0-3 . 王子は姫を救いたい
12歳の誕生日は静かに過ぎていった。
母は、以前のように無邪気に笑うことも少なくなっていた。
男爵家での生活は表面的には安定していたが、見えない亀裂が広がっていくのを少女は感じていた。
異変は初潮が始まった翌日に起きた。
図書室で本を読んでいると、男爵が現れた。
普段は仕事で忙しく、家族の集まり以外ではほとんど顔を合わせることもない彼だったが、今日は珍しく一人だった。
「おいで、大事な話がある」
男爵の声には珍しく親密さが混じっていた。
少女は警戒しながら本を閉じた。
男爵は彼女の隣に座ると、唐突に尋ねた。
「君はもう女性になったんだね」
言葉の意味が分からないフリをしたが、男爵の顔には興奮と歪んだ喜びが浮かんでいた。
「今朝聞いたんだよ。侍女から。素晴らしいことだ」
少女は本能的に後ずさりした。
男爵の手が伸びてきて彼女の手首を掴んだ。
その手は冷たく、湿っていた。
最初に出会った頃の温かさはとうに消え失せていた。
「エレノアは確かに美しい妻だが…」
彼は声を低くした。
「他の男たちに抱かれた女を愛することはできない」
背筋が凍った。
男爵の指が少女の顎に触れる。
その感触に鳥肌が立つ。
「それに比べて君は純粋だ。私の理想通りに育ってくれた。エレノアは飾りとして妻に迎えた。彼女は貴族の血筋を持っているからね。しかし跡継ぎを作るために必要なのは…わかるだろう?」
ねっとりした声が耳元で囁く。
「純潔な若い肉体だ」
その瞬間、少女は全力で男爵を突き飛ばした。
彼は椅子から転げ落ち、驚愕の表情を浮かべている。
少女は本棚の陰に身を隠した。
息ができないほど震えている。
男爵はどう勘違いしたのか、「恥ずかしらなくてもいいよ」と優しく言うが、その声はもはや信頼できなかった。
少女は震える声で聞いた。
「私が、子供を産む?」
彼は近づこうとしたが、少女の表情を見て足を止めた。
「理解してほしい。私たちは古い慣習に従う必要がある。すなわち、私の家には男子がいないだろう?私には男子を産んでくれる女性が必要なんだ」
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
少女は理解した。
これが貴族の世界なのだ。
衣食住は、何の犠牲もなく、得られないのだ。
その夜、少女は母の寝室を訪れる。
不思議そうな母は、
「どうしたの?顔色が悪いわ」
少女は何も答えられなかった。
母が真実を知ったらどうなるか。
「私の王子様、何か悩みがあるの?」
頬を撫でられた瞬間、少女の心に決意が芽生えた。
この歪んだ家から二人で抜け出さなければならない。
少女は勇気を出して切り出した。
「お母さん、ここから逃げましょう」
母の顔から血の気が引いた。
彼女は突然立ち上がり、震える声で叫んだ。
「嫌よ!嫌!あの生活には戻りたくない!」
その瞬間の彼女の恐怖は本物だった。
幻覚を見るようになった母でも、売春宿での絶望的な日々が心の奥底に刻まれているのだ。
「お願いだから静かにして。このままじゃ私たちは」
「今の生活の何がいけないの?あなたにはわからないのよ!」
彼女は少女の肩を掴み、目に涙を浮かべながら訴えた。
「ご飯はあるのよ?毎日お腹いっぱい食べられるの。あなたにもきちんとした服を買ってもらえる。ここは温かいベッドがあるし、雨風も凌げるわ。あなたが欲しいものは何だって旦那様が買ってくれるわ」
「でもお母さん、お義父様は…」
少女は真実を告げたくはない。
でも、零れ落ちた言葉は、少女の口から一気に吐き出されてしまった。
「お義父様は私に子どもを産めというの」
部屋に沈黙が落ちた。
母の目が大きく見開かれ、次第に表情が緩んだ。
困惑と不思議さが入り混じっている。
彼女は本当に驚いたように言った。
「あら?それのどこが悪いの?」
少女は言葉を失った。
母は首を傾げながら続けた。
「あなたは一人の男性だけを相手にするのよ?怖いことなんてないじゃない。旦那様は優しいし、ちゃんとお金もあるわ。それに…きっと素敵よ。あなただって子どもが欲しくなるわ。だって子どもは宝物ですもの」
母は慈愛に満ちた眼差しで少女を見つめる。
「ね?あなたは私の王子様なのよ。ずっと側にいてくれるでしょう?」
その言葉に込められた純粋な信頼は、少女を窒息させそうだった。
少女は途方に暮れた。
泣き叫びたい気持ちを抑えつけながらも打開策を考え続ける。
なぜなら王子はこの悪夢から姫を助け出さなければならない。




