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白馬の王子様と呼ばれる女騎士は、熊団長に恋してる  作者: 御仕舞


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3 . 私ではダメ





 その日の夜、私は王宮内の書庫で資料を調べていた。

先ほどの出来事が頭から離れず、集中できずにいたのだが、それでも仕事に没頭することで気を紛らせようとしていた。



「白百合の騎士団長殿」



 背後からの声に振り向くと、そこにはルパート本人が立っていた。

黒い制服に身を包んだ彼は、昼間とは打って変わって神妙な表情をしている。

私は驚きを隠せなかった。



「何か御用でしょうか?」

「いや、遅くまで灯りがついてるのが気になってな、ちょっと通りがかっただけだ」



 彼は腕を組み、本棚にもたれかかった。

その大きな体格ゆえに、ただ立っているだけでも圧倒的な存在感がある。

だが、育ちの良さは隠しきれない。

平民の多い王国騎士団で、忖度なく実力で勝ち取った団長ではあるが、彼は私と違い、尊い貴族様の血が流れている。

本当に私たちは違いすぎる。



「こんな夜まで資料を読んでいるとは仕事熱心だな」

「いえ、私は…」

「そういう真面目さと謙虚さが好かれるのだろうな」



 私は思わず、顔を上げ、まじまじと彼の顔を見つめてしまう。

彼は頭を掻いた。



「俺のフラれ話を殿下たちが面白おかしく話してただろう?お前さんが俺を庇ったとも聞いたぜ、気を使わせちまって悪かったな」

「いいえ…その…あのような場での発言は、殿下たち独自の冗談でして」

「わかっているさ、フラれてばかりなのは本当だしな。お前さんも大変だな。あんな風に巻き込まれて」



 彼は書庫を出ようと扉に向かった。

その背中に向かって、私は思わず言葉を投げかけた。



「殿下たちも国民も、あなたの幸せな未来を望んでいるのです。かの戦争時のご活躍で、英雄として名を馳せたあなたが、誰よりも幸せになっていいはずです」



 彼の巨体がぴたりと止まり、ゆっくりと振り返る。月明かりが窓から差し込み、彼の精悍な横顔を照らし出していた。



「…俺みたいな奴にそんなものが訪れるのかね。ありがとう、白馬の王子殿」



 彼は皮肉混じりの微笑を浮かべた。

その言葉に含まれた自嘲の響きに、私は胸が締め付けられる。

私は見過ごすことができず、彼のもとへ歩み寄った。



「ルパート殿、私はあなたのことを尊敬しています。女性としての本音を言えば、あなたのような強くて優しい男性は、誰にも負けない魅力があると思います」



 彼は真顔になり、真剣な眼差しで私を見つめた。

そして静かに言った。



「お前さんなら、俺みたいな男と結婚したいと思うか?」



 その問いに、私は言葉を失った。

予想もしなかった直接的な質問に、頭の中が真っ白になる。



「それは…」

「冗談だよ」



 彼が笑い出したことで、張り詰めていた糸が切れたかのように息を吐き出す。



「お前さんみたいな美人に頷かれたら、俺は腰を抜かすところだったぜ」



 美人?それは私のことか?

体中傷だらけで、女としての価値は全くない、家族にすら愛されないこの私が?

誰かを守りたくて、自分の価値だけを示したくて、愛されたくて、皆の望む高尚な女騎士を演じているだけの滑稽な道化の私?

誰もが望む理想の王子様にも、あなたが好む女性にもなれない欠陥品の私が、あなたを好きなことすらおこがましいのに、それでも愚かにあなたを慕う様はただただ醜い。


 全身に刻まれた古い傷。

厚く硬くなった掌の皮。

体を見下ろしてもとても女性らしいとは言えない。



「ルパート殿、私は…」



 言葉を継げないまま、視線を落とした。

床板の節目を無意識に数えながら、思考が絡まっていく。


 彼の好む女性は可憐で、守られるべき存在。

一方私は、泥と汗にまみれて剣を振るい、血と土で汚れた女騎士。

泥水を啜った過去も、母からの拒絶も、自分の弱さも、あなたに隠していることはたくさんある。

そんな私が、公爵家の次男であるルパート様と対等に口をきくのも烏滸がましいのに、彼は男爵家の養子相手でも、平民でも貴族でも関係ないとばかりに人間扱いしてくれるから、勘違いしてしまいそうになるのだ。


 ルパートが硬直した私を横目にため息を吐いて苦笑した。



「困らせてすまん。やはり俺のような野獣には、白百合の花は似合わんな」


 

