第8話 終わらないエンカウント
2021/05/13追加
短めです。また、5話コンテニューに空帝竜の姿描写をちょいと。
いわゆるでっかいドラゴニュートです。
進んでは野営、野営をしては進み。
五日かけて草原地帯から森の中へと入っている。
既にベーラ領内。
森の中とはいえ道はあるので歩きにくいことはない。
ただ、あまり整備はされていないようだ。
木々が日差しを遮ってくれるが、湿気が逃げないため非常に蒸し暑い。
王国の森でこの暑さ、ヴィオニカ連邦国の樹海地帯は考えないことにした。
それでも朝晩は鍛錬を欠かさない、一日の休みが三日の遅れだ。
「暑い、暑いです……。」
お嬢様は比較的汗をかかない方だ。
そのためあまり外へ熱を逃せない。
同格である相方も同じらしい、随分と大人しい。
朝や夕ならまだしも、真昼となれば自然界は容赦がない。
「……また来たよ。」
うんざりした声が上がる。
前方から飛んでくるのは随分懐かしい影潜み、蝙蝠の魔獣だ。
場所や時間帯など関係ない、風を操ってきたところをお嬢様の手槍が刺し貫く。
更に引いてもう一体、引いてもう一体。
フォクシ嬢も木々の合間を塗って太刀で切り捨てる。
この場所で長柄はいささか不得手。
太刀もまた木々が邪魔をするが、流石セラ直伝。
生き物のように障害物をすり抜ける。
「ああもう。これで何回目だ、魔獣の襲撃は!」
額に浮かんだ汗を荒々しく手の甲で拭って毒づくフォクシ嬢。
森に入って暫く、散在的に魔獣の群に遭遇している。
最初こそいつものジンクスかと思いはしたが、連日となれば話は別。
「墓荒らしの方が企んでいる何か、が関係しているのかも知れませんけど……。」
単純に、領主の怠慢である可能性も否めない。
木々の合間を縫って突き、風の刃を避けて払い。
並ぶように相方は短剣状にした剣を左右の手で操り、手近なものを切り捨てる。
更に追加で飛んでくるものへ接敵、足場が悪くとも歩法に何ら問題はない。
ただ激しく動けばそのぶん、体の中に熱が篭もる。
止めとばかりに湿気のせいで血の匂いがこびりつく。
戦闘後の一同は大変なことになる。
「……ぜえ、ぜえっ!」
不快指数が非常に高い。
今の所簡単に対処できる相手ばかりだ。
だがこの先も同じとは限らない。
野営の時も数度襲撃されている、休めない状況が続けば流石に危険だ。
「オレはまあ、泥沼なとこも何度か経験あっから割り切れるが……。」
フォクシ嬢が肩で息をするお嬢様を見る。
暑さのあまりケープは脱いでいた。
グローブも知ったことかと外している。
お陰で肩から背中と肌露出が随分大きい。
ニーソックスも辛い、ガーターリングの位置を随分下ろしている。
虫や葉で切ることを考えれば着用しないのは不用心だが、暑さで倒れたら同じこと。
お母様への定期連絡で相談はしたが、暑さ対策は難しい。
魔法による願いや望みが自然現象を捻じ曲げればその反動が生まれる。
停滞が大きくなれば魔物や魔王が生み出される。
魔災クラスが産まれることなどほとんど無いが、念の為だ。
お嬢様はそれを良しとしない。
並び立つのは相方は一人だけで充分なのだから。
「水浴び、したいです……。」
だからそれ以外の方法を模索する。
しばしば漏れる要望は、残念ながら中々叶わない。
再びぎりぎり整備されている街道へ戻る。
まだ上に張り出した枝葉の密度が低い。
少し風を作れば湿気を逃せる。
冷えた水でも撒ければ言うことはないのだが。
『エルのためなら風くらい操るけど、フォクシさん。水場ってあるのかい?』
相方は空帝竜の輪郭を纏った魔力と分かれている。
魔力体であれば距離や空間は関係ない、水源があることは察せられる。
ただしその詳しい場所までは把握できない、見える世界が生者と違う。
特に現在は視界の焦点をお嬢様周辺に絞っている。
世界の法則に抗う意地のようなものらしい。
その権能を用いて風を起こし、少しばかりの涼をもたらしてくれている。
「この辺、水は地下にしか走ってねーんだよ。あー、風がありゃちったぁマシだわー。」
側によればその恩恵に預かれる。
着物の内着を思い切り引っ張りぱたぱたと手で仰ぐ。
