第3話 ファーストマッチに備えて2
2021/03/28追加
週末なのでもう一話。
訓練場の隅でフュースト氏が治療を受けて居るが、医務室へ運ばれるほどでもないらしい。
ならば仲間の動きを確認するためにもこの場に残るのは当然らしい。
凄く痛そうにしているので、果たしてその余裕があるのかは疑問が残る。
だが、それでも回復魔法を併用すれば半刻で完治する。
激痛にうめいていた事を考えると、回復が効くのは羨ましい。
「では、一巡目の最後はエルエルさんとルゼイアさんです。」
「あ、カリストさん。魔道具預かっておいて下さい。」
さてとやっと出番だ。
念の為認識阻害の魔道具は外しておく。
……凄く高かったのだ、万が一にでも壊したくない。
脚の傷は、全力の震脚でもしなければ響かない。
「……む。」
「うわ……。」
「う、うん。」
カール氏、フュースト氏、息を飲まないでください。
カリスト嬢、ちゃんと受け取って、預かってください。
ちょっと不満顔を浮かべてしまったのがダメ押しになったらしい。
視線を逃れる日々を送っていたお嬢様だ、稀にこうして外せばその分視線を集める。
日に日に顔つきから幼さが薄れ、少女然とした風貌へ成長している。
深く考えて自爆する前に意識をそらそう。
実践の場であれば過去の経験から、きゅっと眼差しに力の籠もる。
細く頼りない外見を裏切る瞳は、手にした木槍のように対戦相手のルゼイアを貫く。
「……隠すのは勿体ないと思うよ?」
香も含ませていない、フリルはあれど着飾ってもいない。
運動するのに化粧なんて以ての外。
それでも他人の目を惹いてしまうのは、お嬢様の放つ存在感も無視できない。
色に例えるなら、眩いばかりの黄金一色。
「不躾な視線は我慢なりません、早く構えて下さい。」
右脚を引き、左手の上に槍を乗せる。
右手で槍の穂先を決める。
何の変哲もない基本の構えだが、だからこそ応用が利く。
肩に力は入れない、槍の動きは手練手管に千差万別。
動くべき時は動き、動かぬ時は動かない。
セラにも散々叩き込まれた。
「もう少し褒めたかったんだけどな。」
そう言うくせに他の人のような好機の視線は感じない。
急かされてルゼイアも構えを取る。
お嬢様と同じように右脚を引き、左手を前で軽く握拳。
剣を持つ右手が後ろにある上、ほんの少し半身体勢。
手にした武器は違えど、奇しくも構えの目的は同じ。
互いの射程と急所を隠す構えだ。
緊張感じゃ先程までと違う。
お嬢様はセラによって徹底的に鍛え上げられた。
おまけについ最近、焼き付いた癖を再現する魔法を作り上げた。
今は最大出力の撹乱魔道具で抑え込んでいるが、ほんの少しなら術式が働く。
ルゼイアの力量は不明だが、初対面の見立てからセラやシルヴィ嬢に近い。
……これほどの力量があるのに何故学生をしているのだろう?
