第7話 追加参入エンドレス
2021/05/11大規模修正
大きな動きがあるのは何かを始めた初日ばかり。
その後三日の移動の中で、これと言った事件は起こらなかった。
定期的に飛んでくる滅茶苦茶な術式の魔法貨物で逐次報告は受け取っている。
お嬢様たちが逃げている方向、及び逃げ込もうとしている国は知られた。
その連絡が国境に届くまで、いま暫く時間を稼げるらしい。
彼らは他の仲間たちに悟らせぬために正規の書簡を使わない。
ならばセラやお母様が暗躍し、妨害に走ることは容易い。
定期報告ついでに万能調理器具も届いた。
相方の剣と同じ様に、持ち手しか存在しない魔道具だ。
お嬢様の体内魔力を盗み取り、様々な形状に変化させる。
包丁は当たり前、お玉、ヘラ、ピーラー、泡立て器からミートハンマーまで。
世界から気付かれない程度の規模とは言え、固定魔法を崩されるとは思わなかった。
折角買った一部の調理道具は早くも出番を失った。
あとは不調な日のための専用用品。
回復魔道具の効果が聞きづらいお嬢様専用の調整済み、実にありがたい。
念の為痛み止め等の処方レシピも添えられている。
「……ふぅっ。」
「夜番はオレが朝までするつっといたんだがなあ。」
時刻は早朝。
クリムゾンクレイを離れて本日で四日目になる。
相変わらず腰を深く落とし、じっと姿勢を保ちながら呼気を整える鍛錬。
現在お嬢様は冒険着からケープとグローブを外した姿だ。
どうせ汗もかくので髪は高く結わえる程度。
その様子を呆れた顔で見る姉弟子。
彼女の方は既に身体が出来上がっている。
基礎訓練は日常生活に組み込む程度でいい。
「私はまだ、基礎が中途半端、ですから。」
本来なら集中し続けるべきなのだが、お嬢様はある程度の並列作業が行える。
意識の殆どは体を練ることに費やしているが、少しの会話なら問題ない。
もう一つ並列作業を追加、下腹部に意識を向ける。
ずく、とむず痒いような感覚が背筋を走り、一呼吸で半覚醒へ。
魔力拡散の扇子と意識を同期させることは息をするように可能となった。
金色の竜を体内に押し込めたまま、現在の体と魂に焼き付けられた癖の確認。
「ん、ぅ……っ。」
喉の奥から引っかかるような音が漏れ、少し膝が震えた。
ぽつ、と顎を伝って汗が一滴。
覚醒は存在の根源へと近づく、竜になるだけが全てではない。
魂により近づけば、異世界で得た癖を現在の体で上書きできるのではなかろうか。
そう思って試してみたところ、これが実に上手く噛み合った。
だから、もう一段階鍛錬を進ませる。
ふ、と空気が揺らぐ。
「――っ!」
しゅらりと腕がしなり、応じて足が弧を描く。
飛来した石礫を絡め取るように受け止める。
二つ目、三つ目、四つ目、五つ目。
投擲が終われば踏み込んでこられる。
「すぅ――。」
既に体勢は左前、重心を後ろへ移すことで拳を避ける。
目の前で開手される。
左腕を下段から上段へ打ち合わせる。
だ、だ、だん、と素早く腕がぶつかった。
黒銀と黄金が大気を震わせる。
両者は更に半歩ずつ踏み込む、相対距離はゼロへ。
「――はっ!」
息を吐くと同時に背中からの体当たり。
跳ね飛ばされるような衝撃があちらからも届く。
気を抜いたら華奢な身体は宙に浮く。
腰を捻って力を足へ逃した。
「くぅ……。」
押されるまま一歩下がり、右前の構えへ。
開手のまま再び手を合わせる。
今度は捻りこむように手を巻き込まれた。
体勢を崩されるわけにはいかない。
手首を返して回避、仕返しに巻き込み返す。
同じように逃げられた後、上段から下段へ右腕がぶつかる。
一打一打の重みは決して硬さから由来するものではない。
再び両者は半歩踏み込む。
「――ふっ!」
ぶつかる瞬間に息が抜ける。
今度は脇から胸にかけての体当たり。
足をかけるのはお嬢様のほうが早かった。
体格差から押されることは想定済み。
だからその力を利用して引っ掛けた足を払う。
「お、っと。」
「ひゃ……!」
体勢を崩した所で腕を引かれ、集中が切れる。
随分動きは再現できるようになってきたが、まだ粗い。
手を合わせていた相方の上へ、押し倒すように体が倒れる。
お互いに少し汗ばんでいるため、いつも以上に嗅覚が痺れる。
「……動きだけでみりゃ、今でも五ツ葉に引けはとらねぇんだぞ、お前ら。実際の力考えたら六ツ葉上位だ。」
