなあ……。仕方ない、少しだけ固めるか。」


 ごぎゅ、と途端に鈍い音、今度は固めすぎね。

 シルヴィさんの砕けた指の再生術式に切り替えなきゃ。

 全く彼女は彼女でどれだけ力と速度を乗せているのかしら、とても見えない。

 奇跡の代償、停滞は世界との四則演算が上手く出来ていないから生まれるもの。

 わたしが直接操る魔法なら生じることもありません。

 度重なる負傷に脂汗を流し始めている。

 そろそろ彼女もこちらの会話に参加してほしいのだけれど。


「あの子の固定魔法は、世界との約束事なのよねえ。わたし達よりもずっと規模が大きい相手よ。」


「奥様、ミリィさんが卒倒しそうです。」


 グラウンド家の侍女さんが目を回し始めたわ。

 どうすべきか見ていたら、レオンさんが裏拳で横っ面を引っ叩いたわ。

 叩き続ければいつかは直る、直らなければそれまで、だったかしら?


「姐御、なに、あれ。ほんとうに人?」


「戻ってこれたね泣き虫ミリィ。あれは規格外だから見なくてよろしい。」


 普通なら引くような光景だもの。

 中庭全域に確殺の意識を向けて、自分の四肢がもげようと食らいつこうとする執念。

 それを一歩も動かず、片手で全て受け止める体力お化け。

 フェルベラント王国での二つ名は『最強』。

 真正面から砕けるものなんて思いつかない。

 わたしでもちょっと見ていたくない光景だもの。

 回復がなければ、もう五、六回は手足がもげているわ。


「奥様。奥様が無詠唱で編む回復魔法の規模も常識外であることをお忘れなく。」


 セラの方は慣れたものね。

 ああ、そういえばそうだったわ。

 わたしの扱う魔法は、今この世界に出回っている全ての原点。

 文言魔法でもなく刻印魔法でもない。

 魔の法則に則った現象としての魔法だもの。

 常識から外れていると断じられても仕方がなかったわ。


「……そうなると、魔道具をモデルに組み上げた方が良さそうねえ。」


 スフォル達には強めの認識阻害をかけておきました。

 こうすればミリィさんも多少は――、あら警戒度が上がったわ。

 見ていて怖かったのは魔法の方だったのかしら。

 では術式にも認識阻害を付与しておきましょう。


「そう言えば、あたしの心が折れてる時に披露された魔力停止の魔道具、あれなんなんです?」


「そんなものもあったわね……。あれはね、内緒話をする時の道具の副産物よ。」


 開けた場所であれ閉じられた場所であれ、わたしには関係がないもの。

 だから聞かれたくない話をするためには、世界から断絶された空間が必要になる。

 ただあのままでは欠陥だらけ。

 何せ停滞後の修復は自然に任せっぱなしなのだもの。


「懸念していることは解るわ。魔物が生み出されるということでしょう? ええ、その懸念はその通り。」


「じゃあ、あの時生まれた墓荒らし(グレイヴン)はやっぱり……?」


 ぎし、とレオンさんの拳が握られたわ。

 顔は平静を装っているけれど、お友達を亡くしてしまったのだものね。

 そういう意味ではわたしも怒り心頭なのだけれど、残念ながら動けないの。


「グリース家の子がおいたをしたの。退学処理で終わらせてしまったのがとても……とても、とても、とても、とてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとてもとても残念。」


 あらいけない、思いの外低い声になってしまった。

 セラが固まってしまったわ。

 シルヴィさんも覚醒が霧散してしまっている。

 眼前のレオンさんとミリィさんに至っては歯の根が合っていない。

 ごづっと目の前に火花が散った。


「溜め込むのは悪い癖だぞ、フリグ。」


 頭に拳を落とすついでに広がったわたしの翼をスフォルの翼が抑え込んでくれる。

 全くもう、普段は何も考えていないくせに。

 こういうときだけ上手く立ち回るのだから。

 冷え込んでいた空気が動き始め、皆息ができるようになったわ。

 『最恐』、不本意ながらわたしの二つ名はあまり間違っていません。


「ごめんなさいね? あなた達をどうにかしようと思ったわけでは決してないの。」


「……感情の余波だけでこれって、どうなのー。」


「レオン様、本日はまだマシ(・・)です。」


「姐御、あたし帰っていい? 帰らせて?」


「……ほら、お茶菓子持っていっていいから、少し向こうで休んでおいで。」


「あいあい……。」


 そんな怖いものを見るような目で見ないで。

 国に害を及ぼさない限り、あなた達は身分によって守られるのだから。

 わたしの相方がこちらに来たことで、シルヴィさんも会話に参加できるわ。


「人為的な停滞だなんて、おかしいのは団長二名だけではなかったのですわね?」


 手厳しいわ。

 けれど先程の事があるもの、言い返せません。

 セラが新しく席を用意して、お茶を準備してくれた。

 もっとお茶菓子に手を伸ばしてくれていいのだけれど。


「心外だけれど、確かにそうねえ。人が停滞を、奇跡として願ってしまった事が一番の問題。」


 思いや願いは魔力によって奇跡となる。

 それもいきすぎれば計算ミスが起こるもの。

 その結果生まれてしまうのが空白、停滞と呼ばれる概念。

 世界に空いた虚無は、生み出した要因を強く憎む。

 それなら最初からそれが望まれてしまったとすれば?

 憎しみの質が変わってしまう。


「その結果、小さな箱一つで魔災を起こせるようになってしまった。自然に生まれる魔物よりはるかに強い個体が生まれてしまった。」


「奇跡として生み出された停滞と、その代償として生まれる停滞が重なった?」


「その通り。彼らもそれには気づいて居るのでしょうね。だから連邦国に行わせているわ。大きな停滞には、世界の自浄作用が働くもの。それはとても強大で手軽な兵力増強手段よ。」


 本当、滅茶苦茶なことを考えるもの。

 強引に世界へしわ寄せを行わせるだなんて。

 わたし達も相当常識から離れているけれど、彼らの発想は狂人のものね。

 魔力も停滞も、この世界が生み出す法則だというのに。


「使い方はまだ下手ね。きちんと計算できていないわ……という事で、お手本を見せましょう。こちらにグラウンド家現当主二名に頼んで、持ってきてもらったエルとカイゼルの髪があるわ。」


「……何やってんのうちの両親!?」


「いやー、流石大怪盗に大盗賊。きちんと盗ってきてくれたんだな。」


「体の一部には、少しの間残留する体内魔力があるの。これを利用して作る魔道具は――。」


 説明を始めようとした所で、セラが全員にお茶を入れ直してくれた。

 相変わらず準備が良くて助かるわ。

 お茶菓子の追加もしてくれた、一部包んでいるのはお土産用ね?


「奥様。理論を告げられた所でわたくし共には理解できませんので、ここからは歓談の時間にいたしましょう。交友を深めることも必要なはずです。」


「あら。」


 出鼻をくじかれてしまったわ、流石『万能』。

 でも確かに、物質に概念を接続する方法なんて中々考えつかないもの。

 一度エルに宿題として出してみようかしら。

 ヒントも多いし、あの子なら半日もあれば解けるでしょう。

 大切なのは二人の要素を織り交ぜること。

 竜人は二人揃って一人前だもの。

 片方だけの素材を使った魔道具ではどれだけ極めても中途半端。

 ……という講義を行いたかったのだけれど、また機会を探しましょう。

 レオンさんには答えに辿り着いた辺りで届くようにお願いしなくちゃ。

第四章の基本改稿はここまでとなります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