「――ふっ。」
思考の合間を狙うようにルゼイアが踏み込む。
右足を前に出す、それだけで数歩ある距離が射程内へ縮まった。
突き出された木剣は脚ではなく、お嬢様の胸元へ向けて。
――カン。
乾いた木がぶつかる音。
その場から動くこともせず、外から内へ巻き込むようにお嬢様の槍が動いた。
突きのベクトルを斜め下へずらさせて射程外へ。
その上で切っ先は彼の鳩尾で固定される。
この勢いだ、普通ならば槍の穂先に当たって終わる。
「だよね……!」
だが、予想通り普通ではなかった。
踏み込んでいた脚を軸に後ろ足を外側へ回し、正中線をずらして回避。
二の腕を槍に添わせて接近してくる頃には、右手の剣は逆手に持ち変えている。
距離が近すぎれば剣は使えないが、カール氏のように柄頭を使うことはできる。
狙いは脇打ちか。
「やっ。」
短い気合。
透き通った軽い声に反してお嬢様の動きは大胆だ。
槍の支点を左手へ移動。
ぐりん、と大きく弧を描きながらルゼイアの右手を掬い上げる。
右足は半円を描いて前へ。
片手の力だけでは負ける、補うためにはテコの原理を使えばいい。
右手の位置を持ち替え、腕を極めにかかりながら石突のほうで首を狙う。
「あ痛たたた!」
柔軟が苦手な身には痛かろう。
堪えられず右手から片手剣が落ちる。
これで武器の喪失に――。
「……!!」
――ガヅッ。
打ち合いの音を響かせ、ドッ、と穂先が地面に埋まる。
極める動きを中断することで辛うじて防ぐことができた。
いつの間にか左手に収まった剣が振り上げられていたのだ。
失う前に持ち手を変える。
なるほど盾を持たないわけだ。
これなら武器の喪失にならない。
「やるじゃないですか、ルゼイア。」
「エルこそ、脚は打てたと思ったんだけどな。」
極めが中途半端で止まってしまった右手は既に抜け出された。
二人同時にバックステップで距離を取る。
今度は双方右前の姿勢、武器を操る手も変わっている。
だが、矢張り武器こそ違えど二人の構えは合わせ鏡。
「鬼みたいな先生に鍛えられていますから――!」
「お、っとぉ!」
今度はお嬢様からの攻勢。
右手の中を柄が滑る。
穂先位置を決める左手を前に出す。
応じて左足を右足へ寄せれば普段以上に間合いが伸びる。
ひゅ、と短い風切音。
たとえ剣で受けたところでこの勢いならば弾いてしまう。
それを察したからだろう。
ルゼイアは剣の腹で頭上を守り、再び懐へ入り込もうとする。
良くも悪くも伸ばした槍は直線軌道、ならば上のみ守れば良い。
そう思ったのならお嬢様の腕を見くびりすぎだ。
右手を柄から離す。
その代わり寄せた分近づいた左手を中程まで伸ばして握る。
右手で槍の後ろを掴み直し、ぐるんと柄が回る。
遠心力をのせてルゼイアの左側――、剣を持つ手を打ち落とそう。
落とせずとも遠心力を乗せた一撃、真横から叩きつけられれば衝撃は大きい。
躊躇なく左手から剣を落として右手で拾う、打ってきた槍を空いた左手で掴む。
右手に移した剣で首元を狙ってくるようだ、一気に間合いが縮む。
「……ふふっ。」
何故だろう、無性に嬉しくなった。
あの時セラが活き活きとしていたのはこういう理由だったのかもしれない。
武を合わせられる、技を気兼ねなく出すことが出来る可能性。
「槍、掴んじゃったんだけどな? まだ余ゆ――。」
「油断しちゃ駄目ですよ?」
お嬢様が首を刈られるまでもう刹那。
一瞬だけ槍を押せば、放すまいと力がこもる。
その一瞬があればいい。
手から力を抜いて柄を滑らせ、自らも距離を詰める。
驚いた顔をしてくれたのでちょっと胸が空いた。
ぐんと石突を跳ね上げると、抑えようとしていた手の形では力の入らぬ真下へ柄が逃げる。
遠くからでは難しくとも距離が近ければテコの原理で何とでも。
行きがけに首に近づいた剣の腹を外へ弾く。
それでも剣を離さないけれど、今回は持ち替えができない。
まだ試合は終わらない。
ズン、と半歩の踏み込みだけで大地が揺れる。
お嬢様の全てを乗せた肩がルゼイアの肩へと触れる。
右足に激痛が走ったけれど、それすら心地良い。
華奢な体から想像もできない衝突。
わずか半歩の移動でしか無いはずなのに、金の髪が衝撃で広がる。
「わ……!」
ルゼイアの身体がお嬢様の華奢な体に浮かされた。
弧を描く長柄は下降へ転ずる。
つまり、空中に浮いて踏ん張りの利かないルゼイア向けて。
