第5話 壁の中のディソナンス
2021/03/31大規模修正&追加
学園にだって当たり前だが休日がある。
教員や施設維持に頑張ってくれている関係者も働き詰めではない。
一方商業科の皆さんにとっては稼ぎ時だ。
そんなわけで休日恒例お忍びタイム。
最早慣れたもの、目立つことも少なくなった。
レオン嬢がお店紹介のためにいちいち大仰な行動を取らなくなった事も大きい。
「今日は何処から回ろうかー、クレープ屋さんはこの前新作出たばっかりでしょー?」
それでも先頭を歩くのはレオン嬢。
一番外を歩き慣れている。
相変わらず麻服にズボン、革靴で、両手を頭の後ろで組んでいる。
「そうね、たまには古本市でも見に行かない?」
すぐ後ろ、お目付け役のカリスト嬢。
長めの貫頭衣に短いパンツスタイルは、鍛えられた美脚を眩しく見せる。
頭巾とエプロンを着用すればそのまま食堂の呼び込み接客もできそうだ。
「先日、魔法科の図書館から数冊市場に流れたと伺っています。それが目的ですね?」
質の良い青絹のワンピースにクリーム色のケープを羽織ったのはミズール嬢。
庶民でもありそうな服装だが、洗練された仕草は明らかに庶民離れしている。
軽く首を傾ける角度にも隙がなく、確認の声色も一般人にしては詰問口調。
そのため銀の髪を留める大きめのバレッタは認識阻害の魔道具だ。
「……私、新しい肌着がその……買いたいです。」
おずおずと挙手する四番手、お嬢様。
何時もと同じ白いブラウスに深い青のケープ、今回スカートはケープと同色だ。
当たり前のように黒金フレームの認識阻害の魔道具は最大出力。
だと言うのに三者からまっすぐに視線が突き刺さった。
成長期ですから色々変わってくるんです!
「確かに、背も、伸びていますわね?」
含みをもたせて告げる最後尾、シルヴィ嬢。
ハルト氏はついてこなかった。
自爆する予感があったのだろう。
今回に関して言えば大変ありがたい。
女子組で固まっているからこそお嬢様が恥ずか死しながら申告できた。
どういうものが良いのか解らないのでアドバイスが欲しい。
「そうだねえー、侍女さんに任せっぱなしっていうのもねー。最近仲良くしてる男の子もいるしぃー? 着飾りたくなる頃だよねー。」
「ルゼイアとは別にそういう……。模擬戦だと妙に息が合うだけです。」
確かに模擬戦の時はよく組む。
だがそれ以外では近くに座られるくらいで、頻繁に会話するわけでもない。
ハルト氏やミズール嬢に絡まれたり、レオン嬢の座学補修の手伝いをする方が多い。
特筆するエピソードは無いはずだ。
模擬戦時にどれだけ周りを魅了する笑みを浮かべているのか自覚はなかった。
「ふうーん?」
ぞわっとした。
……しまった、誰とは明確に言われていない。
クラスメイトとしてハルト氏やラッティ氏、会話だけならカール氏やフュースト氏とも仲は悪くない。
間抜けは見つかってしまったらしい、思わず両手で頬を隠す。
赤くなった耳の先までは隠せない、認識阻害があって良かった。
にやにや笑いのレオン嬢から向けられるのは獲物を見るような視線。
セラがお嬢様を着飾らせる時と同じ空気を感じる。
路端の石になりたい。
「そうね。でも先に古本市でもいいかしら? 結構争奪戦になるのよ。」
「ふぎゃ!」
だが暴走暴虐はカリスト嬢が許さない。
容赦のない手刀がレオン嬢の首に叩き込まれた。
最小の動きで最大の効果、すごく手慣れている。
「そうね。エルエルさんはそろそろ丈夫な文具を手に入れないことには出費がかさみます。近くに文具屋もあったでしょう?」
畳み掛けるようにミズール嬢の助け舟。
幸いにも貴族なのにひっかけられるなんてと怒られることもなかった。
だが実は二人共ちょっと目の奥を光らせている。
「じ……じゃあせめて、食べ歩いていこー。」
「昼食に差し障りがない程度にしなさいよ。」
意識を刈る一撃を受けてなお崩れないレオン嬢。
ぷるぷるしながら挙手して提案。
流石に瞳から熱狂的な炎は消えている、一安心だ。
さて、学園街を構成する中で最も関わりのあるのは中央だ。
そこから壁に向かうに従い、学生には関係のない区画へと移ってゆく。
「今度は割引券ですか。いつの間に持っていったんですか。ボク渡した覚えありませんよ?」
