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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第二章~ルール無用のオヴェーション~
24/112

第6話 閑話足並みはユニゾンで

2021/04/01大規模修正&追加

 夜ともなれば早々に寮の明かりは落とされる。

 ふかふかなベッドの上、目的の品を購入できたお嬢様は早くも寝息を立てている。

 体格が大きくなったカイゼルは抱き枕としての立ち位置を確固たるものにしていた。

 何せふわふわなたてがみ部分も拡張されているのだ。

 主が眠りについたとあれば従者の仕事も本日終了。

 セラは自分に割り当てられた部屋で就寝前の紅茶を入れている。

 カップの数は二つ。

 自分は食すことのないクッキーなども一人分と持ち帰り用に二袋。

 本日の情報料だ。


「夜半に申し訳有りません。」


「いいよいいよー。侍女さんの淹れてくれるお茶、あたし結構好きだしー。うちの子も淹れるのは下手じゃあないんだけどねー。」


 本日は――、いや。

 本日も人を招いた。

 正確には準備をすればいつの間にか其処にいる。

 来客は人懐っこそうな笑顔を浮かべ、遠慮せず準備されたお茶とクッキーに手を伸ばしている。


「それで、あたしも軽く話は聞いたけど。壁を通さずに外とやり取りしたいんだってー?」


 随分無茶な考えだよねえ、と続ける声には呆れの様子もない。

 学園街を取り巻く壁は物理的なものだけではなかった。

 外からの干渉を一切遮断するため、学園からドーム状に結界まで張られていた。

 それに気づいたのはごく最近。

 外へ魔力通信を通そうとした際に遮断されたからだ。

 今のセラを欺くほどに細やかで自然な擬態。

 衰えという二文字が肩にのしかかる。


「親父から細かいところまでは聞いてないけど、急ぎの案件なんだよねー?」


 普段ならば簡単な情報のすり合わせを行うのだが、今回は違う。

 昼前のやり取りで大まかなことは聞いたし、此方の要件も伝えておいた。

 すなわち、何とかして壁の外へ状況を伝えたい。


「ええ、此方の準備と仕込に時間がかかりそうですので。」


 唯一出入りが叶うのは正門。

 そこでも魔力による検閲は厳しい。

 事前に往来用の細工を施さねば情報のやり取りは難しい。

 持ち込む道具や、ついてくる従者の事前申請とチェックはこのためだった。

 多少ならごまかしまでは効く。

 だが明確な情報を送るとなれば難易度は跳ね上がる。

 その手間は相手に時間と隙を与えかねない。


「……やはり難しそうですか?」


「ううん、楽勝。」


 一切笑みを崩さず、事もなさげに告げる。

 流石というべきか、恐ろしいというべきか。

 商会やギルドを通して内側の情報を集めていた最中、突然増えた情報量。

 その提供者からの接触があったのは程なくして。


「大体ー、あたしも怒ってるよ、そりゃあおこだよー。友達の家族がひどい目にあったんだからー。」


 怒気など欠片も含まれていない雰囲気、仕草、魔力。

 まるで他人事のような声色だ。

 疑いの眼差しを向ければぱたぱた手を振って嘘ではないとアピールされた。

 カップの中のお茶が溢れもしない。


「だからおや……違った。お父様とお母様に頼み事したんだし。あたし達、本当はお願いされるまで動く予定はなかったんだよ? 助かったでしょ、『万能』さん。」


 確かに。

 彼らの協力のお陰で情報の収集範囲は広がったし、効率も跳ね上がった。

 あまつさえ限られた外からの情報すら揃えてくれる。

 万能はあくまでも置かれた状況の中で万能に振る舞えるだけだ。

 特定分野へ尖りきった領域まで手を伸ばせない。


「距離を誤魔化し化かすのはわたくしたちの専売特許だと思っておりましたが。」


「それは正しいよ。あたし達のウリは勇猛果敢。誤魔化したり、化かすことはできないもん。」


 セラがお嬢様について行くと決めたのは自発的なもの。

 ウォルフ卿を護衛にあてがったのは近衛騎士団長の判断だ。

 例え宮廷魔法団長から話を聞いていたとしても。

 ならば、同じく娘を溺愛する宮廷魔法団長はどのような手段を講じたのか。

 遡ること五年前。

 ある一族に様々な武勲や功績を押し付け、貴族という位置に縛り付けた。

 グラウンド家こそお母様の打った布石。


「さあ、報告書は書けているんでしょう? あたしに渡して。お茶のお礼に明日の一便で送ってあげるよー。」


