第13話 解答インスピレーション
2021/05/21大規模修正
お嬢様が思い至った手順はこうだ。
最終目標は魔道具を用いた任意魔法の行使。
まず固定魔法の発動。
これは世界との約束事から外せない。
次に覚醒の発動。
体内魔力の圧縮の際、急速な負荷により無駄な魔力が放出される。
そこを狙い、変質した魔力を吸い上げる魔道具を起動する。
ここで重要になるのが停滞だ。
微量であれ、空白があれば魔力は種類を問わず流れ込む。
その特性で吸い上げた魔力を、同じく停滞によって外の世界から切り離す。
内部の操作権を魔獣使いの原理で掌握。
封じ込まれた過剰魔力の一部を使って必要な回路を生成。
最後に内部で作り上げた回路を魔道具の出力部分へ接続。
黄金一色に編み上げられた経路に沿って残りの魔力を流す。
内部の回路を物質で組む必要も、制御の術式を考える必要も無かった。
固定魔法から取りこぼした魔力を再利用するだけでいい。
基本的に体内魔力同士は干渉せず、お嬢様の固定魔法でも吸い上げることはない。
最外殻とスイッチを冒険者証の理論で埋めれば、停滞の危険を負うのは自分のみ。
「――という方法です!」
お嬢様の熱弁だが、残念ながらそれを理解できるのは相方だけだ。
また、その相方も何とも言えない表情を浮かべている。
端的に表現するならば、物質に概念をくっつける、と言っているのだから。
「妹弟子が何言ってるのかわからん。つーか馬鹿か、馬鹿なんだな親子揃って!」
フォクシ嬢の理解は半分と言った所だろう。
魔道具に停滞を組み込むなど、危険物にも程がある。
ピンが抜けた手榴弾を持ち歩くようなものだ。
爆発の危険は、外側から力技で抑えつける。
まともな考え方ではない。
「学のない俺にはさっぱりだ……。」
ゼルド氏は物心ついたあたりから冒険者家業に入り、傭兵となった。
魔法はなんとなく使えるが、根本的な原理は学んでいない。
「で、ですから!」
どうやって噛み砕いて説明するべきか。
道中まとまった思考を早口でまくし立てた結果がこれである。
思考に没頭しすぎていたせいで、何体か魔獣討伐を任せきってしまった。
「エル、その理論はとりあえずフリグさんに伝えよう。宿題の答えなんだから。」
ぽん、と強く肩を叩かれ、目線を合わせて強く言われてしまった。
楽しそうにまくしたてていたが、固定魔法といい正気の沙汰ではない。
大いなる魔力を膨大な体内魔力へ変換し、急速圧縮できるからこそ行える荒業。
現状お嬢様以外には扱えない体系としか言いようがない。
だから理論を聞いても理解できるはずがない。
「たまに妹弟子が狂人に見えるんだよな、っとゼルド、右方向。」
「心得た。」
ついと魔力の手綱を操るようにフォクシ嬢が指示を出す。
即時盾で風の刃を封じ込めるゼルド氏の動きは、初めて見た時と随分違う。
おそらくあの時は大剣使いの男が手綱を握っていたのだろう。
現在彼の魔力の操作権限はフォクシ嬢の手の内だ。
最適なタイミングで的確な魔力量を行使させ、身体強化を行わせている。
「……動きやすさがまるで違う。」
ベーラ領内は相変わらず魔獣が多い。
だが、お嬢様が思考に没頭していたお陰でフォクシ嬢は範囲魔法の行使ができる。
加えてゼルド氏を守りに特化させれば、随分余裕が生まれた。
何より大型保冷箱の恩恵が大きい、冷えたタオルが大変ありがたい。
流石にその借りを作りっぱなしは性に合わないらしい。
出立前にフォクシ嬢によって伸びっぱなしの髪や髭が整えられている。
汚れは目立つが、存外顔立ちは精悍なほうだ。
「前の操り手が下手くそだったんだろ。オレだってまともに魔獣使いの技を身に着けてるわけじゃねーぞ。」
