第7話 社交界アンダンテ
2021/04/02大規模修正&追加
季節は二度巡り、初夏の頃。
時間は矢のように流れていく。
表面上は何も起こらず、二年と少しが経過した。
警戒はしているし、セラやシルヴィ嬢から水面下の動きは聞いている。
お嬢様にできることと言えば、何も知らない体で日常を送ることだけ。
四年の在学期間に対して必修単位が少ないため、講義内容は一巡している。
あとは最難関である実地研修を残すのみだが、その許可が中々降りない。
時間が余ったので早馬の仮免許を取りにいってみた。
見た目は空飛ぶバイクだが、乗馬は淑女の嗜み。
操作自体もバイクとほぼ同じ。
魂に経験があったので即日学生証に仮免許が増設された。
他に挑戦できそうなことを探しているが、残るは当初の目的である自分磨きくらい。
「今日も何事もなく終わりましたね。」
本日夕方の二講目、何度目かも知れない模擬戦訓練の帰り。
同じクラスでの受講生はレオン嬢、シルヴィ嬢にルゼイア。
違う寮なので帰路が同じなのは女性陣のみ。
「何かありそうならば潰していますもの。」
「エルさん、不満ー? なにもないのは良い知らせって言うんだよ? ……うへへ、それよりそろそろ、新しい肌着買いに行かないとね!」
その笑い方はいかがなものだろうか、レオン嬢。
着せかえ人形にされるのにはもう慣れた。
あるいは諦めともいう。
散々セラにされているのだ、今更一人や二人増えた所でどうということはない。
流石に二年も立てばお嬢様の体つきは完成されはじめている。
一方日々鍛錬を積んでいるお陰で無駄に見える肉はついていない。
結構食べているのに、ついてくれない。
真横で弾んでいるものへ恨みがましそうな視線を向ける。
おまけにどれだけ鍛えても華奢な手足は筋肉がほとんど増えない。
結局癖を利用するためには固定した魔法に頼らなければならない。
「……こればかりは体質だと思うよー? それにあたしなんて大きいだけ。エルさんだって、育ってるんでしょ。」
「そうですけれど。」
だから肌着の買い替えを打診されたのだろう。
此方が見ている時、またあちらからも見られている。
身長は結局さほど伸びなかった。
最も小柄なラッティ氏より少し高いくらい。
ミズール嬢も同じくらいなので、種族的なものだと思っておこう。
ハルト氏はぐんぐん背が伸びているけど。
「それじゃ、今日は共同浴場の方に来ない? あたし直々にサイズをぴたっと測ってあげるから!」
手をわきわきさせるレオン嬢に引いた視線を送る。
他の令嬢の肌を見てしまう事に対して、どうも罪悪感が沸く。
そのため自室の浴室を利用することが多いお嬢様。
忘れがちだが、魂の記憶はこの当たりを最後の線引にしているようだ。
「遠慮致します。セラに頼みますので……んん?」
などと会話をしながらサロンへ足を踏み入れた時だ。
待ち構えていたように女学生に取り囲まれた。
いずれも剣呑な雰囲気――ではない。
「エルエル様の槍さばき、可憐でした!」
「ミズール様の繊細かつ大胆な動きも目を引くけれど、一合で終わってしまうことが多いものね……。」
「あら、ハルト様の騎槍さばきだって見事ではなくて? ルード様に騎乗していなくともあの速度!」
「男性相手に、まるで押されることもない優雅な立ち回りと言ったら……!」
お嬢様の模擬戦相手が務まるのは、まだルゼイアくらい。
ちなみに彼も身長が伸びており、たまに間合いを測り損なう。
そう言えば、顔つきも少年から青年へ整い始めていた。
とは言えハルト氏ほど伸びては居ない。
よし、矢張り身長は種族的なものだ。
各々がお嬢様たちに触発され、やる気に満ちている。
特にミズール嬢とハルト氏の対抗心は恐ろしい。
散々セラにしごかれ、前世の戦闘経験の下駄を履いたお嬢様に追いついてきた。
もう少しすればミズール嬢、ハルト氏と模擬戦で打ち合うこともあるだろう。