「では、お願いいたします。」


 力量は既に疑うべくもない。

 ずいと差し出された少女の手の上に、綺麗に封を施した手紙を乗せた。

 瞬きの後には手の上から消えている。


「……ところで、エルさんの寝顔見ていっていい? あわよくば撮影していきたいんだけど。」


「わたくしを超えて行けるのでしたら。」


「うげえ、侍女さん本気だね!?」


 その要求だけは、いくら主の学友相手かつ協力者であっても許可できない。

 幸いにも見開いた紅い瞳を前に、残念そうに引き下がってくれた。


 * * *


 フェルベラント王国首都グレイングレイ。

 白亜の石材で統一された王城は純潔と誠実の証とされている。

 中庭は緑に溢れ、庭園は様々な花が咲き乱れる。

 そんな色彩を見下ろすのは、黒にも見紛う深い青のドレスを来た女性。

 手に一羽の鳥を乗せている。

 解けるように術式が展開され、封印された手紙の内容を空中に文字が浮かび上がる。

 宮廷魔法団長であるお母様をして解析できていない魔法の一つだ。

 綿密に編まれた学園街の結界を、何の痕跡も残さず抜けて往来する伝達魔法。

 しかし、此方から願い出ていないのに行動してくれるとは。

 愛娘は人たらしなのかもしれない。


「へえ……。」


 報告を読み終えた途端、我慢していた圧を解き放つ。

 ず、と室内が軋んだ。

 波打つように広がる形は、それでも当てはめるなら破壊の翼(まりょく)だろう。

 材質強化の魔力式がねじ曲がり、引きずり込まれ、引きちぎられる。

 本来魔力は物質へ直接作用を起こさない。

 それも魔力溜まりのような異常密度であれば話は別。

 だが、眼前に展開された手紙の魔法には影響を与えない。

 誰も入ってこれないようにしておいて正解だった。

 もしこの魔力にあてられようものなら時間のプロセスを無視して聖獣化(じょうはつ)している。

 この部屋を超えて破壊の翼は伸ばさない。

 内部に敵が居る以上、下手に気づかれては困るからだ。

 詳細にまとめ上げられた商会とその伝手。

 どの貴族と癒着しているか、どのように外部からの接触しているかなど。

 なるほど学生であればいくらでも隙をつけるが、現役の重鎮共となれば話は別。

 どうすれば此方が動けないか知っている。


「度々力を貸してあげていることに胡座をかいて……、本格的に事を起こすのね。」


 確かにこの地から巨人の脅威は去った。

 だがヴィオニカ連邦国を始めとして、周辺国は交易の要となるこの地を狙っている。

 表向きこそ各国と技術提携をしているが、裏では牽制の仕合い。

 その最前線に出るのがお母様だ。

 ――だから解る、この王は一部の国と手を取り始めたのだ。

 平和と発展のためならば大歓迎。

 だが、愛娘を巻き込んでまで家を引きずり落とすためというのは我慢がならない。

 ぴし、ぴしと際限なく増す濃度に物質界が悲鳴をあげる。

 この先もう千年くらいは、何事もない時代が続けばと思ったのだが。

 存外早く王城の持つ意味は失われてしまった。

 友人の志も薄らいでしまったものだ。

 だが、末期の願いなど聞くべきではなかった。


「――最悪手前の想定内、もう少し上方修正したいわ。情報調整、あとは……魔道具かしら。」


 愛娘の魂に紐付かせた自衛の手段。

 想定よりも早く解かれて驚いたものだが、補助の魔法を組み上げるまで想定内。

 思い通りとは言いづらいが、予想した未来から外れていない。

 ならばこの先は――。


「専門分野。お母様、年甲斐もなく頑張ってしまうじゃない。」


 意識を切り替える。

 一転して上機嫌、娘に良いところを見せる好機だ。

 誰かが来る前に、変質した魔術式を逆再生するように修復する。

 わずかの狂いもなく精密かつ異常な魔力操作で隠蔽は完了。

 手紙を壊さなかった理由はこれだ。

 解析不能の魔法式は崩れてしまえば完全再生できない。

 もう一通は確実に壊されていることだろう。


「素材、技術。式はあの子の魔法があるから、私以外組めない。……ああ、相方(スフォル)のおバカさんには軽くお説教をしましょう。」


 レフス帝国から複数種類、金属を個人購入。

 続いてヴィオニカ連邦国で最も信頼できる州の職人も借り受けよう。

 個人の知り合いとの専用回線は、こんな事もあろうかと百年前に完成させた。

 愛娘が国と契約、制約を交わさなかったことは幸いだ。

 この国が不要と言うのであれば、次代には籠も枷も必要ない。