剣を手放さなかったのは正解だ。
こんな一撃を、衝撃も逃がせない空中で受けては大怪我は避けられない。
「ちょっと、エルエルさ――」
容赦ない一撃にルナリィさんの非難の声が聞こえる。
だが、お嬢様はまさかこの程度で終わるとは思っていない。
当たり前、と聞こえた気がする。
ルゼイアは振ってくる槍に木剣の腹を押し当て、下への力を利用し回避。
このくらいできてくれなければ困る。
「では始めましょうか、ルゼイア。」
たのしい。
久しぶりのお転婆が顔を出す。
今は模擬戦訓練の時間だ。
複雑怪奇な言い回しも、異性の気を引くための仕草も必要ない。
自らを磨くためのそれらは、言ってしまえば無駄に思考領域を割く枷だ。
浮かんだ笑みは職人の手による精巧な造花ではない。
大地の恵みに育てられた奇跡の一輪。
どちらも心を惹きつけるが、お嬢様に見合うのは後者だ。
「ご要望とあらば何曲でも。」
楽しそうな声が相手からも上がる。
両手両足をついての着地は決して無様なものなく、次の行動への布石だ。
そこからの突進力が槍の刺突並であることは想像がつく。
ならば今度はそれをいなさなければならない。
武器を折られたり、失ったほうが負けという遊び方。
周りの様子はもう目に入らない。
お嬢様もルゼイアも、丁度準備運動が終わったところだ。
――では遊びましょう、じゃじゃ馬をリードできるものならしてご覧なさい。
声にせずとも空気で伝わる。
踏み込みは一切のズレなく同時。
ルゼイアが駆け、お嬢様が払う。
お嬢様が仕掛け、ルゼイアが受け止める。
攻めが受けに転じ、受けが攻めに転じ、再び攻めては受け、受けては攻め。
「……呆れた。まるで踊っているようですわね?」
誰かが呆れ声で呟いた。
近づく足さばき、遠のくステップ。
触れ合いそうな身体に、絡み合う互いの武器。
立ち位置は入れ替わり、攻守がその都度切り替わる。
か、か、かん、かつ、かつ。
木のぶつかり合う音はヒールを鳴らす様にも聞こえる二人の演舞。
楽しそうに槍が踊り、添えるように剣が舞う。
活き活きとした笑みを浮かべた二人を止められる者は居ない。
二人の打ち合いは、時間いっぱいまで続いた。
* * *
全力で暴れまわれたのはいつ以来だろう。
しかもそれが免罪符つきだというのだから上機嫌。
浴室から鼻歌まで聞こえる。
ようやく前の事件から溜め込んでいたストレスを発散できたのだろう。
「それで、セラさん? 首尾の方は。」
「焦るものではありませんよ、ウォルフ卿。貴方の悪い癖です。」
護衛が侍女を訪ねてきていた。
腕を組んで、統率まで行って問うたというのに。
目の前の侍女は目を細めたまま揺らぐ様子もない。
それどころか随分と余裕までありそうだ。
最も、その内心がどうであるかは解らない。
「まず、街中の商会を軽く当たってみました。主に資金の流れや物流を全て。……あれで小細工のつもりとは。商人、貴族と言えど子どもではそれが限界でしょうか。」
ふう、と呆れたようなため息一つ。
物流を軽く?全て?
猶予は放課後までしかなかったはずだ。
彼女の基準が解らない。
「一方で先日の事件、お嬢様が暴れる可能性も考慮していたところが気になります。それは学生が切る手札とは思えません。」
学園街の外と何らかの繋がりがあるということだ。
それはこの場の理念に真っ向から対立している。
何処の誰が計画を練ったのか、掴むために情報の流れを遡らなければならない。
「貴族科の一部へ特定の魔道具が流れています。初日にウォルフ卿が退学まで追い込んだ三名はともかく、現在審問にかけられている七名はそのルートと繋がっております。」
「それは――。」
「風の撹乱です、ウォルフ卿。お解りですね?」
柔らかい口調で告げられたが、す――と背筋が冷えた。
ほんの少し垣間見せられた内心だ。
同等の力量を持つものが先んじて見えぬ刃を抜いている。
だが、これに飲まれるようでは群れの長は務まらない。
「ええ、わたくしの失態ですわね。」
「情報は刃を超える力となります。以後お気をつけ下さいませ。」
許すとは言わなかった。
それだけセラの中でお嬢様の存在は大きいのだろう。
場を収めたのは、折角上機嫌なのに水を差したくないからだ。
「ルートを逆算してゆくと寮を囲む交易所のうち大手四箇所。ファムト、レッタ、ガガド、グロウ商会。中継点として街中の中小規模交易所の三十二箇所。各交易所は数名間者として取り込んでおきました。」
