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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第四章~ギミックだらけの遠征試合~
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第6話 閑話物情騒然リセット

2021/05/09追加

 ヴィオニカ連邦国が開発した魔力を停滞させる魔道具。

 その理法方法は、何も魔物を生み出すだけではない。

 魔力の動きを遮断すれば、内側の循環は世界から切り取られる。

 遮断された空間は、世界であって世界から独立した空間だ。


「では、あの娘は東方角に逃げていた、と。」


 とは言え目立つような場所で使おうものなら即座に宮廷魔法団長が嗅ぎつける。

 おまけに魔力を止めることはできても、音を途切れさせることはできない。

 大いなる魔力が少ない中、下手に魔法を使えば自分たちの身が危険に曝される。

 故に会合場所は閉鎖された地下深く。

 ここならば少しの間停滞が生み出されていてもよくあることだ。

 急遽集められたため、人数は少なく七名程度。

 だがいずれも王宮務めの高官だ。

 中には王室の者や宰相の関係者まで含まれる。


「ヴィオニカ連邦国の方角に逃げるとは、随分と考えが浅い。」


「所詮大事に籠に匿われていた小鳥よ。周囲が優れていたとしても本人がそうとは限らんということさ。」


 学園街で起こされた騒動。

 それを思えばヴィオニカ連邦国が墓荒らし(グレイヴン)と繋がっている可能性があるだろう。

 頭脳明晰と聞いていたが、逃げる方向に選ぶのは悪手と言わざるをえない。

 身分剥奪することで羽を折り、手元に置いて愛でてやろうと思っていた仲間は多い。

 まさか逃げ出すとは思わなかった。

 彼ら自身の手によって縁を切らせた後だ、フォールンベルト家に苦情は送れない。

 争奪戦は水面下で各々行われていた。

 現在は一番に手に入れた者が所有権を得ることで一致している。

 手に入れる手段は横から奪うことも想定内、利害の一致はあれど信頼関係は絶無。


「あの厄介な固定魔法も、この魔道具があれば随分と軽減できるだろうよ。」


「騎士科で好成績な事はある。腕の立つ傭兵を雇わねばならん、金がかかる。」


「なに、見返りは充分だろう? あの身体が手に入るのだから。」


「所有権を得るまでは、あれは皆の愛玩動物だ、忘れるな。」


 共通認識として、無傷で捕らえることが厳命されている。

 腕の一本、指の先でも欠けようものなら造形物は価値を失う。

 一方でそういうことに興奮を覚える仲間が居ることもまた事実。

 ゆえに牽制は強めに行われる。

 そういった事を行うならば、所有権を得てからだ。

 幸いにもこの場にそういった嗜好の持ち主は居なかった。

 ――少なくとも表面上は。


「竜人如きが寵愛を受けられるというのに、何故逃げるのかがわからん。」


「なに、今少し頭が働けばあちらから頭を垂れて願い出てくるだろう。」


 彼ら純人はあらゆる可能性を内包する。

 然るべき努力をすれば多種の優位性を覆すことができる。

 つまり能力面で勝っているということだ。

 弱いものは強いものに従うのがこの世の摂理。

 多種族など努力が実を結ぶまでの間、穴を埋めるための劣等種に過ぎない。


「東にはあと一組、斥候が向かっていただろう?」


 懸念材料が上がる。

 発見報告を飛ばしてきたのは買収した者だ。

 無理な報告を飛ばしてきたせいで足がつきかけた。

 報酬を払うつもりはない。

 彼らは捕獲に失敗し、連絡の隠匿に無闇に手を使わせた。

 命が無くなれば金の使いみちも無くなる。

 ならば有意義に使えるものが持っておくべきだ。

 だがもう一組は違う。

 そちらは薄く展開させた仲間のうちの一角。

 捕縛に成功すれば所有権争いは彼らが王手をかける。


「連れ帰る途中に事故がない(・・・・・)とも限らんだろう。」


 仲間内とはいえ、所詮斥候を押し付けられる程度の末席。

 念の為少数編成させてある、横から奪うことは容易い。

 最終的にどこの家紋が焼入れされるか。

 大切なのはその一点のみ。


「失敗すれば我らにも好機が回ってくる、他の方角に手を伸ばしたものには悪いが。」


 言葉には少しも悪びれた様子はない。

 むしろ見当違いな方向を探していることを嘲る節まである。

 儚く華奢な肢体、甘く高く響く透明な声。

 組み敷いて蕩かせればどんな有様に変わってくれるだろう。

 竜人は寿命が非常に長い。

 成体から千年、二千年は姿がほとんど変わらない。

 子々孫々と長くに渡って楽しめる玩具になってくれることだろう。

 あるいは孕ませた子が外観を継いでいれば、それを仲間にわけてやっても良い。


「竜の尾を踏まぬ程度にせねばならんな。」