「ええ、と……?」
現実に意識を戻そう。
突然取り囲まれた理由が解らない。
敵意もないので褒めたかっただけなのだろうか。
それにしては離れてくれない。
どうしよう、とレオン嬢へ助けを求める。
「はいはーい、みんなエルさんを褒めたいのは解ったけど落ち着いてねー。彼女人見知りなんだからー。それで、前置きはさておいて何が言いたかったのー?」
男性からのまとわりつく視線が苦手なだけです。
本日夕方二講目の模擬戦が兵法の授業は丁度重なっていたらしい。
何時もならお昼の講義の後に湯船に浸かり、夕方二枠目に座学を受ける。
屋上から模擬戦を見られる機会が少なかったのだろう。
とはいえ今日が例外だったわけでもない、此処まで賑わう理由が解らない。
レオン嬢の助けにこほりと咳払いをして落ち着きを取り戻すのは流石。
貴族科の礼儀作法も必修に入れられているだけのことはある。
「失礼しました。まるでダンスのようでしたので……。ところでエルエル様、貴族科の必修科目はご存知ですか?」
「貴族科の……ですか?」
「ええ、一番難しく、一番華やかな科目! 騎士科では実地研修ですけれど――。」
騎士科は貴族科の共通講義を必修に取り入れている。
そのため、両方に在籍している者は多い。
だがお嬢様は騎士科のみだ、詳しい講義内容は把握していない。
けれど確か知識にあるのは、識字、礼儀作法、経済学、それに――。
「盛り上がりの中恐縮ですが、そこから先は私から話さねばなりません。」
思考を遮るように品のある声が響く。
周りから黄色い声が上がったが、お嬢様の表情は少し眉が跳ねた程度。
サロンにやってきたのは正装したカール氏と、フュースト氏だ。
騎士科の訓練時に見るようなものではなく、夜会で身につけるような礼服。
夕方の二枠目は貴族科の講義を受けていたのだろう。
この騒ぎはそういうことか。
「貴族科の最難関単位は夜会などの社交場を成功させること。此度は私、カール・フォン・グレイが主催させて頂きます。是非、貴方をお招きしたく参上致しました。」
セラから聞いていた情報が浮かぶ。
カール氏、ことカール・フォン・グレイ。
王家の一員にして、学園内の大手商会の一つ、グロウ商店と繋がりのある家。
そして、グロウ商会は墓荒らしと関わりがある。
「なるほど、招待状を送る前に知られては困りますね。」
クラスメイトではあるが、念の為警戒していた相手からの急接近。
それを察してか、多少会話することはあれどいきなり近づいてくることはなかった。
いつものような絡みついてくるような視線。
周りに他クラスの女子も居るため逃げ場がない。
「詳しいお話を伺いましょう。」
なので対貴族用の仮面を被る。
貴族科から喧嘩を売りに来たのだ。
言い値で買おう、即決だ。
先んじて参加者の噂を流し、断れないようにしたのだろうが意味はない。
大体考えたり待ちの一手は苦手なのがお嬢様だ。
そちらが準備をしてきたように、此方も準備をしている。
……主にセラとシルヴィ嬢が。
「では、談話室へ。お手を拝借しましても?」
エスコートするのは男性の役目。
模擬戦で体を動かしたばかりなので少し汗が気になるが、清める時間は貰えない。
仕方無しに華奢な手を乗せる。
仮面の切り替えは流暢になったが、こういう仕草はどれだけ立っても慣れない。
自分でやっておいて何だが、背中がぞわっと粟立った。
「グラウンド卿も是非。」
続けて従者のフュースト氏がお嬢様の隣に並ぶレオン嬢へ声をかける。
先程までの気さくな様子は何処へやら。
既に貴族の仮面を身に着けていた、珍しい。
そうやって澄まし顔をしていれば充分ご令嬢で通じるのに。
「ええ、喜んで。」
フュースト氏が差し出した手にレオン嬢が指を乗せる。
幸いにも二人共、騎士礼服だ。
リードされるにしても最低限のドレスコードに則っている。