フォクシ嬢から見ても、動き方が変質していた。
魔王の頬を張り倒し、引きずり戻してきた日からだ。
一動作に含まれる情報量が増した。
一打は無数の次へと繋がる。
その気になれば、流れる川のように打撃は止まらない。
「重さが……ないんです、私の場合は。」
相方の胸板に頭から突っ込んだまま呻く妹弟子。
竜人は片割れがどれだけ頑張った所で限界がある。
だから最近は、一緒に鍛錬を行っている。
ついでに仕上げの動作確認までが一連の流れになっていた。
この状況にも慣れつつある、フォクシ嬢はため息を吐く。
「ルゼイア、自然にエルシィの髪撫でてんじゃねえよ。エルシィもいつまでルゼイアの匂い嗅いでんだ。」
「嗅いでませんよ!?」
指摘を受けたお嬢様、ばばっと馬乗りのまま体を起こす。
狐人の目はごまかせない、すっと赤い瞳が細められた。
すっとお嬢様の視線が逸らされた。
耳の先が少し赤くなっている。
「僕はもうちょっと撫でていたかったなあ……。」
一方の相方は実に素直で直球的だ。
それなら、もう少し撫でて貰っていても良いかも知れない。
移り気な思考は、フォクシ嬢の大きな咳払いで止められる。
「とりあえず、お前等さっさと汗拭いてエルシィは朝食準備、ルゼイアは水汲みな。オレは道順の確認だ。」
「……残念、また夜かな。」
「ま、また夜にっ!」
目下最大の問題が生じている。
道中はきちんと意識を張っているのだが、朝晩の訓練では二人して駄目になる。
大体覚醒を用いているせいだ。
その様は宮廷魔法団長が娘に向ける態度と非常によく似ていた。
駆け落ちの手助けを引き受けた覚えはない。
肉体の鍛錬も結構だが、先に意識を律する訓練が必要ではなかろうか。
汗拭きや着替えの際にはきちんと別れる。
ぎりぎりのところで理性は残っているようだ。
* * *
朝食は大抵、前の晩の残りになる。
最早夏の日差しは逃れようがない。
そんなわけで茹で鳥を解したものに、刻んだキュウリにトマト。
タレは砂糖、醤油に酢と茹で汁を加えて混ぜただけのもの。
さっぱりしていて量も食べられる。
「とりあえず、もう暫くは街道沿って移動だ。あれから襲撃は無いとは言え、念には念を入れておきてえ。」
お嬢様の容姿も、認識阻害とフードをかぶればごまかせる。
知らせによれば一部手配書が先んじて配られだしているとか。
ヴィオニカ連邦国との国境まで距離がある。
下手に隠れながら進むより一気に進む事を選んだ。
「あと一組、こちらに斥候が出ているのでしたよね。」
「このまま鉢合わせずに向かいてぇもんだがな。」
食後、食器を洗うのは相方がしてくれている。
終わり次第出立するため、フォクシ嬢とお嬢様は野営後の隠蔽だ。
「ままならないなあ。停滞めてしまえば、エルの容疑が更に増えるし。」
「進んで相手を魔物に変えようとすんな、この魔王。」
洗い物をしている相方の背に刺すような視線が突き刺さった。
お嬢様込で二人分の視線だ、流石に少し身を縮めた。
手槍を右肩に乗せ、お嬢様は準備完了。
鞄は相変わらず自分で持とうとする前に相方に持っていかれる。
鍛錬の時は同程度だが、普段の肉体のスペックでは負けている。
「さて、今日も何事もなく夜を迎えられたら良いんだけどな。」
何気ない相方の一言が気を急かしてくる。
こつ、とフード越しに頭を押し付けて抗議しておいた。
大体そういう発言は、異世界ではフラグと称されているのだ。
* * *
昼は歩きながら食べられる干し肉が主流。
たまに行商の人がいれば別途購入することもある。
馬車移動の行商人の中には携帯コンロで即興露店を開く者もいる。
串焼きに使われる食材の種類や味付けは異なるため、飽きがこない。
本日はその幸運に恵まれた。
「……なあ、なんか後ろから馬が走ってきてるんだが、二騎くらいかね。」
「偶然一緒の方向に向かっている、ということは……。」
朝方に相方があんな事を言うから。
せめてあり得る別の可能性を口にする。
実際ヴィオニカ連邦国に向かう行商人や旅人は同じ道を使う。
これまでも度々遭遇してきた。
「馬で、しかも二騎って妙な構成してるやつが、行商や旅人だと思うか?」
馬を買えるのは裕福層だ。
仮に商人であれば荷馬車に繋ぐだろう。
旅人が馬を使うことはほぼない、維持費が掛かりすぎる。
