壁の決意
鍵が出来た日を最後に、奏夜は
書斎に引きこもり、一切の人に会わなくなった。
そうなってからもう三日になる。
「おちびいるか?」
「……」
「歯は磨いたか?」
「……」
「飯は、ちゃんと食っているのか?」
「……」
書斎の扉の向こうは無言のままだった。
蓮司は女中の方を見る。
「書斎の前に食事を置くとお皿だけになっているので、坊ちゃまはお食事はなさっておりますよ」
「そうですか」
「昨夜も一晩中灯りがついておりました」
蓮司は扉に向き直る。
「……弁当、置いておくからちゃんと食べて、
ちゃんと休めよ」
そう言って弁当包みを床に置こうと屈んだ時、
無言の書斎からコンと小さなノック音。
そしてすぐに扉と床の隙間から
メモが三枚、ぬっと出てきた。
【心配無用】
【ノートがあった】
【静かな声でお願いする】
この文字にはよく見覚えがある。
真白の字だ。
奏夜が床に散り積もったメモから選んで出したのだろうが、まるで真白の亡霊のようだ。
「言いたいことがあるならちゃんと話をしろ!
怪盗が来るまであと三日だぞ!」
蓮司が苛立ち語気を強めて言うと、
書斎の中から強めに四回のノック音と
指先で紙を叩く音がした。
【静かな声でお願いする】
のメモがカサカサと揺れる。
「遊びじゃないんだぞ……!」
蓮司は苛立ちが隠せず、
小声とは名ばかりの声を出す。
ノック音が一回鳴らされると、
メモが三枚、ぬっと出た。
【変装対策】【声は出さない】【警察は×】
「……おちび、俺も信用していないのかい?」
ノック音がコンコンと二回鳴り、
少ししてメモが一枚出る。
【蓮司さんは足音ですぐわかるよ。
ノートのことは誰にも言わないで】
払いが長い右上がりの小さな文字は
奏夜の癖字だ。
「真白の物はおちびの物でもあると思っているよ。
だからおちびの好きにすれば良い」
扉の奥からコンと一回鳴る。
蓮司は静かに続ける。
「でも、危ないことはしないで欲しい。
もし危険に晒されるならおちびが何を言っても
俺は手を出す。当日は警官を護衛に付けさせてくれ」
少ししてノック音が一つ小さく聞こえ、
メモが出た。
【ごめんなさい】
奏夜の文字だ。
「……じゃあ俺は行くから」
蓮司は弁当を置いて、メモを拾い上げた。
書斎の扉がコンと一つ鳴る。
蓮司は鴉間邸を後にすると、頭を左右に振って
両手で自らの頬を二回強く平手で叩いた。
一つは焦っている自分への戒め。
そしてもう一つは愛すべき友人の遺した物と、
その一人息子を守るという決意。
頬の火照りが一層熱くなった。
* * *
怪盗が予告した満月の夜がきた。
本当は当日までに奏夜とも打ち合わせのひとつでもしておきたかったのだが、結局今日まで書斎から出てこなかった。
それでもばあやの出した食事は毎回綺麗に空になっていた。
彼は彼なりに書斎の中で頑張っているようだ。
蓮司は警備の警官たちを鴉間邸に集め指示を出す。
「まずは屋敷の包囲。
外の班には体力気力充分な若い警官を置く。
怪盗を中に入れなければ当然ものは盗まれないし、
仮に侵入されたとしても外に出さなければ捕まえることができるからだ。
現場の臨機応変な指示は班長に任せる」
外の班の警官が蓮司に向ける視線は、怪盗を捕まえるという野心とやる気に満ち溢れていた。
蓮司はその目に危うさを覚え、付け加える。
「外の警官は外の警備を固めろ。
怪盗が侵入したように見えても陽動の可能性がある。
釣られて屋敷に入るなよ。
夜風が寒いからって暖を取りに来るのも勿論ダメだぞ」
「はい!」
外の班の一同は歯切れの良い返事をした。
「一方、屋敷の中の警備は最小の二名で行う。
人が多いとその分動きにくくなるからな。
怪盗が狙ってるものがあるとされている書斎の前は俺。
そして二階には相棒のSを待機させる。
こいつなら眉毛の本数も分かるほど見知っているし、背中も預けられる」
Sと蓮司は顔を見合わせると、
短く敬礼しあった。
今日はなんとしても怪盗を捕まえる。
亡き親友のためにも、
その息子のためにも。




