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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第四章~ギミックだらけの遠征試合~
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第5話 立ち直りコンテニュー

2021/05/08大規模修正

 一日の間に三度の襲撃などフォクシ嬢としても勘弁願いたい。

 しかも大変やかましい。

 折角眠ったお嬢様を起こすわけにはいかなかった。

 追手に見つかった挙げ句こんな所で大騒ぎなどたまったものではない。

 別途広域に遮音の魔法を展開するが、範囲を広げればその分強度が犠牲になる。


「あん中に魔獣使いがいやがったのか。手綱を失って暴走してやがる。」


 魔物ではなく魔獣であれば、それは獣の延長上だ。

 魔法を扱うようになった獣なら、調教次第で手駒にすることもできる。

 手綱となるのは双方をつなぐ魔力の糸。

 全滅させたことでその糸が途切れ、近くまでやってきたのだろう。


「さっきみたいに叫ばれると厄介だ。二枚持っていかれたね。」


「くそったれ! もう三枚追加だ!」


 苦しげに眠ったままの妹弟子を囲むよう、更に遮音を重ねる。

 咆哮熊(スクリーマー)は音を捻じ曲げるため、遮音魔法と非常に相性が悪い。

 術式を捻じ曲げ破壊する事など造作もない。

 純粋な咆哮だけでも相当な音だ。

 今回はもとになるのが大型の熊なだけあって非常にタフで突進力もある。

 一人ならば何の問題も無いが、後ろに通すわけにはいかない。


「さっきの三人はあまり歯ごたえはなかったし。フォクシさん、エルの護衛はお願いするよ。」


「……適時遮音魔法は張るが、お前も絶対に無茶すんなよ?」


「大丈夫。」


 大切な人を脅かすものは、全て魔王の敵だ。

 きし、と世界が軋んで悲鳴を上げる。

 大切な相方の周りに影響を及ぼさぬよう、丁寧にカンバスを切り分ける。

 広がるよう展開される魔法相手には擬態した空白など容易く塗り替えられてしまう。

 だがその後ろはきちんとした奇跡で守ってもらっている。

 手にした魔道具から生み出す黒と銀が入り交じる刃を生み出した。

 あの日、大切な相方から膨大な経験が流れ込んできた。

 それを境に日々大量の感情という光を浴びせ続けられた。

 焦がれて、守ろうと決めて自らの存在がねじ曲がることを是とする。

 右足を引いて左前、柄は顔の横で刀身は真っ直ぐ相手へ向けて。


「この程度僕一人でいい。」


 低い声は落ち着きと言うには平坦すぎる。

 無感情、無関心、あるいは何かを押し殺したもの。


「ァァァ……。」


 ゆっくりと魔力が動き始めたので、パレットナイフでその経路を断ち切った。

 二筋、三筋、組み上がる経路を切り刻むことで術式自体を打ち消す。

 が、魔法と叫びとはまた別だ。


「アアアアア!!」


 発動しようがしまいが獣には関係ない。

 ゆうにルゼイア二人分の高さを持った獣が身をかがめる。

 叫び声を撒き散らし、突っ込んできた。

 悲鳴のような声は非常に不快だ。

 直前まで蕩けるような声と顔で求めてくる相方を目一杯愛でていたのに。


「ああ、邪魔だな。」


 青い瞳が不快げに細められる。

 相方を愛でた舌が疼き、たちどころに覚醒を終わらせた。

 後ろに向けて捻れた刺々しい角、爪を備えた翼。