あとは冒険者が急ぎで使うくらいだが、そういう時は大抵一騎。
仮に大きな仕事ならば足を揃えるために複数編成だ。
「まあ……間違いなく僕たち、というかエルが目的だろうね。」
フラグを立てた本人があっさりと否定する。
お母様は追手に関して、問題はないと言っていた。
一組目に見つかってから日数が立っている。
連邦国との国境を超える橋は一つだけだ。
そこを押さえれば何とかなると慢心しても仕方はない。
逆を言えば、連絡を遅らせることができれば時間は稼げる。
二組目に見つかったとしても、国境を閉鎖されなければ問題ない。
「僕としてはさっさと追いかけてくる相手をなんとかして、後ろを気にせず進みたいけどね。」
「お、気が合うな。最初の奴らみてーに簡単な相手だったらなお言うことがねぇ。」
「……わざわざ歩調を落としてあげる必要は無いと思います。」
意見自体にはお嬢様も賛成だ。
だが、わざわざ待ち構える姿勢を見せる必要もないだろう。
そんなお嬢様の意見にフォクシ嬢が肩をすくめて。
「迎え撃つつもりなら、わざわざ急ぎ足するこたねえさ。それこそ無駄な体力の消費だ。」
告げた所でお嬢様の耳にも、近づいてくる足音が聞こえてきた。
随分と早い馬を使っている、傭兵と考えるには金回りが良すぎる。
フォクシ嬢は金属の音を拾っていない。
良い馬に軽い装備となれば、雇われた者ではなく墓荒らし。
最初の追手と異なり、こちらを追い抜くつもりはないらしい。
だが、背中に感じた嫌な視線にお嬢様が思わず振り返った。
絡みつくようなそれは、愛玩動物を見るものとは全く違う。
「……卒業おめでとうございます、と言うべきでしょうか、カールさん。」
馬上に居る男性は相変わらず外見だけは非常に良い。
育ちの良さを隠すことはなく、それでいて油断をすることもない。
当然だ、お嬢様の腕前は大変良く知っている学友なのだから。
遭遇しても問題ないのはこのためか。
「君から祝いの言葉を貰えるとは幸いだよ、エルエル嬢。」
共に居るのはやはりフュースト氏。
二枚の木盾になめし革を張ったもの、随分と軽装だ。
最初の追手が身につけていたサークレットを彼らも着用している。
つまり今回はそちら側ということだ。
口調が違うのは、お嬢様が貴族という身分ではないためだ。
「フューストさんも、ご卒業おめでとうございます。……思い出話をしに来た、というわけではありませんよね。」
交戦の意図があるか、確認作業だ。
相方は最初と同じように広域に認識阻害を施している。
フォクシ嬢はお嬢様の学友と解った所で関係ない、いつでも太刀を抜く構え。
「もちろん。我が父上殿の要望があってね。エルエル嬢、貴方を手元に置きたいそうだ。」
「随分と年下好みなのですね、グレイ家当主様は。」
警戒まじりに棘のある言葉を向ける。
少し以外そうな表情をした後、カール氏が口を笑みに歪めた。
後ろではフュースト氏が吹き出しそうになるのを堪えている。
「ええ全く、息子としても年を考えていただきたい。しかし身分剥奪を言い渡されたとは言え、あのご令嬢がここまで活発になられるとは。」
会話にフォクシ嬢が入り込む様子はない。
ひとまずこの場は任せてもらえるようだ。
学園時代は大抵貴族か騎士として振る舞っていた。
直接的な攻撃に出たことは二度目の夜会の時くらい。
「こちらが素顔です。」
是非とも幻滅してもらおう。
そうすれば絡みつくような視線もましになるだろう。
お嬢様の願いに反し、カール氏からの視線はより強くお嬢様を舐め回す。
だからその、異性を見る目が苦手だというのに。
「だとすれば随分色あせたものに魅せられてしまった、今の方が遥かに魅力的だ。全く学園時代に手に入れられなかったのが口惜しい。」
淑女然としているお嬢様よりお転婆な方が良いとは変わっている。
ぐ、と側にいる相方がお嬢様の腕を引いて体を寄せた。
カール氏は二人から警戒の視線を向けられることなど承知の上だろう。
「誓った相手が、もう居ます。――ずっと前から。」
「ああ、だからこそ。手に入らないから輝いて見えるわけだ。」
「……カール様。」
楽しそうな声色に、渋面になったフュースト氏から指摘が入る。
お嬢様に向けられる視線を遮るように、相方の着物袖が伸ばされた。
