5話 赤い軽自動車
都内のビル管理会社の派遣警備員、君野信一は、人気の少ない閑静な住宅街を赤い軽自動車で走らせていた。
鼻歌交じりにハンドルを握りながら、信号もない一本道を進む。
「今日はついてるな」
今日は久々にパチンコで勝てた。
家に帰ったら缶ビールとチーズで勝利の余韻を楽しもう。
そのように帰宅後の行動に思いを馳せた直後、エンジンが不自然な音を立てた。
軽い振動のあと、アクセルを踏んでも速度が上がらなくなった。
「……またかよ」
君野信一は路肩に車を寄せ、ため息をついた。
この愛用の赤い軽自動車は、昔から調子が悪い。
先日部品交換して直したばかりのはずだったが、どうやら機嫌は直っていないらしい。
ボンネットを開けても、何が悪いのかは分からなかった。
君野信一は頭を掻き、周囲を見回した。
その時だった。
道路の向こうから、三人ほどの人影が歩いてくるのが見えた。
年齢も性別もよく分からない。
ただ、歩き方がどこかぎこちない。
関節の連動を無視したような、奇妙にカクカクとした足取りだった。
「おーい」
君野信一は手を振った。
「君たち、悪いんだけどさ、車が止まっちまって。
ちょっと押すの、手伝ってもらえないか?」
三人は答えなかった。
それでも、ゆっくりと近づいてくる。
「……ねぇ、聞こえてる?」
君野信一は苦笑いを浮かべた。
さすがに赤の他人に対し都合良すぎたか、と思い、躊躇しつつも、レッカー車を呼ぶ手間とコストを両天秤にかけた。
君野信一は財布から、さっきの勝ち分の札を数枚抜き、ひらひらと掲げた。
「これで良いだろ?
ちょっと手伝ってくれよ」
三人は、車のすぐそばまで来た。
近くで見ると、顔色が妙に悪い。
次の瞬間、そのうちの一人が君野信一の腕を強く掴んだ。
「え?」
言葉を発する間もなく、別の一人が肩に噛みついた。
激しい痛みが走る。
「痛たた! 痛い! 痛い! ちょ、ちょっと、何して……」
残りの一人が、無言で君野信一を押し倒す。
「は、離せ!
離して……
……だ、誰か!」
助けを呼ぼうとしたが、次に喉から出たのは掠れた息だけだった。
君野信一の喉が男にガブリと噛みつかれていたからだ。
視界の端で、赤い軽自動車が傾いて見える。
誰も来ない道路に、信一の声は響かなかった。
やがて、動くものは何もなくなった。
赤い軽自動車だけが、路肩に取り残されていた。
ドアは半開きのまま、エンジンは止まっている。
バリバリと何かが引き裂かれるような気味の悪い音が夜の道路にこだました。




