↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/15

6話 コーカスト平原:錬金術師のスモア

 ビスクに教えられた喫茶店を巡りながら、街道をいくつか越えた先……一人と1匹は、また新しい街の大通りを歩いていた。


 石畳の上には露店が立ち並び、呼び込みの声と、焼けたパンの匂いが行き交っている。


 そんな雑踏の中、ふと、ムースの足が止まった。


 視線の先、通りの角の店先に、木彫りの看板が吊るされている。


「あ、四角と蛇」


「身分証明書にも、同じマークがありますよにゃ?」


 外套のフードの中から、ニーハがひょこりと顔を出す。


「うん、学院のマークなんだけど、ああいうところにある時は雑貨屋だね」


 学院で学んだ者が、卒業後に開ける店。錬金術師御用達の材料屋である。


 ムースはしばらくその看板を眺めて………それから、何かを思いついたように、口の端をゆっくりと持ち上げた。


「………うん、明日は外でお茶にしようか」


「?」


 首を傾げるニーハを他所に、彼女は軽い足取りで店のドアをくぐり、カウンターに置かれたベルを鳴らした。


 チリンという音に応えて、奥から人の良さそうな男が顔を出す。


「ああどうもどうも。 何かお探しで?」


「得意系統は?」


「系統……ああ、お客さんも錬金術師ですか。 僕は薬学専攻だったので、特に品揃えがいいのは薬やら粉末ですね」


「そっか。 ……ゼラチン、砂糖、片栗粉、ある?」


「ありますが、何グラムにします?」


「ゼラチンは10グラムずつ袋に分けて10袋ずつ、砂糖は0.5キログラム、片栗粉は100グラム」


 淀みのない注文に、店主は少し感心したように眉を上げてから、手際よく棚から瓶を下ろしていく。


「分かりました。 少し待っていてくださいね」


 量りの上で粉が踊り、袋がきっちりと口を結ばれていく。


「お値段は、これこれこうで………グルテ銀貨2枚になります」


「ん、思ってたより安いね?」


「同じ釜の飯を食べたかは分かりませんが、同郷のよしみということで、今後ともご贔屓に」


 店主の営業めいた笑みに軽く会釈を返して、ムースは袋を抱えて店を出た。


 その足で、今度は市場の方へと向かっていく。


「林檎一つエルナ銅貨2枚! 新鮮で美味いよ!」


 威勢のいい声を横目に流しながら、彼女の目は棚から棚へと忙しなく動いていた。


「クッキーあるかなぁ……」


 ゼラチンに、砂糖に、クッキー。


 その組み合わせの答えを知る者は、この市場には、まだ誰もいなかった。


 ◇◇◇◇


 その日の夕方、宿の一角。


 借りた台所の机の上に、買い込んだ材料が几帳面に並べられていた。


 その横には、ムースの手書きらしい、やたらと字の綺麗なレシピが一枚。


「よし、じゃあニーハ、このレシピ通りにお願い」


「ご主人様はやらないんですかにゃ?」


「私は食べる派だし、わざわざ作るなんて2年に一度くらいだよ」


 椅子に深く腰掛けて、完全に観客の姿勢である。


 ニーハは尻尾の大鍋を意気揚々と降ろすと、腕まくりでもするように前足をぐるぐると回した。


「では、腕によりをかけさせていただきますにゃ!」


 それからしばらく、台所には泡立てる音と、粉の舞う音が続いた。


 ゼラチンと砂糖が白いふわふわの塊に姿を変えて、片栗粉を纏い、四角く切り分けられていく。それをクッキーで挟めば………


「できました! スモアです!」


 誇らしげに掲げられた皿を、ムースはじっくりと検分して、頷いた。


「……うん、まぁ、まだ完成ではないけどね」


「?」


 マシュマロをクッキーで挟んだだけのソレは、確かにスモアの形はしている。


 だが、このお菓子の本当の完成には、あと一つ、決定的な工程が残っているのだ。


 明日は外でお茶にしよう……その言葉の意味を、ニーハはまだ知らない。


 ◇◇◇◇


 翌日の昼下がり、街を出て少し歩いた草原で、小さな焚き火が爆ぜていた。


 ムースは枝の先に刺したマシュマロを、火の上でくるくると回している。


 表面がきつね色に染まって、ぷくりと膨らんだところで、それをクッキーの上に滑らせて、もう一枚で挟み込む。


「……できた」


 一口齧れば、香ばしいクッキーの音の向こうから、焼けた砂糖の香りと、熱でとろけたマシュマロが溢れ出す。


(外側は焚き火の香ばしさ、中は搾りたてのクリームみたいにとろとろ………同じマシュマロの中に二つの世界がある! こんな贅沢、外でしか味わえない!)


