4話 父娘の会話
琴美は部屋にいた。
「うん、うん、行けるよ、大丈夫だって、一人で行けるし。
うん、うん、えー、パパは無理っしょ、なんか忙しいみたいだし、何に忙しいのかは知らないけど」
ベッドに寝転び、娘の岸津琴美がスマートフォンで話している。
「入るぞ」
拓真が琴美の部屋に入った。
「あ、切るね、また明日!」
琴美がスマートフォンを置くと拓真から目を逸らした。
拓真が少し迷ってから、黙って琴美の座るベッドの横に腰を下ろした。
「ママか?」
「……」
「明日会うのか?」
琴美は答えない。気まずい空気が流れた。
「おじいちゃんから聞いたぞ。
授業参観で先生から当てられたのに、何も答えなかったって」
「……」
「だめじゃないか、ちゃんと答えないと」
そこまで言ってから、自分でも話の持って行き方がまずかった気がして、拓真は口を止めた。
琴美の反応は無い。
拓真が言葉を選びながら続けた。
「パパだって知っているんだからな。見ていないようで、しっかり琴美を見ているんだぞ。
当てられた問題が分からなかったのか?」
「……」
「まあいい、それより、琴美、明日、誕生日なんだろ?
何か欲しいものとか無いか?」
「…別にいい、ママに買ってもらうから」
「ママに?」
「うん、明日ママに会いに行くの。
USJ行くんだ。
パパは大丈夫だよ?
だって、パパ忙しいでしょ?」
「USJ?
どうやって大阪まで行くんだ?」
「心配しないで良いよ。
私一人で大阪まで行けるし」
「あのなぁ、琴美はまだ小学生だろ?
何かあったらどうするんだ?」
「じゃあパパが連れて行ってくれるの?」
琴美は期待するような目を拓真に向けなかった。
ただ、確認するようにそう言っただけだった。
一緒に行く、という選択肢が一瞬だけ拓真の頭をよぎった。
だが、それを口にする前に、仕事の予定が浮かんだ。
「パパは仕事なんだ、明日は取引先と大事な会議がある」
「ほらね、やっぱり」
そう言って琴美はそっぽを向いた。
その言葉に、怒りも失望もなかった。
最初から分かっていた答えを、なぞっただけの声だった。
拓真が腕を組んで面倒そうに琴美を見た。
すると、窓の外で何かの呻き声が聞こえた。
拓真が窓から外を見る。
「なに? 今の声」
琴美が拓真に尋ねる。
「わからない。けど、どこか、そこら辺の、頭のおかしな連中だろう。
最近は、変な奴だって外にうろついているような世の中だ。
子供が一人で出かけるのは危ない」
「大丈夫だよ」
「とにかく一人はだめだ。おじいちゃんにでも話しておくから」
「……」
琴美はあさっての方向を見たまま返事もしない。
拓真はまたため息をついて部屋を出た。
何を間違えたのかは、拓真には、まだ、分からないままだった。