ハーネスをつけているためなお熱が篭もるのだろう。
姉弟子の色香が、色香が大変なことになっている。
お嬢様一筋の相方で良かった、見向きもしていない。
「エルが辛そうなのに何もできないっていうのは歯がゆいね。」
『全くだよ。僕は風を起こして多少はマシにできるけど。』
「――へえ?」
「自分と喧嘩をしないでください!」
この暑さには魔王も思考を奪われている。
言い合いをするくらいなら取り込んで自分で風を起こしてくれればいい。
そうしないのは多発する魔獣への警戒を常時行うためだ。
魔力体である相方ならば、魔獣が動けば即座に反応できる。
「しっかし、もう領地にゃ入ってるんだぜ? 領主は何やってんだ。」
交易路ならば国の管轄。
一方領内に出現する魔獣や整備などは、領兵が対応すべき案件だ。
人の往来が少ないとは言え、街道ならば特に重要視される。
ろくな稼ぎが見込めない場所へ、危険を冒してまで向かう商人は居ない。
だからこそこういった場所では領主の働きが肝要となる。
『これは怠慢と言われてもしかたないよね。流石墓荒らし、領民のことなんて知ったことじゃない。』
「道に張り出した枝も刈ってねえ、休憩所の設置も怠ってる、道中に井戸すらねぇ。こりゃあいつまで立っても発展しねえわ。」
フォクシ嬢のホームはクリムゾンクレイだ。
王都よりは周辺の情報を持っているものの、閑散とした地域の情報は入ってこない。
現地に赴いて初めて解ることも多い。
向かうにしても劣悪環境、最低限のことすらされていない。
むしろ悪名が耳に入らなかったことが不思議なくらいだ。
「悪い噂でも広がっていそうなものですけれど……、領主の屋敷周りはさぞ快適なのでしょうね。」
領民にとって一番厄介な貴族だ。
己の目が届く範囲のみ整備し、その他は有象無象と切り捨てる。
訴えようにもそもそも税に追われ、日々の生活で精一杯。
何かを考える余裕なんて貰えない。
積み重なってゆけば、最早そういうものとして皆が諦める。
そうしてひっそりといくつかの村は食いつぶされていく。
「カリストさんの家はその辺り、努力家だよね。」
田舎貴族と揶揄されていた学友。
彼女はそれでも領民の暮らしを良くしようと一家総出で取り組んでいる。
騎士科に在籍したのもより多くを守る力と伝手を得るためだろう。
ロベリア領の領主一家は働き蟻とまで噂されていた。
「ぜひとも見習って欲しいもので――。」
『会話途中悪いね、またきたよ。今度は小型の咆哮熊、三体だね』
「くっそ暑い上にやかましい奴らかよ!」
『今度は馬鹿しでかさないようにね、僕。音なら空帝竜も操れる、ただの熊退治と思おう。』
以前野盗が連れていたものよりも遥かに小さい個体が三体。
最早相手ではないが、油断した者は簡単な失敗で命を落とす。
セラの教えに慢心の文字はない。
三人がそれぞれ一体ずつ、ほぼ同時に撃破を終わらせる。
戦闘時は一種のトランス状態だ。
暑さを忘れるものの終われば運動分、一気に熱がやってくる。
「あっ……つ……!」
「もう世界ごと停滞めようか……!」
お嬢様と相方は一気にやってきた体の熱で同時に膝をつく。
即時風が送られるが、湿り気が多くて生ぬるい。
人並みに汗をかくフォクシ嬢は相変わらず胸元やら裾をばたつかせて体温調整。
「とりあえず、そろそろ冷えたか。ほれ。」
不穏な事を言う相方に向けて、保冷箱で冷やしておいたタオルを投げられる。
首にかけることで幾分ましになってくれるが、今度は水分が足りない。
補充するにも水場が無いため、考えて摂取する必要があった。
休憩所を設置されていない以上、必要なものすら揃えられない。
思いの外消耗が激しい、墓荒らしの狙いはこれなのだろうか。
いや、少し考えれば怠慢領主の存在は今に始まったことではない。
「……しゃーない。少し寄り道するぞ。そういやまだ冒険者家業駆け出しな元貴族が、ここまでこれただけでおかしいわ。」
思い出したかのようなフォクシ嬢の発言。
初日に三階から飛び降りたり、大暴れしたり散々な場面を見ている。
そのため、お嬢様がお嬢様であったことを完全に失念していた。