 ゆるりと地を打つ尾は長く、ところどころを覆う黒鱗は鎧も兼ねる。

 一歩踏み込み、真正面から剣を突く。

 足から返ってきた力を腰へ、腕へ、手首へ移し、剣を通して衝撃を伝える。

 相手の方が体格は遥かに上だ、矮躯な体であれば簡単に力負けしただろう。

 だが、それは人の身であればの話だ。

 跳ね除けようとする力を体を通し、足へ流し、返ってきた力を更に上乗せ。

 ずぐ、と両足を中心に放射状に地面が軋む。

 経験を活かせるように作り上げた器。

 この中に収められているのは比喩ではなく竜そのもの。

 熊ごときの突進は意に介さない。

 ぐしゅ、と切っ先から根本まで埋まった時点で突進が止まる。

 残念ながら頭ではなく肩だ、まだ生きている。


「ァァァアアアア!!」


 刃を突き立てられたまま立ち上がる。

 逆手で浮かせた体を叩き落とそうとするらしい。

 瞬時に刃を霧散させ、腕を躱しながら顔へ手を添える。


「うるさい、エルが起きるだろう。」


 弱いのは目の部分。

 冷ややかに青い瞳が見下ろしながら、手のひらで左目を握り潰す。

 ぐしゅ、と柔らかい部分を潰す感触が手に伝わる。

 野盗三人を切り裂いたときよりも発散(・・)できた感覚がある。


「アアアァァ!!」


 再び魔力が動き始めたので、都度経路を寸断する。

 厄介なものだ、いつまで分見は遊んでいるつもりなのだろう。

 経緯を見届けたのならばさっさと戻ってこれば良いものを。

 空帝竜の権能を渡した状態だ、音をかき乱すことが難しい。

 忌々しげな舌打ちをして、肩と目から血を吹き出す魔獣へ向き直る。

 随分としつこい、さっさと逃げてくれれば楽だというのに。


「う……っわ……。」


 フォクシ嬢の声が引いている。

 潰すのではなく剣を突き立てていればそれで終わったはずだ。

 にもかかわらず魔王は痛めつける方を選んだ。

 まるで鬱憤をぶつけるかのような戦い方。

 返り血塗れになった右手を数度払い、再び剣を顔横に構える。

 流石に学習したのか、いきなり突進はしてこない。


「アアアアアア!!!」


 魔法は発動しない。

 ただうるさいだけの咆哮が響き、後ろで遮音魔法が再展開される。

 声量だけで壊してきた、早く片付けたほうがよさそうだ。


「――いや、喉を奪えばいいのか。」


 有言実行。

 とっ、と軽い足音とともに攻めに転じる。

 空中に浮くと同時、黒い翼が羽ばたき、更に加速。

 ず、と剣の切っ先が喉を掠めるが、主要な血管は綺麗に避けている。


「ヒュ――ゥゥゥゥ……!」


 勢いよく空気が漏れる音。

 ばさり、と空を打って頭上に浮かぶ。

 月明かりを背に現れる姿は成程、魔王と呼ぶに相応しい禍々しさ。


「さあ静かになった、お前はどれだけ生きていられる?」


 実に悪役が板についている。

 困ったような表情は浮かべない、楽しげに愉しげに世界を嘲笑する。

 パレットナイフが熊の輪郭をしたカンバスに突き刺さる。

 体内魔力の経路を捻じ曲げ、変質させる。


「ヒュ――ァァァァ!!」


 悲鳴じみた声が上がったところでもう一本。

 腕を振り回し、叩き落とそうとしてきた所でさらに一本。

 飛び上がろうとしてきた所で追加に一本。

 体内魔力をかき回される感覚など味わった生き物は居ないだろう。

 その経験が在るものは皆魔物だ。

 生きたまま臓腑のあちこちを滅茶苦茶につなげているようなもの。

 それが奇跡の代償だ。

 動きが徐々に弱々しくなり、残った目が濁り始めた。


