2話 冷え切った夫婦の会話
岸津拓真は、帰り道を自家用車で走っていた。
スマートフォンの向こうから、苛立ちを抑えきれない声が聞こえる。
「ねぇ、ちゃんと聞いているの?」
この、いつもの不機嫌な口調。
別居中の妻、理恵子の声色に、拓真は心底嫌気がさしていた。
「ああ、聞いているよ」
面倒そうに拓真が答えた。
「今日の授業参観はちゃんと行ったの?」
目の前の信号が赤になった。拓真がブレーキを踏み、停止線の前で車が止まった。
「いや、今日は親父に行ってもらった」
「なんでよ、祖父じゃなくて、父親の貴方が行くべきでしょう?」
「仕方ないだろ、今仕事で大事な時なんだ」
「貴方っていつもそう、自分のことばっかり。琴美のことなんかまるで何も考えてない」
後ろからクラクションが鳴った。
拓真は無意識にミラーを確認し、舌打ちした。
信号は青になっていた。
「今は琴美も難しい年頃なんだ、それに、僕も今回の案件で、昇進できるかどうかの正念場なんだ。
分かってるだろう?
今運転中なんだ、切るぞ」
「ああ、そう、じゃあ明日はどうするの?」
「明日?」
突然、横断歩道でもない道路を横切るように、拓真の車の前を人が通りかかった。慌てて拓真はハンドルを切った。
寸前のところで轢かずに済んだ。
轢きかかった男は、何事も無いかのように道路を横切った。
(なんだよ、危ないな、酔っ払いか?)
「ねぇ、聞いている?」
「ああ、なんだ?」
「明日は何の日か知ってる? って言ってるの」
「知らないよ、授業参観は今日だろう」
短い沈黙のあと、理恵子が吐き捨てるように言った。
「そう、最低ね、娘の誕生日を忘れるなんて」
拓真が奥歯を噛み締めた。
そして、何も答えられなかった。
「もう貴方はいいわ、私から琴美に電話しておくから」
理恵子は一方的に電話を切った。
理恵子との電話を終えて拓真はため息をついた。
車内に静寂が戻る。
(僕は間違っていない。全ては合理的な判断の上に進んできた道なんだ)
今仕事を外せば、今まで積み上げてきたものが全て無駄になる。
自分に言い聞かせるように、気を取り直して拓真はハンドルを握った。