魔王とは言え相方もまた、同じ環境で育ってきたのだ。
泥塗れにもなる世界に馴染むにはまだ暫く必要だ。
「寄り道……ですか? ですが、ベーラ領にはこれと行って……。」
寄れそうな場所が浮かばない。
そもそも義務である道の整備すら怠っている。
領民の生活は推して知るべし。
頼めば井戸くらい借りれるだろうが、日数が立てば今度は食材が足りなくなる。
焼いたり炒めたりするものは極力割けたい。
最近は作るのも茹で鳥か茹で肉にドレッシングが基本だ。
「ああ、王国ですらねぇからな。レフス帝国の飛び地……って言っていいのかねえ?」
冶金に優れたレフス帝国は、王国の南西に位置する。
お嬢様の認識阻害の回路を組み上げた職人の居る国だ。
ここから逆方向だが、確かに各国に飛び地があると聞いたことはある。
特に地面から湧く湯の扱いに困った場合、その国土を金銭譲渡されるとか。
何せ気を抜けば有毒ガスも同時に噴出するため、扱いが難しいのだ。
規模にして一つの村にも満たないため、果たして国土と呼べるかは怪しい。
現在ではその運営技術自体を各国に売っている。
だが設備の初期費用が出せない場合、今でも湧き出す湯の扱いを担っている。
「おんせん! 温泉ですね!?」
速攻お嬢様が食いついた。
ベーラ領に湧いたという話は聞いたことがない。
そもそもこの領地はまともな情報すらなかった。
考えられるのは、随分と昔から国土の一部を譲渡していたということだろう。
「オレも行ったことはねぇけどな。もう五十年くらい前か? ロウエルって宿が作られたらしい。」
この周辺のことはフォクシ嬢も詳しいわけではない。
しかし墓荒らしが罠を張っているのなら、そこも危険ではなかろうか。
温泉という言葉には大変惹かれるのは確かだ
「帝国に限って腐敗はねぇな。十二の知恵ある聖獣に皇帝の首すげ替えられて終わる。」
「……あちらはあちらで大変そうな国なんですね。」
統治形態に関してはお嬢様も学んでいる。
だが、大いなる魔力がそこまで介入しているとは思わなかった。
彼らはあくまでも死者であり、世界に組み込まれたもの達だ。
「湯船に浸かれるのはいいけど、暑さは何とかならないかな。」
「氷室もあるぜ。」
「是非行こう。方向はどちらかな。」
相方の方も即決し、満場一致となった。
よほど暑さから逃れたかったらしい。
あとの問題はどれだけ時間がかかるかだ。
当然の疑問をフォクシ嬢が考えて居ないはずもない。
「一応寄り道範疇だ。一応国境から南に向かう道があるんだがな。お忍び用ってぇ側面もある、全身認識阻害の魔道具も貸し出されるはずだ。」
急遽道順を変更したため、ロウエルには北へ舵をきることになる。
ベーラ村までおよそ一日追加で掛かる程度。
懸念は晴れた、是非もない。
『知恵ある聖獣が関わってくるなら、距離関係なく悪事を働けば帝国にも伝わるし、っと何度も悪いね。今度は団体さん、首蹴り兎の群れだ。』
「本当に魔獣おおいな、普通の獣を目にしてねえ!」
的確に首を狙って身体強化をした蹴撃をいれてくる兎の魔獣。
基本的に十匹以上の群れで行動するため、大変に厄介な相手だ。
一撃が重いため、まともに喰らえば首が千切れる。
「本当に、次から次へと来ますね!」
だがそれも当たればの話。
フォクシ嬢は蹴撃に合わせて太刀を立て、綺麗に切断。
お嬢様は手槍の中央を持って振り回すように石突と穂先で撃退。
相方は薄く伸ばした魔力形状の刃で広範囲をひと薙ぎ。
油断と慢心さえしなければ、もっと厄介な魔獣すらあしらえる。
消耗以外に問題はない。
「あー! 一度ここの領主の顔、引っ叩いてやりてぇ。」
ロウエルに向かうと決めた所で、すぐに到着するわけではない。
おまけに道が通じていないため、獣道を通ることになった。
フォクシ嬢が毒づき、お嬢様と相方は暑さで口数が減る。
「……腕を磨いて帰ってきたら、真っ先に殴りに行きます。」
ベーラ領の領主はお嬢様の恨みもしっかり稼いでいる。
心の閻魔帳に記された。
墓荒らし関係者であれば遠慮はいらないだろう。
断じて八つ当たりなどではない。
地位ある者は責務を負うことを忘れた貴族への、真っ当なお仕置きだ。




