10話 通じない相手
目の前の化け物、立ち上がる動きは鈍い。
だが、拓真を襲おうと確実に向かってくる。
「……す、すまない」
拓真は後ずさった。
「しょ、食事中だったんだな。
いや、邪魔するつもりはなかったんだ」
返事の代わりに、喉の奥から汚物をかき混ぜるような音を漏らした
怪物が距離を詰めてくる。
白く濁った眼球が、拓真をまっすぐ見ていた。
「お、落ち着けって、そんなに怒るなよ」
背中が、壁に当たった。
逃げ場がない。
店員……それだったものが、腕を伸ばす。
噛みつこうとした瞬間、
拓真は反射的に躱して両手で怪物を後ろに勢いよく押し退けた。
怪物が押されて大きくよろめいた。
そのまま、後ろに倒れ込み後頭部を机にぶつけた。
大きな音がして怪物が倒れた。
拓真が後退りした。
「わ、悪かった。大丈夫か?」
怪物は何もなかったかのように起き上がり、身体を変にくねらせながら再び拓真に近づいてくる。
「でも、今のはわざとじゃない。
君がいきなり襲ってくるから…」
自分でも何言っているのか拓真には分からなかった。
店員だったそれが、飛び掛かってきた。
拓真は咄嗟に近くにあったプラスチック製のゴミ箱を掴み、振り回した。
ゴミ箱の角が目の前の怪物の頭に当たった。
何度叩きつけても、怯む様子はない。
逆に、腕を掴まれた。
力が、異様に強い。
関節が軋む。
なおも無我夢中に拓真はゴミ箱を振り回し必死に抵抗した。
暴れる拓真を今度は怪物が押し倒した。
「ぐっ!」
拓真がうめき声を上げて倒れ、ゴミ箱が宙に舞った。
宙に飛んだゴミ箱は、そのまま化け物の頭に被さった。
視界を奪われた怪物は、動きを止めた。
手探りで、空を掴むだけになる。
化け物を蹴り飛ばして払いのける。
ゴミ箱が頭に被さった怪物は、そのまま蠢き、床の上でもがいている。
その隙に、拓真は走り出した。
……琴美!
娘の安否に拓真の胸が凍りついた。