「なんだ、こんなものか。ほら、もっと暴れて良いんだよ。魔法(きせき)に頼るといい。」


 音を奪った以上、急いで決着をつける必要はない。

 これ見よがしに目の前に降りた所で、噛み砕こうと顎が飛んできた。

 刃を出現させ、真横に振り抜く。

 黒と銀が入り交じる刃は、下顎を切断ではなく蒸発させた。

 この刃は魔力で擬態した圧縮済みの竜の息(ドラゴンブレス)。

 秘めている熱量の桁が違う。


「ヒュ……ゥ……。」


 すう、と力が抜けてゆく。

 世界を構成する中の一つの命が壊れる間際。

 ふん、とつまらなさそうに魔王が息を吐いた。


「飼い主を殺されて。」


 言葉を理解できるかどうかはどうでもいい。

 ただ憎しみをぶつけているだけなのだ。

 刃の切っ先が腹を切り裂き、ぼとぼとと臓腑を零す。


「叫び散らすだけで。」


 そのまま上へ切っ先が移動する。

 胸まで切り開かれる。

 びしゃびしゃと血で大地を汚す。


「結局お前は、無駄なことしかしなかったね。」


「うぇ……。」


 フォクシ嬢が口元を抑えている。

 目の前で解体しないほうが良かっただろうか。

 あるいはもう少し痛めつける方法を考えたほうが良かっただろうか。

 魔王の言葉は一音一音が世界に対する怨嗟だ。

 それが拒絶反応を起こしただけかも知れない。

 解体作業は冒険者ならば誰でもやっている、きっとそちらだ。


「ああ。ごめんねフォクシさん、もう少し甚振ってからきちんと――ッ!?」


 振り向いた瞬間、目の前に白い何かが掠めた。

 かと思えば、魔王の体が思い切り地面に叩きつけられる。

 ズン、と世界が揺れる。

 ほぼ同時、黄金の竜の息(ドラゴンブレス)が死にかけていた咆哮熊(スクリーマー)へ止めを刺す。


「何が、きちんと、ですか!」


『我が本体ながらあっさり飲まれるっていうのは申し訳ないなあ。』


 頭上から聞きたかった声が降ってきた。

 同時に、あまり聞きたくなかった声もする。

 散々感情を高ぶらせれば、絆を通して相方に届く。

 そもそも完全に覚醒を行ったのだ。

 引きずられてお嬢様が覚醒したって不思議ではない。

 そしてそうなれば固定魔法が発動する、周囲の魔法は打ち消される。

 何とか地面にめり込んだ魔王が見上げた先には、白磁の相方(ゆうしゃ)。

 その側に成体となった空帝竜の輪郭を保つ聖獣が浮かんでいる。

 姿を表すとすれば、異世界知識で言う大きなドラゴニュート姿だ。

 お嬢様は白肌を隠す淡桃の下着姿のまま、黄金を立ち上らせていた。

 魔王は怪我をしている方の足で蹴り倒されたらしい。


「覚醒したからって、根源に引っ張られすぎです。」


 少し足を引きずりながら真正面に回られる。

 ぐいと無理やり襟首を掴んで引っ張り起こされた。

 魔王の背筋を大変嫌な予感が走る。


「ぐっ!?」


 ゴッ、と思い切りお嬢様の右手が魔王の頬をぶん殴った。

 グーである。

 その後間をおかず、がつんと思いっきり額をぶつけられた。

 唇が触れるような至近距離だが、お嬢様の金瞳は怒りに燃えている。

 襲撃前の甘える様子は欠片も存在しない。


「おは……よう?」


「おかげさまで最悪の寝覚めです。言いたいことは?」


「ありませんごめんなさい。」


 絆を通してこちらを焼き尽くすほどの感情が向けられている。

 下手に何か言えば火に油。

 一気に冷めた熱狂の後に魔王の中に浮かんだ念は一つ。

 ……僕は何をしていた?