つまり、順路はいつもどおり。
馴染みになったクレープ屋さんの屋台を覗いたり、氷菓の出店に立ち寄る。
最後に行き着くのはラディ商会。
休日は稼ぎ時、つまりラッティ氏も大忙しの最中である。
そんな大忙しの中、得意げな顔でひらりひらりと割引券を振ってみせるレオン嬢。
ラッティ氏が諦めのため息をついていた。
相変わらずのだぼついた白い半袖麻服に焦げ茶のサルエルパンツスタイル。
中性的な外観が余計に性別を混乱させる。
「だからー、ラッティ君は騎士見習いにしては隙が多いんだよー。」
「ボクの本業はこちらですから! ……こほん、さておきようこそラディ商会文具支部へ。どうぞ心ゆくまで手に取り、馴染む品を見つけて下さい。」
学友との軽いやり取りもそこそこに、ぱちんと商人モードへ切り替える。
店内にずらりと並ぶのは、使い回しのきく羊皮紙から上質な紙をふんだんに使ったノートまで。
王国でよく使われる木製のペン軸とそのペン先、インクの種類も複数だ。
封印用の蝋や燭台まで置いてあるのは、貴族相手にも商売を行っているからだろう。
「レフス帝国で使われているような、壊れにくい金属製のペンはありませんか?」
とは言え責任者が目の前で接客してくれるというのならば直接尋ねるに限る。
見て回るのも良いが、目移りしての無駄遣いは極力控えたい。
そんなお嬢様の要望に、ふふんとラッティ氏の目が光った、ような気がした。
「ええ、エルエル様の作り上げた魔法と制約についてはツァーボ先生から伺っております。」
この流れ、少しばかり既視感を感じる。
シルヴィ嬢にこっそり小突かれた。
今回はきちんと値段を確認しろ、ということだろう。
「そこで! 木目鋼を用いたこちらの一品! レフス帝国の職人の中でも最上位ファイス工房の作、見て下さいこの金属とは思えない木目調。当然ながら品質は玉鋼! 頑丈で粘りがあり、割れたり折れたりとは無縁です!」
木目鋼といえば。
確か複数種の金属を重ね、何度も打ってはねじり曲げて更に打つことで作られる独特の模様を持つ鋼のことだ。
芸術品としても人気が高く、同一の模様ができることはないとか。
それ単体でも非常に高価。
鋼の質が最上級の玉鋼ともなれば倍で利かない価値になる。
確かにこれはとても良いものだろう。
だからこそお嬢様は優しく微笑み、
「予算は金貨1枚以内でお願いします。」
牽制しておいた。
魔道具ではないので眼鏡より安いはず?
そんなことはあり得ない、木目鋼自体がレフス帝国の冶金技術の結晶だ。
フェルベラント王国で言えば最適最大効率の魔法式。
ヴィオニカ連邦国で言えば最新鋭の魔道具。
「……ふふ、成長されましたね。」
そんな超高級品なペンを差し出したまま、ラッティ氏が歴戦の戦士を思わせる笑みを返してくる。
値段を開示しないということは、予算オーバーしているということだろう。
金貨一枚だって普通の文具を買うには異常な値段だ。
が、お嬢様が並のものを手にしていては侮られる。
身分というものは厄介なものだ。
「というか、最初の最初でラッティ君が吹っかけすぎたせいだよね。」
「最初から欲をかきますと、足元から崩れるものです。ローズベルト家ではそういった商人とは手を切れと教えられておりますが?」
「あっ、ごめんなさいボクが調子にのりました。」
集中砲火を受けたラッティ氏、即座に危険を察知する。
この状況を作り続けていては行けない、早急に空気を変える必要がある。
「――こちらは金剛鉱を削り出したものとなります。鉱石をそのまま整えたものではありますが、ペン先はフェルベラント王国のものと互換性があります。少し重いのが難点ですが、滑り止めの彫刻は芸術品としての価値も御座います。先程の非礼、及び割引券を加えまして、丁度金貨1枚まで引かせて頂きます!」
準備していたように別のペンを取り出してきた。
説明はとても流暢かつ早口に。
金剛鉱はそこそこ産出量が多い。
非常に硬いがやや重く、頑丈過ぎるため加工することが難しい半透明の鉱石だ。
精錬すればするほど透明に近づく。
だがそんな品はそれこそ木目玉鋼と同等の値段に跳ね上がる。
不純物を味として削り出し、丈夫な雑貨素材として使われることが一般的。
彫刻は表面が透明なためあまり目立たない。