お袋でもあるまいし、とこっそり付け加えていた。
セラの万能具合が恐ろしい。
練度が高くないと言いながら、操るフォクシ嬢も大概だ。
「……そこはかとなく私、無視されてません?」
宿題をわずか半日であらかたこなせて満足しているというのに。
誰もその評価をしてくれない。
思わず不満顔にもなる。
なお誰も反応を返してくれなかった、肯定ということらしい。
「むむ。」
「僕はきちんと聞いていたから。」
仕方ないので相方に頭をぐりぐりして憂さを晴らしておく。
撫でてもらえたのでひとまず満足だ。
フォクシ嬢から余計に呆れた視線が向けられた。
甘えるくらいは大目に見て欲しい。
「目的地はベイル村だったか。半日もあれば着くとは思っていたのだが……。」
「魔獣の群れがなければ、着いていただろうね。」
相方が伸ばした剣を一振り、咆哮熊が蒸発する。
なお片腕はお嬢様のお腹あたりに回したたままだ。
向けられる呆れた視線も気にしていない。
絆のお陰で歩調にズレが全くないので行軍速度は変わらない。
魔道具を収めてから、またお嬢様の金髪を整えるよう撫でに戻る。
「それに、だんだん質が悪くなってきている。」
「……そうなんだよなあ。」
見知った魔獣からそれ以外まで。
極稀に小規模の魔物まで現れ始めた。
おそらく魔獣たちは魔物から逃げていたのだろう。
ここまでくれば嫌な予感しかしない。
魔力停滞の魔道具の実験でもしているのだろうか。
「魔災起こすつもりはないって聞いてたが、こんなもんもう魔災規模じゃねえか。魔獣の暴走だぜ?」
何も魔物の大量発生による魔力停滞だけが魔災ではない。
こうして膨大な量の魔獣が暴れれば、あちこちに停滞が生み出される。
獣達は配分など考えずに魔法を行使するからだ。
本当にベイル村が存在しているのかどうか怪しい。
状況的に見れば既に潰れていると考えるべきだ。
ならば何故、そこに追い込もうとしたのか。
惨状を前にすれば、余計に国境超えを決意することが想像できるだろう。
「一体私に何を見せたがっているのでしょうね、彼ら。」
意図が掴めず、お嬢様は眉を寄せた。
少なくとも見て楽しいものでは無いだろう。
だからこそ先んじて乗り込み、目論見を粉々にする。
「本当に学園時代から――。」
黄金が考察から行動へ移った。
名残惜しいが相方から体を離し、意識が戦士へ切り替わる。
ひぅん、と手槍が振り下ろされ、首蹴り兎を叩き潰す。
首目掛けて群がってきたところで身を屈め、石突きを振り回して弾き飛ばす。
思考にふけっていた分働かねばなるまい。
魔力の逆探知を行えば大まかな位置と種族はつかめる。
「ろくなことをしません!」
咆哮熊の豪腕をブーツの底で蹴り飛ばす。
軸足の踵で大地を蹴り、力の伝搬。
相変わらず華奢な外観を裏切る重さに怯んだ隙に穂先が額を貫いた。
「思い切り動くのは構わねーが、熱で倒れないようにしろよー。」
「何枚か追加でタオルを冷やしておこう。」
姉弟子の注意とゼルド氏の呟き。
当然ペース配分は考えている。
飛来してきた風の刃を自身の体内魔力に飲み込み、バックステップで合流。
入れ違いに前にでた相方が物質化させた刀身を射出し、影潜みを撃破。
「地下でもないのにまあ、よく出てきたものだね。」
改めて作り上げた黒銀の刀身が影狩りへ突き立てられる。
それを起点にパレットナイフが魔力を流し込む道を作り、停滞が消滅。
左手へスイッチし、即座に首殺しを切り捨てる。
首蹴り兎の魔物版だ、当然これも数が居る。
右手へスイッチして切り払い、左手へ移して薙ぎ払う。
刀身が触れる瞬間、魔力へ擬態したパレットナイフが突き刺さる。
より大きな停滞によって世界の自浄作用を利用する。