 最も警戒すべきは雛竜ではなく親の竜だ。

 契約と制約により、国そのものに牙を立てられない。

 彼らの身は身分によって守られている。

 仮に誰かしらの手を借りたとしても妨害止まり。

 初代国王は実に上手く彼らを縛り付けてくれた。

 国と民を守るために友へ託した思いは、既にねじ曲がっている。


「手元にあの娘さえ置いておけば首を抑えられる。全く理想的な愛玩具ではないか。」


「では、他の方角に散っているものへの連絡は――。」


「彼らにも苦労があるだろう? 疲れが取れた頃合いにでも伝えれば良い。」


 情報共有をしている七人で競争だ。

 手を使い、金を使い、人を使い、誰が早く花を手折るかというゲーム。

 国境外に逃げられてしまえば、他の者にも追いつかれてしまう。


「まずは国境の封鎖、それに追撃部隊の編成か。」


「超えるためにはあの橋を渡らねばならんからな、どうにでもなる。」


 王国と連邦国をつなぐ陸路は基本的に一つ。

 峡谷をまたぐ巨大な橋だけだ。

 底に降りて移動するような暴挙は、どれだけ体力があったとしても避けるだろう。


「魔性、淫艶、傾国、さて次はどの様な危険人物像を付け加えるか。」


 悪評を広めておけば、彼女に力を貸すものは少なくなる。

 現時点で二人、冒険者と共に移動しているようだが使える手は足りないはずだ。

 相方の竜を連れていないのは、学園で行われたように人質に取られぬ対策か。

 それもまた彼らには好機と映る。

 何せ竜人は相方と揃うことで初めて一人前。

 一人ではどれだけ極めようが半人前止まりだ。

 それを従者二人で補った所でどうしても無理が出てくる。

 突くべき隙はそこにある。


「印象づけも良いが、注意しておいた方が良いのではないか? 薄汚い木っ端とはいえ、知らせには想定以上の脅威とあったが。」


「捕虜狩りをして奴隷に落とされた者の言葉など、半分程度と思えばいい。解放してやった大恩も忘れた無能共だ。」


「――いや、そうだな。念の為、連邦国からも手を出させるか。試したがっていただろう?」


「成程。それで亡命先が危険と判れば更に国内で手間取らせ、時間が稼げるな。」


 くつ、と誰かが喉を慣らして笑う。

 優位性は彼らにある、あとはじわじわと狩りを愉しめばいい。

 連邦国側から国境越えをさせることになるが、幸い近くの領主は彼らの仲間。

 あちらとしても実験結果を確かめたがっていた。

 仮に逃げた娘を守る者が腕利きならば、良い検証ができることだろう。

 無論雛には決して手を出さぬよう調整させておかねばならない。

 連邦国は竜人の娘に執着を見せていないが、目にすれば考えを変える可能性がある。

 何せ多少の欠損は良しとしていた自分達の方針を変えさせたのだ。


「国内で奴隷にしてしまえば、他国に向かわれようが身柄を要求できる。」


「そうなれば何処へ行かれたとしても問題はない。」


 犯罪奴隷制度は王国にも存在する。

 罪人が罪を償うために様々な拘束術で束縛されながら、その身で贖う刑罰だ。

 大抵は肉体労働に従事させられる。

 今回獲物を発見した捕虜狩りの三人組もその一種。

 賠償金や刑期満了による解放はある。

 それでも奴隷に落とされた際の焼印は消えることがない。

 当然見目麗しい娘ならば労働内容も変わってくる。


「では、この情報を以ってどう動くかはいつも通り各々に任せよう。斥候が仮に見つけたとしても失敗するという筋書きで。」


「楽しくなりそうだ。王の横で偉そうに立っている雑種共に本当の地位を教えてやらねばならん。」


「ああ、良い王に恵まれた。劣等種共の言葉を聞かず、我らの言葉にのみ耳を傾けてくれるのだから。」


 甘く益のある話こそ耳に優しい。

 下手な諫言などしようものなら忌避感を抱かれる。

 それとなく不信感を零し、噂を耳に入れる。

 それとなく届く情報を偏らせ、信じる材料を絞る。

 信じたいものだけを信じるのは人の性、利用することなど造作もない。


「獲物については伏せたままにしておいて正解だったな。王まで争奪戦に入ってこられては我々には手が出せん。」


「全く。人を惑わすことに特化した見目に声、仕草。魔性とはあれのことよ。」


「立場を思い出させ、鎖で繋いでおかねばなるまい。ローズベルトの所のを一緒に並べるのも良さそうだ。」


 思考はそこから先に進まない。

 お嬢様を手に入れ、屈服できたとして。

 その先どのように純人が前に立ち、国を導いていくのか明確な考えを持っていない。

 大切なのは自らの欲望を満たすために人を騙し、利用し、あるいは殺すこと。

 短命な純人ならばこそ、刹那の欲望に支配される。

 後のことは後の者に押し付け、自らの代が栄えればそれでいい。

 その先に待つのは国の崩壊だが、不自然なほど誰も結末を考えなかった。


墓荒らし(われわれ)の求める宝は間もなく手に入る。詰めに入ればあの親竜を警戒することもない。」