よく見れば神学科の建物によくある祈りを捧げる女性と天使。
ペン中心には白い筋が走っており、金の不純物がそれを取り巻く形状をしている。
「綺麗ですね……。」
日の光を受ければ、それがきらりきらりと目を惹く。
内側からの光を受けて、初めて透明な彫刻が浮かび上がる。
思わずお嬢様の口から感嘆の声が漏れたのもやむ無しだ。
値段も問題ない、きちんと金貨1枚と言質は取っている。
しかし丁度ピッタリ最上限の値を出してくるとは流石商人。
乙女な部分の自分が言っている、これ欲しい、と。
「こほん。」
ミズール嬢の咳払いで我に返る。
今回は表情がわかりやすい、と窘められてしまった。
対商人、対貴族、どちらも表情を読まれたほうが後手に回る。
あえて読ませることで虚を突く手もあるが、そんな腹芸ができるほど器用ではない。
「で、ではそちらを購入させて頂きますね。」
「ふう、毎度ありがとうございます、今後とも是非ご贔屓に!」
が、余裕がなかったのはラッティ氏もである。
うっかりしくじればクラスの女性陣をまとめて敵に回していた。
何とか空気を変えることが出来たので、互いに危機を回避できたと思っておこう。
さて、革袋にペンと、数本ペン先にインクを入れてもらった後に隣の古本屋だ。
外から見ればそれほど賑わっているようには見えなかったが、覗いてみれば別世界。
人がひしめき合っている。
「情報は武器、確かですわねえ。」
「じゃあちょっと私、行ってくるから。」
戦地に赴く歴戦の戦士のように、店内の混雑を前に自然体のカリスト嬢。
魔法科が蔵書を手放すことは珍しい。
そもそも殆どが専門書だ、扱おうとする店も少ない。
外ならば好事家や学者がさっさと買っていってしまう。
それを安易に、かつ安価で手に入れる事ができるのはこの壁の中くらい。
最早慣れたものなのだろう。
カリスト嬢の背中が一瞬で人の渦に飲み込まれていった。
「あら、カールさんがたの姿も……ふむ。」
と、言葉途中で珍しくもミズール嬢が不愉快げに眉をしかめた。
視線を追ってみれば……なるほど。
フュースト氏が人を抑え込んで空間を作り、カール氏が悠々と本を選んでいる。
ちゃっかりと十本の枝が伸びた家紋を見せつけているのは身分を誇示するため。
地位あるものは責務を負う。
そう教え込まれ続けた彼女にとってこの光景は許せないものなのだ。
「あの方々は……あいも変わらず身分を盾に……。」
かつ、と足音が聞こえた気がした。
お忍びだ、ミズール嬢は今ヒールを履いていない。
立ち振る舞いが聞かせた幻聴だ。
ひっ、とレオン嬢が息を呑む。
お嬢様もセラが本気で怒った時のことを思い出して身が竦む。
珍しいものを見たと目を瞬かせるシルヴィ嬢は一体誰に対する反応なのか。
「少しお時間いただきます。同じ学徒として言わねばならぬことが出来ました。」
「……す、凄く嫌味だったりするけど、努力家ではあるんだよ、カール君。」
一応のフォローだが、ミズール嬢を止めることはしないレオン嬢。
ミズール嬢が緩やかに歩を進めるだけで、不思議と人垣が割れる。
認識阻害は働いているはずなのに、自らの道を悠々と進む令嬢の後ろ姿が見える。
幼い頃、散々お転婆で泣かせてしまった少女は既に魂の形から貴人に育っていた。
少しばかり成長の差を見せつけられた気分だ。
「カール様、妙に人の押しが軽くなったのですが……。」
「良いことじゃないか。だが油断はするんじゃないぞ。ふむ、この本も出したのか。」
唐突に人混みを抑える必要がなくなり、不思議そうなフュースト氏。
それに気づかず次の本へ手をのばすカール氏。
「カールさん、フューストさん。お話があります、どうぞこちらへ。」
月光のように柔らかい微笑みと、絶対零度の美声。
拒否の意志は認めない。
まさか貴族の男性が、女性からの誘いを断れるはずがない。
礼儀作法と身分の負う責任感、ちゃんと心がけよう……。
諸々済んで昼食後、夕方までの時間は全てお嬢様の着せ替えタイムにあてられた。
三人は今まで溜め込んでいた分を一気に放出。
肌着だけで終わるはずがない。
初めて買うなら、あの下着が、この素材が、その細工が、これと合わせることで、もし勝負に出るなら。
全員が先に目的を済ませたのはこのためだったんですか、謀りましたね!
