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白馬の王子様と呼ばれる女騎士は、熊団長に恋してる  作者: 御仕舞


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9 . 羨望と渇望と失望と







「ルパート団長?」



 黒い軍服の背中に靡く赤いマント。

そして、黒い騎馬の上で、あの圧倒的な存在感。

時間の流れが遅くなったかのように、ルパートの姿が克明に目に映る。

彼の顔には紛れもない安堵の色があり、それでいて、鋭い双眸は私の全身、特に血濡れのドレスと足元の惨状に、僅かな苦渋の色を滲ませていた。


 馬を急停止させ、ルパートは即座に飛び降りた。

彼の足音が地面を強く踏みしめる。

一瞬の迷いもなく、私に近づく。



「クラウディア、怪我はないか?」

「返り血ですから、大丈夫です。それより、申し訳ありません。追加の敵が来た場合を想定して、捕虜にすることよりも、殿下をお守りすることが最優先だと判断し、不逞の輩を取り押さえる事が出来ませんでした。これも私の力量不足の責任です」



 謝罪しながらも、私は残った残党の一人の首筋から剣を動かさないまま、どうしようか考えた。

未だ突きつけられた刃に怯え、死の恐怖を前に歯を鳴らし、尿を漏らした男を見下ろす。

今暴れてくれたら大義名分ができるのに、と男を蹴ってみようかと考えて…ルパートの険しい表情を見て、やめる。

もう暴れる元気はないようなのが、残念だ。

観念するしかない。



 ルパートは、男の首をなでる長剣を私の手から奪うと、男の首筋に素早く手刀を叩き込んだ。

崩れ落ちる男の体を担ぎ上げたのは、ルパートから遅れて付いてきた王国騎士団の団員たち。

その中には先日団員たちと一触即発になったギデオンもいる。

私の視線に気付いたのか、顔を青ざめ、うつむくギデオン。

王国騎士団の方が死体を見慣れてると思うのだが、慣れてるとはいえ、死体の処理は憂鬱になるものだ。



 ルパートは無言で周囲を見渡した。

血に濡れた地面、折れた武器、そして、恐怖に歪んだままの男たちの遺体。

やがて、彼はゆっくりと頷いた。



「よくぞ、王女殿下を守ってくれた。お前さんの勇気と武功は賞賛に値する」



 胸が熱くなる。

嬉しい嬉しい嬉しい!

私は、姫を守れたのだ!

それをルパートが認めてくれている!

多幸感に頬が赤くなり、頭は熱に浮かされる。



「いいかおめえら!周囲の捜索及び残党の捕縛を始めろ!」



 ルパートの指示に、部下たちが即座に動き出す。

その完璧な統率ぶり、冷静な判断力とリーダーシップは、まさに私の憧れる騎士としての最高峰。

彼のような理想を追いかけて、私は騎士を目指した。

今も彼に少しでも近付こうと、鍛錬に明け暮れている。

だけど、それでも私は、聞かなければならない。

笑いながら、



「でも、ルパート団長、どうしてここにいるのでしょうか?」



 血塗れの手は、手持ち無沙汰で、私は周囲をちらりと見回す。



「ここは見合いには不釣り合いの場所ですよ」



 ルパートの真剣な眼差しに、彼の美しい琥珀色の中に、熱に浮かされた私が映りこむ。

本当に、見惚れるほどに美しい私の神様。

あなたの心根の強さ、どんなに醜いものへも与える優しさが、どれほどの人を救ってきたのか。

貴方にはわからない。

存在するだけで私の弱さを突き付けて、私をハリボテの王子だと断罪する無自覚な処刑人。



「…王女殿下が別荘へ向かうと言い、既に出立したと知らせが来て」

「だとしたらあまりにも早すぎます。ここは、別荘地ですらないのに」

「あの馬車は目立つ。目撃情報はいくらでもある」

「人気のない山道なのに?」

「…クラウディア、何を言いたい?」

「囮にしましたね」



 王女殿下の襲撃計画をいつから知っていたかはわからない。

大体、王女殿下の馬車に全く護衛がいないのもおかしい。

世間知らずの王女様が、護衛を撒いて、私に会いに来る?

そんな御伽噺があるわけないでしょう。

最初から、私たちが知らないところに護衛はついてきていたのだ。

王女殿下を狙う襲撃者を誘うため、遠くから見守っていたんだろう。

アルフレッド殿下の計画か。



 この見合いすら仕組まれていた。



「…王女殿下が自ら志願なさったことだ」



 私は思わず俯いた。

抑えきれない口角と腹の底から溢れる笑い声。

なんてお転婆なお姫様なのだろう。

王女殿下ならすぐに殺されない確信があったのだろう。

なら、私は?



「クラウディア、詳しい話は王宮で」

「見てください団長、美しいドレスでしょう?このドレスはあなたのために仕立てたんです。ですが二度ときれない」

「クラウディア」

「団長、この縁談は破談ですね。あなたの縁談の破談数を無駄に増やしただけでした。また噂になるんでしょうか。やはり、最初から見合いすら断ればよかった。私の判断が甘かった。信用もできないこんな私が少しだけ夢を見たばかりに」

「クラウディア!」

「私の判断の甘さが皆を不幸にする」



 私を見下ろすルパートの目は、同情だろうか。

ルパートの手が肩に触れた瞬間、体が少し震えた。

血と汗で濡れた肌は冷たかった。

返り血と土埃にまみれ、華やかなドレスは破れ、両手は生々しい血で染まっている。

触れてもらう価値などあるのだろうか。



「…汚れてしまいますよ」



 掠れた声で呟いたが、ルパートの手は離れない。

むしろより強く肩を抱き寄せた。



「俺のことを責めていい。だが、自分のことは責めるな。お前さんはよくやった。無茶をしたことは心配だが、勇敢に守り抜いた」



 低い声に混じる怒りと哀しみが胸を締めつける。

言いかけた言葉を遮るようにルパートの指が私の唇に触れた。

その指先が、顔についた血の跡も親指で優しく拭う。



「お前さんの働きには報いる。まずは休め。体を休めてから、お前さんが聞きたがっている全てを説明する。もちろん、王子殿下にも許可を得ている」



 ルパートの腕が私の背中に回り、しっかりと抱きしめた。

血と汗と埃で汚れたこの体を躊躇うことなく抱きしめる彼に、言葉では言い表せない感情が込み上げてくる。

彼の体温が震えを和らげていく。

張り詰めていた緊張の糸が切れそうになる。



「馬車に行くぞ」



 私はゆっくりと彼の胸に額を預けた。

返り血のついた顔を彼の清潔な制服に押し付けることに抵抗を感じたが、彼の腕が強く私を抱き寄せるので抵抗できなかった。

安堵からか気が抜け、張り詰めた糸が切れたかのように、体に力の入らなくなった私を抱き上げ、ルパートは馬車まで運んでくれた。

今だけ、どうせ今だけだから。



「無茶をしすぎだ」



 馬車内は静かだった。

血臭と獣の臭いが混じり合い、吐き気を催すほどの重苦しさ。

その中心にルパートは私を座らせた。

そして、ルパートの肩に見を預けるように寄りかからせる。

その大きな手が優しく私の前髪をかき分けた。



「王女殿下には先に戻ってもらっている。だから、ここには俺とお前さんだけだ。気をはらなくていい」



 既に意識はほとんどなく、頭を撫でられる優しく無骨な手の暖かさや、馬車の振動で、私はウトウトと眠りについていた。

それからの記憶はない。


 




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