3話 小言
「ただいま」
拓真が家に帰った。
祖父の代から続く都内の一軒家は、今夜も妙に静まり返っていた。
「帰ったか、食事なら出来ている」
無骨な父親、岸津智和が答えた。
食卓の上には、不器用ながらも温かいうちに並べられた父の料理があった。
「今日の授業参観はどうだった?」
「まただ、先生に指名されても何も答えん」
「そうか、で、琴美は?」
拓真の問いに智和が黙って人差し指を天井に上げた。
(またか…)
拓真がため息をついた。
拓真が階段を登ろうとした。
「拓真、仕事だけじゃなくて、少しは琴美の心に寄り添ってやれ。
このままじゃあの子は…」
言いかけて、智和は言葉を切り考えた。
「……琴美は、寂しがっているのだろう。
お前の母さんが生きていた頃はな、こういう、お前が寂しがっていた時、何も言わずにお前の横に座っていたものだ」
またその話かと思って拓真が呆れて答えた。
「母さんの話をされても困るよ。
僕は母さんと同じことは出来ないし、あの人が亡くなってから、もう何年も経ってる」
「もう、30年近く前になるか。
お前がまだ高校生だったときの頃だ」
智和はそこで一度、拓真の背中を見つめた。
「お前は、母が亡くなった時も涙一つ流さなかったな」
拓真の脳裏に、柩に入った母親の顔が蘇った。
あの頃は大学受験を控えていて、結果を出そうと必死だった。
悲しくなかったわけではない。
ただ、泣いている親族の中、息子でありながら一人数式を解いていた自分は、周りからしたらかなり奇異に思えただろう。
母親は拓真の合格証を一目見ることなく逝った。
「…琴美は、お前によく似ている。
感情を外に出さんし、肝心なことは、何一つ言わん」
拓真は振り返り、眉をひそめた。
「だからって、どうしろって言うんだ?
生活を成り立たせるには僕が稼がなきゃならないし、僕は、僕なりのやり方で、ちゃんと結果は出している」
階段を上りながら、拓真は父に言った。
「琴美だって、学校ちゃんと行ってるだけマシだろ。
今が本当に仕事の山場で大事な時なんだ。
僕がちゃんとやるから、父さんは自分の役割だけ考えていればいい」
智和はそれ以上何も返事しなかった。
智和一人になった台所は、シンと静まり返っていた。