* * *
学園にだって当たり前だが休日がある。
休日を利用して学生たちは街へと繰り出す。
本日はお嬢様も学友たちと共に羽を伸ばしに向かっている。
屋敷のときより濃度は薄いが、礼儀作法の時間は矢張り苦手らしい。
散々手こずらせてくれたものだと懐かしむ一方、離れていくようで少し寂しい。
――感傷はここまで。
時刻は昼前。
最も商人の出入りが激しい時間帯。
情報を交換するために必要なのは人目だ。
隠すのであれば無いほうがいいが、交わすのであればむしろ多いほうが良い。
そのために暗号や符合といったものがあるのだから。
日常会話に擬態された特定の情報を聞き漏らさないのは無理がある。
外壁近く、商人が入り乱れる場所となればなおさらだ。
「――黒、黒、白……白、黒……。」
そんな壁際に背中を預け、空を仰ぎながらリズムを取るように口ずさむ妙齢の狐人。
レフス帝国で見られる小袖を纏う姿は目を惹くが、彼女に話しかけるような者は居ない。
白銀の刃がまるで周囲に向けられているような雰囲気。
荒事に慣れきった他国の冒険者であることは察せられる。
一定以上近づけない、そんな拒絶の空気が周囲との断絶を生む。
「――黒、黒、黒、黒、黒……、随分とまあ運び込むもので。」
「今日もお散歩ですか、セイラさん。」
「あら、わたくしを口説くには若すぎるといったでしょうに?」
検問する兵と商人のやり取りから所属、繋がり、積荷を確認していたセラだ。
当然擬態はしているし、油断はしていない。
近づいてくる小さな足音は聞こえていた、この獅人の少年とのやり取りは何度目だろう。
「そうですねえ、僕があと十年ほど早くに生まれていれば良かったのですけど。」
取り付く島もないセラの言葉を気にした様子もなく笑顔のままの少年。
ようやく赤い瞳が少年の方へと向けられる。
見た所何処かの商家の小間使い、
周りから見れば熱心なアプローチをかける少年と、それを袖にし続ける女性。
その実行われているのは情報のやり取りだ。
若者、墓荒らしが動いたわけではないらしい。
十年もすれば外の世界で貴族をしている、外の世界からの介入か。
「わたくしはもうしばらく、散歩を楽しみたいのですけれど?」
報告の先を促す。
「そう仰らずに、僕だって商談に向かう最中何とか時間を作って抜け出したんですから。」
――内部の四大商会を伝手とするらしい。
「……それで、ジェイムズ。今度は何を押し付けようと?」
ならば、どの家系がどの商会を経由するのか知る必要がある。
「誠意の籠もったプレゼントと言って下さい! 今回は僕のお給金四ヶ月ぶん前借りして手に入れた、灰色狼の牙細工です!」
ふんす、と鼻息も荒く革袋を差し出してきた。
呆れたような視線が革袋から少年に向く。
序列四番目、グロウ商会か。
灰色ということは王室の介入、牙は攻勢に出る準備。
「わたくしそろそろ、この壁を越えようかしら。帰りの護衛まで受けなければ良かったわ。」
呆れ声と共にセラは壁から背を離した。
これ以上の会話は無意味と革袋を無視して宿場区画へ歩みを進める。
差し出された革袋には手も伸ばさない。
どうせ中身は空だ、外への繋ぎを要請して準備を整える。
「え。あの、このプレゼントは。」
革袋を差し出したまま固まった少年は追いかけてこない。
抜け出してきたとなれば追いかけるだけの時間はない。
何度も振られ続けているというのに、事あるごとにアタックする様子。
この様は日常になりつつある。
――つまり、かなりの頻度で情報のやり取りを行っていた。
常駐の兵士も流石に同情したのか、後ろで慰めの声が聞こえる。
彼とのやり取りのお陰で情報収集の優先順位が変わる。
なるほど、国そのものを巻き込みはじめたか。
動きだすまで短く見積もって一、二年。
だが壁の中だけで対策を練るにはこちらも時間が少ない。
外掘を埋められる前に、別途対応してもらうことにしよう。
セイラさん(10代後半から20代前半の狐耳生やした和服おねーさん)
偽名は安直なくらいでいい……。
木目鋼:ウーツ鋼、あるいはダマスカス鋼
玉鋼:日本刀とかによく出てくるあれです
金剛石:アダマンタイトとかそんな感じの
ファンタジーだし、それっぽい素材を出したくなりまして。
次回閑話を1話はさみます。




