5 . 女騎士たちの空騒ぎ
朝礼で業務指示を終えた後、副官のセレスティアが近づいてきた。
いつも通り淡々と報告書を渡すだけかと思いきや、今日は妙に落ち着かない様子だった。
「団長、今朝の噂、本当ですの?」
「噂?」
真剣な顔を近づけるセレスティアから、少し距離を置く。
「今朝から城中で囁かれていたんです。『白馬の君』に縁談の話が持ち上がったと」
「…誰から聞いたんだ?」
「厨房の侍女たちが、王子付きの従僕から聞いたと」
どうやら、王女殿下が王子殿下の部屋に前触れもなく訪れ、『わたくしの白馬の王子様を薄汚い男なんかにやるものですか!』などと怒鳴りこんだらしい。
エルヴィラ殿下…。
私は思わず額に手を当てた。
聡明で少し辛辣なところもあるが、茶目っ気もあり、下の者たちにも優しい王女なのだが、どうにも執着されている気がする。
そもそも、この女性だけの白百合騎士団を設立したのも、きっかけは王女殿下と私にあった。
数年前、女性しか入れない中宮に、男性の複数人が侵入し、王族の女性ばかりを暴行しようと計画していたのだ。
私は当時新人騎士として、近衛騎士団に所属していた。
女ということもあり、任せられる仕事は少なかったが、余った時間を訓練に使い、体力的にも余力があった。
だから、見回りの際に内宮からの悲鳴にいち早く駆けつけることができ、王女殿下を逃がしながらも、素人同然の男たちを全て斬り殺した。
素人といえども複数人相手の立ち回りで、王女殿下以下複数人の女性たちもいたという不利な状況では、息の根を止めずに捕縛するほどの技量や余裕を持つことができなかったのは偏に私の実力不足でしかなく、それが悔やまれる。
息の根を止めたことで、誰の手引きか、主謀者、意図は分からずじまいになってしまった。
私はそのことへの処分も覚悟したが、近衛騎士団から何人かの女性騎士を引き抜き、設立された白百合騎士団の団長に襲名された。
それが、エルヴィラ王女殿下のご意向を強く反映されたものだとは噂になっていた。
そして、エルヴィラ王女殿下が私を『白馬の王子様』と呼び始めたのも同時期である。
「それで?」
セレスティアはずいっと私に顔を近づけ、
「本当ですの」
「…見合いの段階だが」
「見合いって、王子殿下の紹介だとしたらほぼほぼ結婚するようなものでしょうに」
呆れたようなセレスティアの物言いだが、その王子殿下からの紹介で、ルパートは3回破談になっているのだから、今回もどうなるかわからない。
ルパートだって、王子殿下に少し気になると打ち明けただけで見合いまで持ちかけられたことに驚いているかも知れない。
「王子殿下からの紹介ということは、既に団長や相手側のご家族にも根回しが済んでいるのでしょう?」
私は言葉を濁した。
男爵家から連絡はない。
あの家を出て、騎士になり、もう何年が経ったろうか。
おそらく、私を死んだものだと思っていただろうに、今回の知らせは驚いただろう。
それとも、やはりどうでも良いことだと処理されたか。
どちらにせよ、あの方達は私に興味などないから、どうなってもいいのだろう。
「やっぱり本当だったんだー!」
「信じられない!あのクラウディア団長が!」
「相手は誰なの?王子様?伯爵様?」
私は執務室の扉を開ける。
すると数人の女騎士たちが、テヘヘと照れ笑いながらも、溜息の吐く私をお構いなく、怒涛の勢いで質問してきた。
その勢いに圧倒されて後ずさると、セレスティアがため息交じりに説明してくれた。
「業務に支障が出るほどの騒ぎですから、本人から説明を受けた方が納得するかと思いましたの」
「だとしても」
「相手はどんな方ですか?!」
「…まだ知らないんだ。アルフレッド殿下からの紹介で会うことになった」
一瞬の沈黙の後、再び黄色い歓声が沸き起こった。
「素敵!」
「王族からの紹介なんて最高じゃない!」
「でも気になる相手が誰かですねぇ」
王子も名前を出していない以上、ここで王国騎士団団長だと言う訳にはいかない。
万が一にも、もしかしたら、ルパートではない可能性だって残っているわけだし。
「でも、団長にわざわざ王子殿下からお声がかかるということは、王子殿下に親しく、未だ独身の男性…」
「そういえば、団長は何を着ていかれるおつもりですか?」
「え?」
「だって見合いですよ?普通はドレスじゃないですか?」
周囲の女騎士たちが一斉にこちらを見つめ、私は内心で冷や汗をかきながら答えた。
「私は普段通りの騎士服で」
「ちょっとお待ちください!」
セレスティアが珍しく声を荒げた。
「冗談ですよね?まさか王国随一の女騎士団長が見合いの席に鎧で臨むつもりなのですか?」
「いや、さすがに鎧は脱ぐけど…」
「鎧だけ脱いだ普段の格好で行こうとしていたんですの?」
セレスティアが私の腕をつかむ。
「あり得ません!絶対に許されません!」
「でも、私は騎士として」
「団長の美しい銀髪も白い肌も、すべてを引き立てる装いが必要です!」
「そうだ、私達が選びましょうよ!」
「街一番の店に予約を入れましょう」
「髪飾りも新調しないといけないわ」
ちょ、ちょっと待ってくれ!?
私を置いて話を進めないでくれないか!?
「何をおっしゃいます!相手の方にも失礼ですわ!ましてや王族からの縁談なのですから、正式な服装で臨むべきです」
セレスティアたちの勢いにのまれそうになるのを堪えて、なんとか私は言葉を紡ぐ。
「でも私は」
「決まりですね!今すぐ街へ行きましょう!ちょうど城下町に新しい洋装店ができたんですよ!」
「団長の背丈と体型に合うドレスを選ばなければ」
「白が良いわね。清楚なイメージを活かすなら」
「でも髪色を考慮すると銀糸をあしらったものもいいわ」
無理だ。
怒涛のように繰り広げられる会話に、私は完全に置いてけぼりを食らった。
普段は冷静沈着な女騎士団員たちは、恋愛話と装い事になると火がついたようになるのだ。
「ま、待ってくれ!今日の夜警の勤務だってある」
「すでに手配済みです。明日の午前中まで団長の休暇届が出しました」
「…いつの間に?」
あまりの用意周到さに顔が引きつる。
「団長」
セレスティアが真面目な顔で私の目を見た。
「私たちは団長の幸せを願っているんです。いつも私たち騎士団のために、他の騎士たちや敵意のある相手からの苦情を一身に受け、精神的にも肉体的にも、騎士であるはずの私たちを守ってくれているでしょう?だから、幸せになってください。そのためなら、私は何だってしますわ」
セレスティア、いや、みんな。
思わず胸が熱くなったが、私の幸せを考えてくれるならもう少し私の意見も聞いてほしいところなんだけど。
「だって、団長は放っておいたら、他人のことばかり構って、いつも自分のことは投げ捨ててるじゃないですか」
「だから、無駄な抵抗はやめて、さあ、参りますよ」




