1話 取引成立
岸津拓真はパソコンの画面を見据えながらキーボードを打っていた。
ガラス張りの小部屋からは都心の高層ビルが見下ろせた。
机の上には案件資料と高級腕時計、飲みかけのコーヒーカップ。
「白峰部長、いい案だ。君の仕事を是非とも引き継ぎたいと言う会社がある。そう、ジェネラルバンク社だ。そこに話を通しておこう。うん、うん、よし、決まりだな」
電話口の先から安堵と感激の声で何度も感謝の言葉を受けた。
それを聞いて拓真の口元がわずかに歪んだ。
白峰部長からの感激の声を適当に打ち切り、拓真はスマートフォンを机に置いた。
一呼吸おいて、再度スマートフォンを手に取った。
「ああ、緑岡君か?
今来れるか?
うん、よろしく頼む」
2分ほどして、小部屋のドアが開いた。
「岸津マネージャ、お呼びですか?」
部下の緑岡雄二がやって来た。
去年、他社でのコンサル経験を買われて中途採用で入社した、忠実で人当たりの良い男だ。
「ああ、例の件だが、スカイウォード社はジェネラルバンクに任せることにした。早速繋いでくれ」
「え? ジェネラルバンク? でも、あそこは、不渡が出る可能性もある、かなり危険な会社では……」
「ああ、もちろん知ってるとも」
「じゃ、じゃあ、スカイウォード社がジェネラルバンクの傘下に加わったら、親会社もろとも……」
拓真が座ったまま緑岡雄二を嘲笑うかのように見つめた。
その様子は部下の心中を面白がっているようでもあった。
「緑岡君、これは、取引だよ。いずれスカイウォード社はこのまま斜陽となる。一時の安心のために夢を見させるのも我々の仕事だと思わないか?」
緑岡雄二は返答に窮し答えなかった。
「じゃあ、後のことは頼んだよ。ああ、それと、帝国製薬の神崎博士には伝えてくれ。例の外資大手金融機関との合併の件、全ては計画通りうまくいっているとね」
緑岡雄二の顔がパッと明るくなった。
「あ、本当ですか? さすが岸津マネージャです。これが決まれば当部設立以来の超大型案件達成ですね」
拓真が頷いて、腕時計を見る。
今日は確か娘の琴美の授業参観だったか、今からじゃあもう間に合わない。
「どうしました?」
「いや、何でもない。下がってくれ」
(今はこの案件が最重要課題だ、いずれ琴美も分かってくれるだろう)
拓真が思った。
緑岡雄二が部屋を出ようとした。
ふと思いとどまり、緑岡雄二の背中に声をかけた。
「ところで緑岡君、明日、土曜日だが、帝国製薬との打ち合わせ参加出来るか?」
「え? 明日ですか?
まぁ、岸津マネージャが言われるなら」
「突然で悪いな。
君はちゃんと僕の指示に従ってくれるから助かる。
振替休日はちゃんと取れよ」
「ありがとうございます、しかしマネージャーも全然休暇取ってないんじゃ……」
緑岡雄二の返答に拓真がフッと笑った。
「上司の心配する前に、まずは自分一人で一人前の仕事を出来るようになるんだな」
緑岡雄二は一礼して部屋を出た。