 会合は唐突に終わりを迎える。

 魔道具の効果がそろそろ切れるのだ。

 遮蔽が途切れれば、親竜の片方に気付かれる。

 誰からともなく閉鎖空間の中から姿を消していく。

 わずかな時間の間に、その場所からあらゆる痕跡が残されない。

 どれだけ広い目を持っていたとしても、世界から断絶されていては覗き込めない。

 集まった七人以外にも、他の場所で似たような話し合いは行われている。

 意思の統一がされているわけでもないのに、不自然なほど彼らの動きは噛み合う。

 わずか一人で全てを把握しきるには、この呪いは広く広がりすぎていた。


 * * *


 魔法貨物(シェイプレター)は大変便利な魔道具だ。

 何せ陸路では障害物や襲撃等の恐れがある。

 一方目的地まで昼夜問わず真っ直ぐ飛ぶだけである。

 連絡の伝達速度が違う。

 王都から国境まで、陸路の場合諸々を加味して一ヶ月ほどかかる。

 魔法貨物ならばアンカーさえ打ってあれば、四日もあれば届く。

 辺境領主の屋敷には、王都から連絡をうけるためのアンカーが打ち込まれる。

 宮廷魔法団長が作り出した魔道具だが、利用できるものは利用する。


「――さてと、まあ普通はすぐに届くんだけどね。」


 場所はクリムゾンクレイ、冒険者ギルド支部の屋根上。

 獅人にしては大変小柄な少年の手には魔法貨物が握られていた。

 移動の妨害されると、警告信号が送られることはあまり知られていない。

 彼らはそんなヘマをしない、きちんと正常にこの魔道貨物は移動中だ。

 進む経路を円状につなぎ合わせ、延々と同じ場所でループさせている。


「可愛い娘のためにっていう考えはまあ、僕も解らなくはない。」


 学園街でジェイムスと名乗った獅人の少年。

 唐突に輪郭が膨れ上がり、一般的な獅人男性の姿に変わる。

 それは足元の支部でお嬢様のフードを取った男のものだ。

 服もそれに応じて変わっている。


「レオンも随分甘ちゃんだからねえ。でもきちんと教えは守ってる。弟がほしいんだってさ、ア・ナ・タ。」


 大柄な姿に変わった男性の横に、いつの間にか立っている獅人の冒険者女性。

 こちらは相方へからかうような言葉を向けた者だ。

 はっ、と男性が楽しそうに息を漏らす。

 姿が変われば声質も話し方も変化する。


「妹はあのお嬢ちゃんで堪能できたってか。それじゃ今晩にでも仕込むか?」


「欲しくないとは言わないけど、その前にお仕事、案外すんなり終わっちゃったわぁ。」


 屋根の上で談笑を始める二人の姿は、これが本来の姿というわけでもない。

 グラウンド一味、表の世界でも裏の世界でも無名であった。

 だがひと世代前に世間を騒がせた怪盗と、盗賊の名は今でもたまに話に上がる。

 グラウンド一味とはその二人が手を組み、作った一味(ファミリー)

 事実を知るものは、身内以外に居ないはずだった。


「残念。さて、どうせ記したのは国境検問だろ、読まなくても解る。こっちは遅延で良さそうだな。」


「それじゃ、あたしは首輪つけてくれたあの化け物サマにプレゼントを贈るわ。若い子の髪って良いわよねえ、艶が違うのよ。」


「おいおい、君の髪だって綺麗だろうに。この金にだって負けていないだろ。」


「アナタのそういう所、あたし好きよ。」


 女性のほうは銀の糸を、男性の方は金の糸を一本ずつ手にしていた。

 冒険者の真似事や、貴族の真似事はつまらなくていけない。

 仕事を押し付けてくるなら盗むものでなければ。

 場を面白くするものならばなおのこと、レオンの父は歓迎する。

 一方彼の妻は奪うものの難易度が高ければ高いほど楽しむ傾向にある。

 なので担当は男性がお嬢様の髪、女性が魔王の髪を盗むことにした。

 二本の髪を封筒に入れ、複雑怪奇な魔法貨物(シェイプレター)をその場で組み上げる。

 あちこちが抜けていて、複雑怪奇な癖に何故か成立する奇跡。

 アンカーの必要はない。

 体内魔力を術式に刷り込ませ、帰巣本能の再現を行う。

 念の為受け取り場所は侍女長宛てだ、彼女なら確実に受け取れる。


「さあて、それじゃあうちのやんちゃ娘の数少ない友達のためだ、あといくつか盗んで、面白いように盤面に散らそうかね!」


「東だけじゃ飽きが来るわぁ、どうせならもう全方位盗っちゃいましょう。」


「ああ、墓みたいな暗い場所で踊るのは性にゃ合わねえが――。」


「盗む奪うはあたし達の世界、せいぜい化け物サマに楽しんでもらいましょう。」


 彼らの動きをある程度把握している唯一の観客は宮廷魔法団長。

 本来もっと目立ち、もっと奇抜に、もっと多くを盗むのが流儀。

 とはいえ舞台が小さければ仕方ない。

 広さに応じた役回りというものがある。

 舞台の上へ姿を晒したのは演出の一つ。

 二人の影は、再び袖幕へと身を隠す。

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