真っ向からやり合うよりも魔物相手にはこれが効く。
「……対魔物に秀でているのが、同じ魔物の魔王っていうのも随分皮肉だね。」
世界に対する憎まれ口。
けれど憎悪には染まらない、次染まったらお嬢様をどれだけ悲しませてしまうことか。
魔王と口にすれど相方は相方で有り続ける。
「話としては聞いたが……実際に見てみなければ信じられん事が多い。」
魔獣から魔物まで苦もなく一蹴。
ゼルド氏には魔王の立場も告げてある。
魔王がその気になれば世界を変えて記憶の操作が可能だ。
ならば事前にある程度知っている状態で動いてもらうほうがいい。
新聞で面白おかしく囃し立てられていることを事実と認めるのが癪ではある。
お嬢様は決して魔性などではない、ただちょっとズレているだけだ。
「正直オレも、たまに現実を疑いたくなる。つってもぶっ飛んだ考えをするお嬢様の同格なら、これくらいじゃねぇと釣り合わないか。」
「魔法が使えれば便利じゃないですか! ずっとフォクシさん頼りで居るわけにはいきませんし!」
細々としたところは魔道具で事足りることは確かだ。
だが荒事の世界となれば、手札は多く持っておいたほうがいい。
固定魔法も覚醒も、火力の幅が酷すぎる。
アリ一匹を倒すのに大砲を持ち出すようなもの。
過ぎたるは及ばざるが如し、さじ加減が難しい。
あと切実な問題として回復魔法をきちんと作用させたい。
魔道具である程度の補助はできるが、傷の治りが遅いのはかなり辛い。
「そりゃそうだが、物質に概念をくっつけるとか考えつかねえぞ?」
そうは言うが、相方の魔道具や万能調理器魔道具は魔力の物質化を行っている。
ゼルド氏の扱う蔓魔法だってそうだ。
その他氷や炎、雷、天候を操る呪文だって存在する。
つまり魔力が物質的な作用を起こせても何ら不思議ではないはずだ。
「ですからそれは魔道具からの逆算を行うことで――。」
「いや、フォクシはまだエルシィ殿とルゼイア殿から離れたく――。」
ゼルド氏の言葉が途切れた。
ごとりとその場で崩れ落ちる。
下手人はフォクシ嬢、凶器は鞘に修めたままの太刀だ。
ほぼ無音で意識を奪っている、首蹴り兎より怖い。
そういえば、姉弟子は妹と弟にご執心だった。
「なんでオレだけ呼び捨てなんだよこの野郎!」
怒り顔で怒鳴りつけるものの、言葉途中で刈った理由は絶対違う。
そもそも意識を失ったゼルド氏に文句は届かない。
彼が言いたかったことは伝わってしまった。
だから何も考えない、狐人はある程度心を読んでくる。
「ところでフォクシさん、ゼルドの意識飛ばしたら誰かが運ばなきゃいけないんだけど。」
ただし生じた問題に対する言及は必要だ。
蒸し暑い中、青年一人担いで行くのは重労働。
しかし保冷箱の持ち主は彼だ、放置していくのも寝覚めが悪い。
魔力の手綱はフォクシ嬢が握っているため、箱への魔力供給が途切れることはない。
「……責任持ってオレが運ぶ。」
絞り出すような声だった。
自身の行動には責任を負う、冒険者の鉄則だ。
魔獣や魔物がいちいち待っていてくれることはない。
意識を取り戻すまでの間、殲滅担当はお嬢様と相方ということだ。
仕方なさげに相方は空帝竜の分見を生み出し、斥候代わりに。
お嬢様は覚醒を行わず、固定魔法を広げることで魔獣の扱う魔法に対応。
「礼節は大切です。この面子のリーダーはフォクシさんですから。」
お嬢様からフォローを入れておく。
大体ここまで来るのに散々迷惑と苦労をかけてきたのだ。
相方共々この程度のことで姉弟子を攻めるつもりはない。
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