 彼の自嘲に満ちた声音に、胸が痛んだ。

彼はいつもそうやって自分を貶める。

王国最強の称号を持つ者が、なぜこんなにも自分に厳しいのか。

私は顔を上げた。

彼の琥珀色の瞳が、月明かりに照らされて揺れている。



「ルパート殿、私はあなたの強さが羨ましいです」

「強さ?」

「ええ。あなたの剣の腕、信念、仲間への忠誠。それら全てが私の目標です。騎士として憧れます」

「つまり、俺はどうやら嫌われていないようだな」



 彼は肩を竦めながら、にやりと笑った。



「女騎士団の連中には『野蛮人』だの『熊団長』だの言われっぱなしだったからな」



 一瞬戸惑ったが、これが彼の本来の調子だと思い出した。

重苦しい話題を冗談で流そうとするのは彼の処世術なのだろう。

私は言葉を探した。



「確かに団員の中には偏見を持つ者もいますが、それは」

「わかっている」



 彼は私の言葉を遮った。



「『王国騎士団は野蛮だ』『実力主義の平民集団』『品位に欠ける』。どれも団員たちが耳にタコができるほど聞かされた台詞だよ。だがお前は違う」



 彼は真っ直ぐに私の目を見据えた。



「偏見なく俺たちを見るのは、お前が騎士を体現してるからだ。騎士は命を懸けて戦う。そこには性別も出自も関係ない。ただ、剣技と覚悟だけがすべてだ」



 それは今まで何度も浴びてきた偏見や嘲笑とは次元の違う、純粋な評価だった。

女のままごとだと言われ、自分でもルパートの真似事でしかないと思っている私にとっては過大評価に思えたけれど、王国最強の騎士団長から直接与えられた言葉だからこそ、その過大さが誇らしく思える。

頬が熱くなるのを感じた。



「…ありがとうございます」



 ようやく絞り出した言葉は小さく震えていた。

彼は書棚に肘をつき、大きな身体を少し前かがみにすると、まるで秘密を打ち明けるように囁いた。

その囁きに、身体がとろけるのと同時にピクリと震える。



「式典でのあの剣舞も美しかった」



 予想外の言葉に息が詰まる。

先日行われた式典で披露した女騎士団の剣舞のことだ。

伝統的な型とはいえ、ルパートに認められた。

彼の瞳が今まで以上に柔らかく揺れている。

心臓の鼓動が体中から聞こえてくる。



「思わず見惚れちまった。…おっと、なんだか口説文句みたいになっちまったな。口説いてるつもりないんだが」

「大丈夫です、わかっています。私はあなたの好む女性ではありませんから」



 言ってから、私は即座に口を押さえた。

思わず口走った言葉は、すねた子どものような物言いで、自分の意志とは無関係に溢れ出たかのようだった。

彼の目が大きく見開かれているのが視界に入る。

言わなくてもいいことを言ってしまった。



「どうした?」



 ルパートの声が困惑を含んでいる。



「あ…その…」

 


 頭の中が真っ白になった。

違う、違う、違う、言いたいのはそうじゃない。

でももう遅い。

なぜこんなことを口にしたのか自分でもわからない。

ただ反射的に、飛び出してしまったのだ。

どうか気付きませんように、祈るが、残酷にも誰にも祈りは届かない。



「あーその、勘違いだったら謝るんだが、それだとお前さんが俺の好みの女性になりたいみたいに聞こえるぞ?」



 ルパートの言葉が鋭い針のように胸に突き刺さった。

顔が火照るのが自分でわかる。

血が一気に頭に昇り、頬が燃えるように熱くなる。

指先まで震え始めた。



「ち、違います!そうじゃなくて」



 否定しようと顔を上げた瞬間、ルパートの驚いた表情が目に入る。

彼は明らかに困惑していた。

そして私の真っ赤な顔を見て、さらに当惑したようだった。


間違えた、間違えた!!


瞬時に悟った私は、反射的に顔を伏せた。

見られたくない。

こんな醜態を晒したくなかった。

全身が羞恥で熱くなり、思考が混乱していく。


何か言おうとしても言葉にならない。

自分が何をしたいのかさえわからないまま、私は咄嗟に背を向けた。

これ以上顔を見られたくない。



 背後でルパートが小さく息を呑む音がした。



「クラウディア」



 優しく呼ばれる自分の名前に、心臓が強く鼓動した。



「大丈夫か?」

「大丈夫です」



 声は震えている。



「つまり、お前の言いたかったことは」

「違うんです!」



 言葉が途切れる。

何を言えばいいのかわからない。

この場から逃げ出したいという衝動が全身を支配する。

女騎士団長としての威厳も矜持も、今は跡形もなく崩れ落ちていた。



「わかった」



 ルパートの声には温かみがあった。



「落ち着くまで待つ」



 沈黙が流れる。

書庫の外から聞こえる遠い足音だけが空間を満たす。

やがて私はゆっくりと呼吸を整え始めた。

そして、



「すみません!」



 やっぱり無理だと、私は出口へ向かって駆け出していた。

廊下に出ると足がもつれるように早歩きになり、次第に全力疾走に変わる。



「お、おい!?」



 背後からルパートの声が追いかけてきたが、振り返ることはできなかった。

女騎士団長としての威厳も、白馬の王子様としての演技も、全部剥ぎ取られたような気がした。

石畳の廊下を疾走し、曲がり角を曲がる直前に、



「待て、クラウディア!」



 ルパートの叫びが響いたが、私は足を止めなかった。

階段を駆け上がり、人気のない回廊まで辿り着いたところで、ようやく足を緩めた。

壁にもたれかかりながら、荒い呼吸を整えようとする。

頬の熱さは引かない。

自分が何を言ったのか思い出そうとしても、頭の中は混乱して整理できない。



「…最低だ」







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