「うん、外はサクサクで中はとろり。 上手くできてたよ」


 満足げに頷くムースの前で、しかし、ニーハは焚き火番をするばかりで、皿には手をつけていなかった。


「? そうえいば、ニーハ食べないの? ずっと食べてないよね」


「いえ、僕は太陽光が食事みたいなものですし、味覚機能がないので……」


 その瞬間、ムースの手からフォークが滑り落ちた。


「なんて可哀想なの…!」


「そこまで?」


「だって、それって生きてる意味があるの?」


「そこまで!?」


 ドラゴンを前にしても眉一つ動かさなかった錬金術師が、今、心の底から憐憫の目を1匹の猫に向けていた。


 ニーハとしては生まれてこの方不便を感じたこともなかったのだが、この主人の前でだけは、自分がひどく不幸な生き物であるような気がしてくるのだった。


「とりあえず、残りは携帯食にして進もうか」


 焼く前のマシュマロとクッキーを包み直して、火を消して、二人はまた街道を歩き出した。


 ◇◇◇◇


 道すがら、焚き火を借りてはスモアを焼き、齧りながら歩く。


 そんな吞気な旅路に、野太い声が割り込んできたのは、次の街道に出て間もなくのことだった。


「姉ちゃん、それ美味そうだねぇ」


 見れば、道の脇に数台の馬車が停まっていて、荷を検めていたらしい男達が、こちらを見ていた。


 金髪の軽薄そうな男が、遠慮もなくスモアを覗き込んでくる。その後ろから、黒髪の落ち着いた男が、窘めるように歩み寄ってきた。


「一人と……1匹だけで旅? この辺りは錬金生物も少ないけれど、大丈夫ですか?」


 心配というよりは、値踏みのような視線が、ちくちくと肌を刺す。


 ムースが返事の代わりにスモアをもう一口齧った、その時だった。


「テメェらどうした?」


 馬車の陰から、一際大柄な男が現れた。


 歳は五十絡み。日に焼けた顔には古い傷がいくつか刻まれていて、堅気と呼ぶには、少しばかり凄みが効きすぎている。


「ああボス。 女の子が……」


 金髪が言い終わる前に、『ボス』と呼ばれた男の目が、すっと細められた。


 その視線は、ムースの右手………黒い手袋の上で、止まった。


「………その手袋、アンタ錬金術師かい?」


「かもね」


 次の瞬間、ゴツンと鈍い音がして、金髪の男が頭を抱えてうずくまった。


「いったぁ! 何するんすかボス!」


「間違いねぇ。 女の子なんかじゃねえ、この人は錬金術師様だ」


 男は部下を軽く睨みつけてから、ムースに向き直り、意外なほど丁寧に頭を下げた。


「ウチのが粗相をしてすまん。 馬車に空きがあるんだが、よければ途中まででも、乗ってくれないか?」


 ムースは、男達を順繰りに眺めて……少しだけ考えた。


「……うん」


(何にもされてないけど、いっか)


 疲れた足と、馬車の魅力の前には、警戒心など安いものだった。


 ◇◇◇◇


 ガタゴトと揺れる荷台の上は、思いのほか賑やかだった。


「んにゃあああ! こそばゆいにゃあ!」


「ひゃあ〜、喋る猫とは珍しいなぁ……」


 金髪の男が、ニーハの喉やら腹やらを遠慮なく撫でくり回している。


 その光景を横目に、ムースは向かいに座る大男へと視線を戻した。


「一応聞くけど、なんで私が錬金術師って分かったの……ですか?」


 途中で口調を取り繕った少女に、男はニヤリと笑う。


「んー、その『空に文字を書く手袋』もそうだが、その懐中時計、『スタルトスの石』だろ? 何回か見たことあるぜ」


 ムースの指が、無意識にネックレスの時計に触れた。


 ただの商人にしては、随分と目が肥えている。


「……詳しいのは結構だけど、学院を卒業せず、我欲を貪るような錬金術師もいるんだから、気をつけてくださいね」


「職業柄、一線を踏み越えたようなのは見てきてる。 心配いらねーよ」


『職業柄』という言葉の中身には、あえて触れないでおくことにした。


 男は膝を叩いて、改めて名乗りを上げる。


「改めて、オルテ商会のアタマやらせてもらってる。 オルテ・ダリルケイドだ、よろしくな」


 この時、ムースは思わなかった。


 この男と、それを取り巻く抗争の渦へ、自ら飛び込むことになると。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。