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白馬の王子様と呼ばれる女騎士は、熊団長に恋してる  作者: 御仕舞


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4 . 見合いの申し込み






 ルパートとのあの一夜以来、私は自分でも驚くほど冷静を保てていた。

ルパートとの接触がもともと少ないのも幸いした。

彼らの担当区域と私たちの管轄は重ならない。

城壁外の巡回や要人の護衛など、王国騎士団が担う野外任務は私たちの領分とほとんど交錯しないのだ。

訓練場でも、たまたま鉢合わせることがあるが、そちらも団員たちとのやりとりで話しかける暇もない。



「団長!」



 副官のセレスティアが書類を持って駆け寄ってきた。

今日も金色の髪を後ろでまとめ、白銀の軽鎧に身を包んだ凛々しい姿だ。



「報告書をお持ちしましたわ」

「ありがとう」



 私は微笑んで書類を受け取った。

だけれどセレスティアは、書類が本題ではないようだった。



「何かご心配事でも?」



 彼女の鋭い観察眼に内心舌を巻く。

それでも表面上は動揺を見せず、書類を確認していく。



「いや、特にないよ」

「そうでしょうか?先週あたりから時々何かを悩まれているようにお見受けしますわ」

「気のせいだと思うが、そうだな、少し疲れが溜まったのかもしれないな」



 副官が納得していない表情を浮かべているのが横目に見えたが、それ以上追及することはない。

セレスティアが一礼し立ち去るのを見送ると、執務室には再び静寂が訪れた。

書類を机に置き、窓際に歩み寄る。

中庭では若手騎士たちが模擬戦を行っており、木剣がぶつかる乾いた音が時折聞こえてくる。


 その音に紛れていたが、扉をノックする音が聞こえた。

私は反射的に背筋を伸ばし、振り返る。

扉がゆっくりと開き、白い儀礼服に身を包んだ人影が現れた。

アルフレッド王子殿下。

歩み寄る姿は優雅そのもので、見るものを圧倒させる力があった。



「失礼するよ」



 王子は穏やかな笑みを浮かべ、軽く手を挙げた。

彼の背後には女官長が控え、続いてセレスティアが畏まって一礼している。

咄嗟に騎士の礼をとる私に、王子は片手で制した。



「楽にしてくれ。今日は公式訪問ではない」



 彼は窓際まで歩み寄り、中庭の模擬戦を眺めながら言った。



「実はね、クラウディアに特別な提案があって来たんだ」

「提案、ですか?」

「ああ。見合いをしてみないかと思ってね」



 何でもないようにサラッと言われた一言に、思考が停止した。

今日は晴れだね、と言ったのを聞き間違えたのかもしれない。



「はい、今日は晴天なので模擬戦を行っております」

「ん?模擬戦?うーん、確かに熱心に行っているようだ。それで、見合いの話なんだけど」

「見合いとは、あの剣を見せ合う?」

「何の話?僕がわざわざ剣を見せ合うために来たと思うの?そんなこと聞いたこともしたこともないけど?どうしたの?疲れてる?お見合いする?」



 見合い?!

見合いって、あの、見合い?!