 思うがまま願うがままに羽ばたいていい。

 それが自分たちのできる最後の仕事。

 感情は別として、今の所全ては己の想像した道筋に沿っている。


「でも毎年誕生日には新しいドレスとアクセサリーは送らなきゃならないわ。ケーキも必須。保存専用の魔法を作らないと。日用品は大丈夫かしら。うっかり髪を切ろうとしないようにヘアピンも。音声通信だけでは駄目ね、顔も見れるような魔道具も作りましょう。本音を言えば毎日会いたいけれど、転移は危なすぎてあの子には使えないわ。その頃には他の貴族たちの目もあるでしょうし。……全部小型化するとしてもかさばるわね、いっそ早馬に組み込んでしまおうかしら。それならあちらで仮免許を取ってもらって……。」


 お嬢様が熱中しだすと早口になるのはお母様の血だろう。

 子煩悩は、当分抜けそうにない。

 お母様にとって生涯唯一の誤算。

 我が子のことがこれほどまで愛しくなるなんて。


 * * *


 フェルベラント王国北方、辺境。

 約千年前の大戦において唯一地形を保っている場所。

 其処は入り組んだ山々のお陰で魔力の空白ができやすい。

 そのため定期的に魔物の群れが発生する。

 この場に居るのは黒と見紛う深い青の騎士服を着た男性一人。

 レフス帝国産の最高硬度を誇る大剣を肩に担いで、一羽の鳥から報せを受け取る。


「は、は、は。そうか、そうか。」


 展開された報告を読み終えて笑う。

 そのまま、手にした大剣で地面を突いた。

 まるでガラス細工を落としたように刀身が粉々に砕ける。

 金剛石を徹底的に鍛えた玉鋼級の刃だった。

 それが軽く魔力を通しただけで原型を失う。

 少し怒りを抑え込まねばならない。

 ようは八つ当たりだ。

 暇つぶしに魔物の群れを処理しようと遠出したのが不幸中の幸い。

 最早邪魔だとひしゃげた柄も投げ捨てる。

 急ぎ王都で家族会議の必要ができた、一々全ての魔物を相手にしていられない。

 世界を憎み、あらゆる生物へ襲いかかるはずの魔物たちが動きを止める。

 魔物と対峙するものは、その精神力が試される。

 この場ではその真逆の現象が起きていた。


「エルどころか、カイゼルにまで手を出したか……。」


 一般的な竜人男性の体から噴き出す体内魔力は規格外、異常の一言。

 あっという間に天空を包み、日の光さえ陰らせたのは半物質化した巨大な翼(まりょく)

 暴走したお嬢様が黄金の竜ならば、此方は逆らうことを一切許さぬ夜空の竜王。

 世界を憎むものは、これに挑む覚悟を試される。

 屈した魔物がその憎しみをへし折られ、次々と頭を垂れて消滅を受け入れる。

 お母様のような細かい魔力操作はお父様にとって至極苦手な分野。

 魔法でもなんでも無い、ただ抑え込んだ本性を外に出しただけだ。

 この力は国に対して向けられない、守ることに使えない。

 全く初代の友人は面倒な制約を頼んだものだ。


「さて、俺に出来ることは……思いつかん。よし、フリグに行動方針を確認するか。」


 また怒られるわけにはいかないし、愛娘に迷惑をかけるなどもってのほか。

 方針を決めた瞬間、陽光を遮る翼が一度だけ大地を打つ。

 全てを捕らえると同時に魔力が物質化。

 片翼の範囲にして横幅は三十キロ、縦幅は十キロ程度。

 最初に八つ当たりをしたお陰で抑えが効いている。

 辛うじて存命していた魔物はその全てが停滞ごと塗りつぶされた。

 地面に転がっていた大剣だったものは形すら残っていない。

 そんな羽ばたきに巻き込まれた小さな魔法式も消滅した。


「しかし、こうなってくると俺がカイゼルを鍛えたほうが早いか……? 二年……いや、一年。帰る前に相方(リンド)にも声をかけんとな。」


 その背には翼への恐怖しか残らない。

 伝わる武勲を当時の言葉で言い換えればこの通り。

 面倒事や考えることは苦手だ、大抵羽ばたき一つで終わるのだから。

 お父様のこういった面をお嬢様は見事に引き継いでいる。

 だが、苦手でも心に決めたことはやり通す。

 初めて腕に抱いた小さな命に対して、剣ではなく盾として接すると決めたのだから。

 フェルベラント王国の誇る『最強』と『最恐』。

 墓荒らし(グレイヴン)と名乗る組織はその血統に手を出したのだ。

レオン嬢は仕込みだったのさ…!(ばあーん)


帰ったお父様はお母様にお説教を受けます。(確定事項)

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