10 . 罪人は誰なのか
気づくと私は王宮の一室にいた。
簡素だが清潔なベッドに横たわり、ルパートが傍らに座っている。
「起きたか?体調は?」
「…大丈夫です」
掠れた声で答えると、彼は立ち上がり水差しを手に戻ってきた。
「飲めるか?」
私は首を振った。
まだ頭が働かず、指先ひとつ動かすのも億劫だった。
ルパートは微かに眉を寄せたが、無理強いはしなかった。
代わりに彼は私の額に手を当てる。
「熱はないな」
落ち着き払った様子で、ルパートは気遣うような目で、じっと私を見つめている。
「王女殿下は?」
声がかすれていた。
喉が焼けるように痛む。
ルパートの眉が僅かに動いた。
「心配いらん。お前さんが戦っている最中に護衛隊が保護した。今は王宮医師の診察を受けている」
安堵の息が漏れると同時に胸が疼いた。
「誰よりも勇敢だったと報告を受けている。お前さんの闘いを見て卒倒するどころか激励までしていたそうだ」
気丈な方だ。
私とは違い、戦う術を持たないのに。
これが王族の器なのだろうか。
私は疲労で震える手をゆっくり閉じたり開いたりする。
いくら相手が素人だろうと、女の身で複数人を相手にするのは容易ではない。
だから私は体の制御を意識的に外し、普段は抑えられている力や痛覚を取り外した。
その反動で戦闘後は使うものにならないから、指揮官としても騎士としても使い勝手が悪く、多用できるものではないが。
「だが、クラウディア、王女殿下も重要だが、お前さん自身の命も同じだけ大切だということを理解してくれ。あの状況で一人で集団を相手取るなど無謀だ」
私の命が王女殿下と同価値?
ルパートは優しい。誰にでも平等だ。
だから卑しい身分の私が、ルパートや王族の方々と同じだけの価値があると思い込んでしまう。
そんな訳はない。
私は死んだっていい。
「今何を考えた」
鋭い視線が射抜くように、彼の声には怒りが混じっている。
「お前さんは自尊心や自己評価が低すぎる。お前さんが生きていなければ、今日の王女殿下も救えなかった。だから誓え。もう二度と自分を無価値だと思わないと」
長い沈黙。
ベッドの端に置かれた私の手に、ルパートの大きな手がそっと重ねられた。
温かく、力強い手。
だから、ルパートに嘘を吐くことはできなかった。
誓うことはできない。
ルパートだって知っているはずなのに。
あの男を殺せなかった時点で、私はルパートにいつ斬り殺されてもおかしくはないのだから。
扉をノックする乾いた音が静寂を破った。
ルパートが即座に反応し、椅子から立ち上がる。
「誰だ?」
返答を待たず、扉が開く。
アルフレッド殿下が、笑みをたたえて、足を踏み入れた。
「目が覚めたと聞いてね」
王子の視線がベッドに横たわる私に向けられると、その碧眼が微かに曇った。
ルパートがすかさず一歩前に出る。
「殿下、クラウディアはまだ回復途中です。この状態では」
言葉を遮るように王子は手を挙げた。
「少しだけだ。これ以上犯人の処遇を遅らせるわけにはいかなくてね。叩き起こさなかっただけ、譲歩したと考えてほしい」
「ですが」
「それに君の立場もある、王国騎士団団長殿。聞きたいことがあったのは貴公もだろう」
ルパートの琥珀色の瞳が心配そうに揺れている。
私はゆっくりと首を縦に振った。
「私は大丈夫です」
私の声は掠れていたが、意志は固かった。
ここで中断させるわけにはいかない。
ルパートは躊躇いながらも一礼し、ベッドの反対側に控えた。
殿下は窓際まで歩み寄り、振り返って私たちを見下ろす。
「まず報告からしよう。王女殿下の健康状態は良好だ。全て君のおかげだ、クラウディア」
頭を下げようとして、王子が右手を軽く上げて制止した。
「そして、今回の襲撃だが、我々の情報網で把握していた計画と一致していた。実は二日前から王女殿下の動向を流す作戦を展開していた」
「…最初から罠だったのですか?」
「そうだ。だがエルヴィラは許してやってくれ。エルヴィラは君の潔白を証明しようとしている、今も。実行犯たちを殺しているのだから、確かに白だとも言えるだろう。だけど、僕たちに恩を売るためと考えることもできる。クラウディア、君に聞きたいのは一つだ。6年前のあの事件の日、君の巡回の道順は確かに、数少ない女性騎士として内宮があてがわれていた。だが、滞在時間が長く、本来なら交代しているはずの時間だったね。なぜ滞在時間が延びたのか。彼らを招き入れたのは君か?」
感情を一つも表に出さず、冷静に問題に対処する姿は、次代の王に相応しい。
私のような、名ばかりの王子ではなく、本当の王子のようだ。
ああ、だけど私が男であれば。
私が男であれば、同じような教育を受け、同じような環境に入れば、本当の王子になり得たのだろうか?
「先日生き残り、拷問にかけるまえに男は白状したんだ。もちろん、疑わしい点もあるから、白状した後も丁寧に拷問してあげたが」
彼は優しく微笑んだ。
その笑みは確かに彼女に似ていた。
「エレノア・ハーロン、君の母上が首謀者だね」
「…いいえ、アルフレッド殿下、彼女はあなたの母親です」