『エルを通して散々感情を貰ったっていうのに、その程度で手放すのかい。』


「……ぐうの音もないよ、僕(カイゼル)。」


 至近距離から受けるには眩しすぎる感情。

 それは憎しみからはほど遠い。

 相方が道を違えそうになったから、相方が引きずり戻しに来てくれた。

 直前まで感じていた昂ぶりや吐き気、毒の後遺症、傷の全てを無視して。


「……私は、別に責めているわけじゃないんです。」


 一言一言、区切る度に金色の炎が燃え盛る。

 内側に収まりきらない黄金の竜がゆらりゆらりと空気を揺らす。

 切り刻まれた世界を染め直す。

 黄金の竜に、黒銀の竜が気圧された。


「どうして、一緒に居ると言ってくれたのに、一人で勝手に暴走しようとしたのか、聞いているんです。」


 説明を求めているだけだ。

 勿論怒っていないとは言っていない、現在進行形で激怒中である。

 魔獣をいたぶったことに対してではない。

 自分を置いて魔王に染まってしまおうとしたことに対してだ。


「え、エルを守るために全力をって思って……。」


「それで簡単に私を置いていくんですか。あれだけ私を想ってくれている貴方が。」


 お嬢様の指摘に相方の視線が困ったように泳ぐ。

 不覚にもほどがある。

 眩さに焦がれて手を伸ばして、共に在ろうと決めたのに。

 魔王という根源に近づいた程度で光を忘れてしまうなんて未熟もいいところだ。

 対してお嬢様は、完全に腹を決めて生来の輝きから揺らぎもしない。


『まあ、今回は僕が居なかったぶん同等から格が落ちていたと思うといいよ。モルグに感謝だね。』


「……知恵ある聖獣(ナレッジビースト)になられたのでしたね。私の身勝手でしたけれど、恨み言の言伝はありましたか?」


 魔王が暴れている間、簡素ながら状況は聞いたらしい。

 絆は既にできている、空帝竜の形をしたそれもまた魔王の一部。

 早々にお嬢様が目覚めたのはその絆を使った伝達があったお陰もある。


『まさか。楽しんでいるみたいだよ、この世界っていうやつを。』


「それを聞いて安心しました。」


 普段彼女を守っていた風の精霊。

 空帝竜としての分見は、今や確固たる輪郭と自己を有していた。

 知恵ある聖獣(ナレッジビースト)の一部と同調することで成し得た魔法(きせき)の一種。

 魔王の分見が奇跡や祝福を用いるとは世界は随分と皮肉を効かせてくれる。


「……それで、いつまで私に立たされているつもりですか。」


 体格差はほんの僅かだが、お嬢様の方が小さい。

 いくら覚醒しているとは言え、心身共に負荷がかかっていた最中の出来事。

 流石に少年を引きずりあげている腕が震え始めていた。

 力尽きる前に急いで自力で立ち上がり、やっとお嬢様の腕から重みが消える。

 見上げる視線は未だに鋭いままだ。


「ごめん、……勝手に行こうとして。」


「はい。」


 ふ、とようやくお嬢様の怒気が和らぐ。

 一安心した矢先のこと。

 襟に引っかかったままの手にもう一度力が篭もり、屈まされた。

 視界が愛しい少女の顔で一杯になる。


「むぐっ!?」


 お嬢様の方から、奪うように唇を預ける。

 悲しみ、心配、怒り、喜び、嬉しさ、愛しさ、愛しさ、愛しさ、愛しさ――。

 絆から一気になだれ込んでくる感情の暴力。

 これは下手に何か言われるよりも利く。

 停滞の力をお嬢様から吸い出した時の真逆。

 お嬢様から魔王へ再び輝きを押し付ける。

 今回の口づけは一度だけ、それで残っていた呪いは解ける。

 変質した外観が薄らいでゆき、二匹の竜は二人の竜人へ戻る。


「……普通逆だと思います。」


「この世界にもあるのかな、そういう御伽話って。」


『さて、情けないところを晒した僕(ルゼイア)。戻ってきてあげた僕を取り込んでくれないかな。正直見せつけられて嫉妬で狂いそうだよ。』


「そうだったね、僕(カイゼル)。ありがとう。」


 ふっと相方(カイゼル)の輪郭が解け、相方(ルゼイア)の体内魔力が巡る。

 お嬢様の黄金に対して黒銀。

 魔物ではあるが、同時に彼は空帝竜。

 相方は存在を空帝竜に寄せて固定し直す。

 この世界に属する者であれば生き物全てが体内魔力を持つ。


「お帰りなさい、ルゼイア(カイゼル)。」


「ただいま、エル。」


 本当に初日は色々なことがよく起こる。

 基本的には悪いことが多いのだが、まれに嬉しいことだってある。

 暴走しがちなところはお互い一緒らしい。

 お嬢様は襟から手を離し、甘えていたときのように首に腕を回して抱きついた。

 あの頃とは変わって人の姿を取った相方も、おずおずと腰に腕を回してきた。

 今度は何処かへ連れ去られる前に助け出せた。

 だが、今日はまだ終わっていない。


「……とりあえずイチャつき馬鹿二人、こっち来い。」


 大変冷たく低い声で唸るフォクシ嬢。

 吐き気からの脂汗は額に浮かんだままだが、不調など忘れたようだ。

 びんと立ち上がった耳が角に見える。


「「ひぇっ。」」


 鬼気迫る表情に二人揃って息を呑んだ。

 そう言えば相方は言われていた、間違ってもお嬢様を起こすな、と。

 お嬢様は度々言われていた、体調が悪い時に無理をするなと。

 感情が振り切れすぎて忘れていたが、傷を負った脚で思いっきり踏みつけた。

 回復魔道具の効果も固定魔法で効果を失っている。

 浅いと思っていたが重症だったらしい。

 ぱっくりと開いた傷口からだくだくと血が流れている。

 治療後の拳骨と半刻のお説教は免れなかった。

次回閑話を1話はさみます

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