驚きで言葉が喉に突っかかる。

心臓が不規則に跳ねるのを感じながら、なんとか平静を装おうとする。

大体王子がなぜ突然そんな話を持ち出すのか。



「失礼ながら…私がですか?」

「君のような才能ある騎士に相応しい男性を、僕が選んだんだ。ただ王族の命令ではなく、あくまで提案だ。強制はしない」



 命令もできる立場である王子が、わざわざ私に選択肢を与えたことに感謝すべきだろうか。

だが私はお見合いに乗り気ではないし、誰かと結婚どころか婚約すら考えていないというのに。



「王子殿下のご厚意に感謝いたします。ですが、相手がどなたか存じ上げませんが、私には騎士としての責務がありますゆえ」

「責務を果たすことと婚姻は両立できるはずだよ。君ほどの才覚と美しさを兼ね備えた女性が独身でいるのは王国全体の損失だ」

「美しさ?はともかく」

「謙遜は必要ない。僕の見る限り、相手も君のことを相当気に入っているようだしね」

「…相手とは?」



 気に入っている、に心臓が早鐘を打つのを感じた。

私を気に入る異性などいない。

だけど、もしかしたら、と先日のやり取りを思い出してしまう。

気に入っているとは思えないけど、あの件でもしかしたら少しでも私のことを意識してくれたのではないか。

自分に好意を抱いている異性がいると、どんな相手でも気になってきてしまうだろう。

ましてや私たちはどちらも独身であるのだし。


 そこまで浮かれた頭で期待して、でも。

だけど、状況が条件が過去が生まれが、現実が浮かれた身体にのしかかる。

相手がそうだとしても困るのは自分なのに。



「それは秘密」



 王子は意味ありげに笑った。

その青い瞳が悪戯っぽく輝いている。



「だが安心してほしい。彼は君と同じく騎士道精神を重んじる人物だ」



 騎士団の誰か。

誰であっても同じことなのに、彼である可能性を無意識に探している自分が嫌になる。



「君たちの相性は良いと思ってね。だけど、実は提案してきたのは向こうなんだ。見合いをしたいと僕から君に伝えてほしいと」



 王子にお願い事のできる人物で、騎士という条件に当てはまる人間は大分絞られる。

ルパートは殿下と幼少の頃からの付き合いだ。


 だとしたら、と、でも、を繰り返す。

私は卑しい身の上で、本来なら目にすら入れてもらえないはずなのに、烏滸がましくもルパートの見合い相手の俎上にまで上りつめた嬉しさと、だけれどそれに値せず、ここまで上りつめても結局何も得られはしないことに対してやりきれない悲しみを感じた。

結局、断る羽目になるのが、心苦しかった。



「どうやら彼は君にご執心なようだ。王子の僕を利用してでも、見合いを取り付けたいと見える。王子である僕から伝えれば、強制力はないと話しても、君なら受けるだろうって判断だろうね」



 王子は意味深な視線を送ってくる。

その青い瞳は、まるで私の思考を透視するかのように鋭い。



「私には勿体無いお申し出ですが、身分不相応に感じます」



 思わず本音が出てしまった。

王子は驚愕で少し目を見開き、



「びっくりした、断るの」

「私の身の上には値しない話かと」

「身分など些細な問題だよ?彼はそんなこと気にしない」



 あなたのその衣装も食事も王家の責任も仕事も、良くも悪くも、あなたの身分から発生するものなのに?

人々の思考と文化社会を築いている徹底的な身分社会国家で、気にしないで生きていくことができると?


 公爵家次男と男爵家の養女。

婚姻における身分の壁は、騎士道の理念とは無関係に社会を支配する不文律だ。

王子はそんな私の葛藤に気付いているのかいないのか、優雅に頷いた。



「考えてもみてくれ。彼の名声はすでに確固たるものだ。政治的に有利にだの、政略結婚を気にする必要もない。それに、王族が認めた女騎士団長との結びつきは、彼の地位を盤石にする助けにもなる。それに、彼は権威より実力を重んじる男だ。君が騎士として積み重ねた功績こそ、彼が惹かれた所以ではないかな?」



 上滑りしていく言葉。

功績だけで婚約ができたら、この身分社会はとっくのとうに崩壊している。

それに、王女殿下肝いりの女性騎士団ですら、卑しい職と言われているのだ。

結婚の腰掛け、と言うのは穏やかな方で、男騎士に近付きたいから入団しただの、全員王家男性のお手付きだと嫌悪する者もいる。


 おままごとの女騎士団で、白馬の王子様を気取っている道化。

それが貴族社会での私の立ち位置だ。

果たして、そんな私が騎士としての彼を支えることができるものか。



「一度会うだけ。ただ話してみるだけでもいい」



 それでも、王子にここまで言われて、否定することもできない。



「…わかりました。ただ、最後に一つだけ伺いたいのですが」

「なんだい?」

「王女殿下にはお伝えしたのですか」

「あー」



 私の言葉に王子の表情が歪んだ。



「エルヴィラ王女殿下は私のことを特別に気にかけてくださっていますから、彼女を傷つけるような行動は取れません」



 王子は大きなため息をついた。

その端正な顔に苛立ちが浮かぶ。



「まったく、我が妹ながら厄介な…」

「王子殿下?」

「いや、なんでもない」



 王子は咳払いをした。



「もちろん大丈夫だ、そうに決まってる、任せてくれ」



 早口でまくし立てられると不安が残るが、王子殿下は、「では詳細は後日改めて」と踵を返す。



「クラウディア、何も恐れることはない。これは良い縁談だ。王国の将来のためにも」



 王子は振り返り、意味深な笑みを浮かべた。



「僕は君の幸せを心から願っているんだ」



 王子は優雅に去っていった。

残された私は窓辺に立ち尽くしたまま。

王子殿下にどうやら随分心を許してもらっているらしい。

アルフレッド王子やエルヴィラ王女は、計算高く、桁違いに頭が良い割に、素直で優しい人たちなのだ。

道化の私を、本気で認めてくれているのがその証拠だ。

だから、昔から慕っているルパートの願いを、忙しい政務の中を縫って、私に見合い話を持ってきた。

そういう、王子たちの純粋さにも似たひたむきさに、救われる面もあるのだ。


 それに、誰に何を言われても、結局は見合いは成功しないのだから、話を聞くだけならいいか。

私は少し前向きに気持ちを向き直した。








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