人を化かすのは狐人の十八番。
『万能』ともなればその練度は想像に難くない。
大切なのは知られずに情報を掴むということ。
その発言内容が馬鹿げた規模であったとしても疑わない。
とは言え、この短時間で鈴付きの首輪まで付けてくるとは思わなかった。
「続いて街に入ってくる商人。大貴族の息がかかっているところが仕入先でした。こちらは流石、身分を偽り立場を偽り、やってくる顔ぶれも常に変えてらっしゃるようで。壁の中から探るのは些か難しい。」
「……どれだけ調べましたの。」
「わたくしの耳が届く限りは。交易所大手四箇所から貴族科への繋がりは、貴族科専属の寮の中で行われているため、今回は時間が足りませんでした。皆さん勉強熱心のようで。」
ただし。
メイド服を隙無く着こなした狐人は言葉を続ける。
細い目の奥、赤い瞳は一体何を見ているのか。
「埋まっている寮部屋三百と四、仕入れの数は午前で百程度、午後から追加発注が二十ほど。墓荒らしとやら、魔物の名の通り増えているようです。少々不良の枠を超えておりますね。」
「……貴方が味方側に居てくださって助かりましたわ。」
お嬢様の上機嫌な鼻歌は相変わらず続いている。
場に似つかわしくないくせに、声質に似合うよく澄んだ旋律。
少しばかりセラが嬉しそうにしている、なるほど教えたのはこの侍女か。
「ラディ商会は白です。今後何があろうと白であり続けます。必要なものはそちらで購入してくださいませ。」
「……根拠を伺っても?」
「以前からよく鳴る首輪を付けておりますので。このために事業を広げさせました。」
見境がないし手札の数が読めない。
中規模とはいえ、商会の作り上げる情報網は広大だ。
だが、扱う商品の幅が大きければその分得られる情報は浅くなる。
――なるほど、その末端さえあれば容易に深みへ潜り込むのか。
そこで、ふとシルヴィ嬢は気にかかったことを口にする。
「エルエルさんに妙に似合う認識阻害の魔道具があったのは――。」
「よい映像が撮れました。奥様も張り切って設計した甲斐があったとのことです。」
この侍女、公私を混同させた上で両立させている。
別の意味でシルヴィ嬢は戦慄する。
言及する前に、こほん、と咳払いで誤魔化された。
「現状では風の撹乱魔道具を行き渡らせている段階です。次は恐らくお嬢様の作り上げた魔法をいかにして対策するか。当分はそこで難航するでしょう。」
「……あんなもの、宮廷魔法団長特性の専用魔道具以外でどうにかできる気がしませんわ。」
「ですので、遅かれ早かれこちらの不祥事を狙う結論に達するでしょう。後はタイミングを読むところですが……無謀、無策ほど読めぬものはございません。」
「同感ですわ。」
戦場でも当てはまる。
素人の暴走で一つの精鋭部隊が全滅することもあるし、その逆も然り。
何をするかわからないからこそ恐ろしい。
だから先んじて対策は必要だ。
「では引き続き――」
『あ、カイゼル暴れないでください!』
『ぎゃああああ!!』
『だーめーでーすー、全然ふかふかし足りないんですから!』
浴室からお嬢様の声と、カイゼルの悲鳴が響き渡る。
真面目な話をする雰囲気が消し飛んだ。
仕方がない、どの道今日聞けるのはここまでだ。
「カイゼルも思春期でしょうに。エルエルさん、些か彼にくっつき過ぎではなくて?」
「先日の一件以降、より酷くなりました。カイゼル様が体格を大きくされたのも、おそらくはその対策かと。」
決定打にはなっていないようだ。
今の大きさだと余計に力を入れてくっつかれるだけでは?
嫌がる弟を無視して一緒に風呂に入る姉。
あるいは兄を無理やり引っ張っる妹でもいい。
種族が違うとは言え家族という枠組みに入っている。
そこまでまとわりついたら嫌われるのではなかろうか。
兄も弟も居ないシルヴィには団員が零していた愚痴を聞いた程度の知識しかない。
ともあれ澄ました表情の侍女に後は全て任せた方がいい。
家庭内のあれこれに口を挟んでは護衛の仕事もしづらくなる。
「では、わたくしにできる手助けでもありましたら。」
「学園内では一層の警戒をお願いいたします。途中から妙に情報の集まりが良すぎる点が気にかかりましたので。」
全てがブラフの可能性もあるのか。
最後の最後に、何とも不安の残る情報を伝えられた。
ふぁんたじっく八極拳!
次回閑話を1話はさみます