汗とか全く気にしないのは流石の一言。
お前たちの都合に合わせてあげていると行動で告げている。
男女二組が備え付けの談話室に入っていく後ろ姿を見て、サロンに集まっていた女子がきゃあきゃあ噂を立てる。
何せ王室からの直接のお誘いを最上位貴族のご令嬢と、庶民から駆け上がった上級貴族が受けたのだから。
* * *
夜会が行われるのは一週間後。
その間も講義を入れることは出来るが、今回は敵地に乗り込むわけだ。
どの道実地研修以外の単位は修めきっているため、準備期間にあてる。
うちの侍女の能力は抜きん出ていた。
一週間もあれば万全の体勢で挑める。
「こんな事もあるかと思いまして……。」
「セラ? 私の体は一つしかないんですけど。」
そしてこだわりも抜きん出ている。
ずらりと並ぶ並ぶドレス類、数にして二十着。
言わずもがな、どれもフリルとレースによって飾られた品々だ。
成長したので調整が必要だと言えば仕立て直しは終わっていると返ってきた。
一体いつの間に。
「お召し物に合わせ、装飾品も揃えねばなりません。お嬢様の場合は特に……固定魔法がございますので。」
「解ってます。魔力撹乱の施してあるものでなければいけませんね。」
しかも、自分の体内魔力に強く作用するようなものだ。
魔法科では一種の重しのように使うが、お嬢様にとってはは日常生活の必須品。
今ではある程度の力加減はできるが、気は抜けない。
社交界は物理的に制圧する場ではない。
笑顔で手を取られた瞬間に相手の骨を粉砕する、という事態は避けねばならない。
時々思うのだが、果たして物理で殴ることを魔法と呼んでいいのだろうか?
「……後先考えないところは、団長そっくりですわね。」
相手からの喧嘩を買ってきた、と柔らかに告げたお嬢様だ。
当然側には護衛のシルヴィ嬢がいる。
此方は度々社交界にも出ているため、着ていくドレスは決め終わったらしい。
その発言は喧嘩に対してなのか、固定魔法のことに対してなのか。
「矢張り旦那様譲りでしたか。」
「ええ、間違いなく。ああ、間違っても地味なものなど選んではいけませんわ。喧嘩を買ってきたのでしょう?」
「う……。」
ちょっとフリルとか控え目なドレスに手を伸ばした矢先に牽制が飛んでくる。
どのドレスもパニエでぶわっとスカートが広がっている。
戦うにしてもドレスコードがある、貴族の世界はわけがわからない。
「解りました、解りました! これにします!」
半ばヤケになって選んだのはフォールンベルト家では最早恒例、黒と見紛う深い青のイブニングドレス。
違いは濃淡が付けられており、ティアードフリルの部分など縁は夜明けを思わせる。
レース細工もさることながら散りばめられた宝石や銀鎖が天の川を象った品。
手の甲には中央に宝石台のある真っ赤な薔薇の細工。
着飾ることを目的とした装束だ、装飾に遠慮がない。
一方着る者を引き立てるためのバランスも考えられている。
当然ながら背中には大きな翼の紋章。
他付属品は青色のストールくらい。
見た中で一番目立つ凝り具合、これなら文句もないだろう。
薄暗い色彩だが、お嬢様が纏えば肌と髪の輝きを引き立てる。
「お嬢様、口調が乱れております。では早速試着と、合わせた装飾品の注文と参りましょう。ウォルフ卿、此方をラッティ商会へお願いします。」
「セラさん、貴方も貴方でリストまで作ってありましたの?」
分厚い用紙を押し付けられたシルヴィ嬢がため息交じりに退室。
寮の中であればセラの領域だ、護衛は必要ない。
一体どれだけの飾り物を添えられるのか不安でならない。
「さてお嬢様。一週間と短い期間ではありますが壁の外から内側、各々の商会へ至るまで情報は裏付け込で整いました。此度は答え合わせの良い機会でしょう。」
「本当は貴方から聞きたかったのですけれど、『万能』のセラという名前。」