二人の雰囲気が変わったからだ。
「エルは渡さないよ、カール、フュースト。」
「――さて、我らはこの先、街道沿いにエルエル達を探す。」
口調が変わった、視線が途切れる。
貴族ならば、場面に応じた切り替えができなければならない。
カール氏はお嬢様を見つけていない。
フュースト氏へこれからの指針を伝えている。
お母様が告げたとおり、確かに問題はなかった。
既に夜会での借りは返して貰っている。
貸しを作るというのは少々癪だ。
「確か指令では、東部から南部に向けて追い込むのだったか。」
「ええ、カール様。エルエルを追い込む狩りを行うそうです。今はその下準備をしているところでしょう。」
「……随分と悠長なことするんだな、お前さんら。」
「まったく、初めての夜会の時といい喧嘩を売りに行く役目ばかりだな、私は。」
姉弟子も相方も、まだ警戒を解かない。
フォクシ嬢の言葉に返事は返されなかった。
彼らはまだ対象を見つけていないのだ。
見つけていない相手に話しかけることはない。
「確か南東にある田舎領地に追い込むのだったか。」
「ベーラ領、ベイル村ですね。まだ準備は整っていないでしょう。彼女らが街道から逸れているのであれば、整う前に入られるでしょう。」
「だろうな、慢心が過ぎる。追い込んだ後は……、ああ、逃げる事など無駄だと解らせ、正しく純人へ恭順させるのだったか。」
「……自分はあの考え方は好みません。それに随分と穴だらけな方法と感じました。」
「そう言ってやるな。父上殿を始めとするお歴々は完璧だと思いこんでいるのだから。」
小馬鹿にした口調、明らかに侮蔑の色が籠もっている。
カール氏とフュースト氏が再び馬を操り始めた。
道中馬を少し休めるついでに今後の確認をしただけだ。
その場で誰かが耳をそばだてていようが関係はない。
「いつからこんなおかしな事を考えるようになったのか。純人至上など時代錯誤も甚だしい。」
「所でカール様、エルエルに会ったらどうされるのです?」
「優秀な騎士がついている。失恋話で済めば良いほうだ。全く父上殿はどれだけ私に貧乏くじを引かせたいのだろう。」
その言葉が最後。
再び馬を駆って行き、相方は認識阻害を解く。
同時にフォクシ嬢は酷い渋面になりながら警戒を解いた。
幸いにも他に道を通る者は居なかった、見咎められることもない。
「ああいうやり方、オレは一生理解できん。」
「ああいうやり方しかできない方なんです。」
一応フォローを入れると、相方から少し妬ましそうな意識が向けられる。
折角視線から守ってくれたのだ、背中から抱きしめてお礼を伝えておく。
それにしても随分気になる内情だ。
「純人至上主義、お母様から特に何も聞いていませんでしたけど。」
「契約と制約だな、貴族階級が一つの種族に傾倒してるなんて外に知らせられるもんじゃねえ。」
「セラさんは知っていそうだけど……、フリグさんに止められるか。」
契約範囲は非常に広い。
知らぬ間ならば伝えられたとしても問題はない。
だがお母様の視界は広すぎた。
セラがそれとなく情報を流そうとすれば、それを抑えにかからねばならない。
国の基盤を――、より正確に言うならば王の家系を揺るがす事はできない。
当事者たちから伝えられない限りは。
うまい具合に根を絡みつかせたものだ。
「さてと、どうする? このまま街道を行って、帰り道に鉢合わせってぇのもな。」
「準備の最中というのでしたら、叩き潰しましょう。」
この件に関して、お嬢様は即決を決めている。
わざわざ場所まで指定して喧嘩を売ってくれるのだ。
買い取るついでにかき回してしまおう。
学園時代から巻き込まれているが、どうせろくなことではない。
周辺地形はフォクシ嬢がある程度掴んでいる。
「そんじゃ、ベイル村へ寄り道か。確か国境まで一日程度の距離だ。後味悪く逃げ出すよかすっきりするな。」
街道からやや南へ外れる。
ベーラ領、鬱蒼とした森と山のせいでろくに開拓が進んでいない領地だ。
街と呼べる場所はなく、村や集落が点在している程度。
田舎と揶揄される領地の一つではあるが、あまり領主の話を聞いたことがない。
ともあれ道順は決まった、現地に向かえば何か解ることもあるだろう。
カール君はいつも貧乏くじを引く子です。
身分を盾に使っていたから仕方ない、仕方ない。