「今はお嬢様の侍女でしかありません。」
判明しても相変わらず前職を誤魔化してくる。
からかい甲斐はないが頼りがいはある、恐らくこれからも。
「感謝してますよ、セラ。……何ですかその顔は。」
これからも世話になるだろうからお礼は言っておく。
どうして信じられないものを見た顔をするだろう。
お嬢様はちょっと不機嫌顔になった。
可愛らしさで止まるいじけ顔が随分と様になったものだ。
鏡に映った自分を見て思う。
「いえまさか、わたくしが生きている内に労いの言葉を頂けるとは思いませんでしたので。」
「……セラが私のことをどう思っているのかはよく解りました。」
「わたくしともあろうものが心を読まれるとは。失敗いたしました。」
表情を戻さないままそんなことを言われても。
いつものようにからかってきているのか本音なのかがつかめない。
これだからセラは、全くもういつもありがとう。
「さて、では肌着も選んでしまいましょう。男性の心を掴むには――。」
「あ、そういうのは要りません。殴り込みに向かいますので。」
「お嬢様。」
こきりこきりと指を動かすお嬢様を流石に嗜める。
もちろん本気で言っているわけではない。
聞きたくもないことを言われた意趣返しだ。
だからその黒くて妙に透けている肌着は戻してきてください、ごめんなさい。
十三歳に履かせるような下着ではないでしょう。
「当日の着付けもお願いします。従者として従える許可はカールさんにも得ています。後参加するのは同じクラスからミズールさん、ハルトさん、レオンさん、シルヴィさん。」
「いずれも上級貴族に列せられる方々ですか。皆様夜会にも幾度か出席経験はあるかと。仕掛けてくるタイミングは想定より遅かったですけれど。」
既に相手がいつ行動しても良いように、諸々の準備は終わっている。
伝手、魔道具、信じられる人脈は手近なところしか作れなかったがいずれも手練。
後は予想外の手をどれだけ打ってくるかだが、準備という点では此方が優位。
当然他のクラスや貴族科から墓荒らし関係者がやってくるだろう。
全く、不良集団だと思えば国ぐるみで運営される足の引っ張り合い集団だったとは。
この学園は今のフェルベラント王国の縮図なのだろう。
「セラ、その肌着も派手だと思うの。」
ともあれ桃色の肌着も却下。
飾り気は多少我慢しますが、いつもどおり白でいいんです白で。
何ですか、その正気を疑うような表情は。
「仕方有りません、此方にいたしましょう。」
結局要望は叶わず、濃紫の肌着になった。
しかもビスチェタイプ、オフショルダーだから仕方がない。
えっ、ガーターベルトも着用必須ですか。
高めのソックスを履くので仕方がない?ごもっとも。
少しヒールの高いパンプスも用意済み。
知っていました、ドレスは戦闘服ですからね。
一週間後の喧嘩が大変憂鬱になってきた。
力任せにお転婆できればどれほど楽だろう。
暴れてしまえばお父様とお母様、セラをはじめとする面々に迷惑をかけてしまう。
「お嬢様、このドレスに白は大変危険です。」
「えっ。」
ペチコート着用の騎士礼服時や学生服ならともかくとして。
うっかり見えてしまう服装の時は危険らしい。
ダンスのこともあるし、まず確実に壁の花にはさせてもらえない。
ただでさえ肩の露出が大きい上に小柄な体格だ。
見下ろす視線となれば、暗い色に対して眩い白は大変な破壊力。
無駄に誘うような色は避けるべきらしい。
二つ目に桃色持ってきたのは何処の侍女だっただろう。
え、案外目立たないんですか、本当ですか?
お嬢様は社交の場の作法こそ知っては居るが、着合わせの知識は少ない。
セラが居なかったら危ないところだった。
ファッションとかアクセサリーにはたいへん疎いです。
大体書くに当たってその辺りの資料で時間がかかります。
たまにファンタジーだから良いんじゃないかなって思考停止に!




