4話 アルタの星屑亭:星屑の金平糖
「うーん、64点」
「やはりキチンとした素材がないとですかにゃあ……」
大森林を出て、山を見渡せる程度の平原に着いた一人と1匹は、優雅にティータイムを楽しんでいた。
料理人が猫で主人は少女……はたから見れば異質だろうが、幸いに、平原には二人だけだった。
そして、やはり何かが物足りないといった具合にムースは唇の右あたりを舐めた後に、あのグンダ鳥の卵の濃厚さを思い出した。
(卵、私も一つ取っておくんだったかなぁ……いや、腐るか)
そんな悲哀やらもすぐ後に、また出立して進むと、山を前に立ち塞がるように、街が姿を現した。
国とまではいかない規模だが、それでも中々に大きく、門を出入りする人間も相当に多い様子であり、この街とその主の力というものを、まざまざと見せつけているかのようだった。
荘厳とさえ言えるしっかりとした石壁を前に、ムースは自分の真下にいるこの鍋猫のことをどうしようかと少し思案した後………キメラやらを入門させる許可だったりの面倒を思い出してすぐ、門の少し外れの、壁に発着してしまった。
「……ニーハは、浮けるんだし、壁の上から入ってね」
ニーハは恐る恐る上を見るが、明らかに石壁は太く、バリスタまで準備されていた。
「……バレたら、撃たれませんか?」
「んー、錬金術使えるんだし、壁に一瞬穴を開けたら?」
当然かのように、ムースは答える。が……
「一応、ご主人様が学院公認の錬金術師ってことでしたけど、つまり公務員ですよね?」
「公務? ……あー、まぁ、そうなるね」
(この人は公務員なのに法を犯すことに特に忌避感とかはないのだろうか……)
「?」
ついていく人間を間違えただろうかとニーハは動揺したが、猫らしくは無いため息を着いた後には、壁に錬金術式を大人しく描き始めた。
ムースの方はというと、また門の前で子どもか錬金術師かを疑われて、ニーハとの合流が中々に遅れて……結局その日は、その辺りの宿に泊まった。
そうして次の日の朝、ある程度論文を書き終えたムースは、宿から出て、財布にいくらあるかを確認した後、ステップ調子で歩き出した。
その横には、というか、柵の上なので横の上には……どこから現れたのか、ニーハもいた。
「それでは……私はしばらくこの街のお菓子や素材を探索しているので、またお呼び出しください」
適当に別れを済ませて、ムースはその足取りのまま、『岩の鳥亭』があったあの街の、宿の大男に教えられた喫茶店。
四番街の『星屑亭』へとたどり着いたのだった。
ムースは静かにそのドアを開くと、まずはその『内装』に驚く。
全くといっていいほどに、窓がないのだ。
ならばランタンやらシャンデリアがあるかというとそういうわけでもなく、ただ、まるで夜のように暗かった。
しかし不親切なわけでもないらしく、天井には穴が開けられていた。
それが、まるで………
(…星空みたい)
とても落ち着いた雰囲気があった。
穴の上にはきちんとガラスが貼られていて、ここの店主がいかに変わり者で、雨に濡れないかという良心を持っているかをそれが語っていた。
「えっと、おすすめを一つ」
「えぇ、分かりました。 ウチはコーヒーですが、砂糖はつけますか?」
「欲しいですけど、あの………あれ、ガラス張りですよね。 よくお金足りましたね」
「ああ、錬金術師のお得意様がいてね。 それで特別にやってくれたんですわ」
稀代のお菓子好きか、という考察を一般人はしそうではあるが、生憎に錬金術師で甘党は珍しくない。脳を酷使するもので、飲んだくれてたら仕事にならないからである(が、人の性か、酒豪も多い)
とはいえ、この少女がその中でも特異なのは変わりはなかったが。
だが、ここにまた特段変わり者な人間がやって来ていた。
それはぎいと扉を開き、店に顔を出した。
暗くてよく分からないが、少なくとも天井から漏れ出した光が、かろうじて眼鏡をかけていることだけは現していた。
そして、その眼鏡をかけた生物はゆっくりと少女に近づくと、強く肩に手を置いた。
「よう。 稀代の錬金術師様」
「いっ…!」
ムースが嫌そうな顔をしたにも関わらず、その眼鏡の『男』は向かいの席に座ると、店員に適当に注文をした後、いやらしい笑顔をムースの方に向けた。
「………ビスク! 私の近くに座るなっていつも言ってたよね…!?」
「ああ、学生の時な。 懐かしいねぇ」
ビスクと呼ばれた男は動じずに頬杖をつくが、それでもムースを少し見下す程度の目線になる程度には両者の座高には差がありすぎた。
しかし、それに関わらず、ムースは小さく優しく文句を告げていく。
「私は、お菓子は一人で楽しみたいの! そもそも、ものを食べる時ってのは一人で孤独でいるべきで…………まぁいいわよ。 とりあえず、なんでここにいるの」
「ここの近くに活火山があるからその近辺の鉱石調査だな。 ムースは地球外物質の専科だったよな? 隕石が見つかったら教えてやるよ」
諦めがついたのか、ムースは眼前の男を前にため息を着いた後、大人しく談笑でもしてやろうという気にはなっていたようだった。
「ビスクは………結晶専攻だっけ?」
「おお、よく覚えてたな。 菓子以外興味ないのかと」
「こうやって勝手に何度も何度も喋られたら勝手に覚えるというか……となると、この天井はアンタの?」
「おう。 この街じゃここくらいしかまともな喫茶店がなくてな。 贔屓にしてんだよ、この俺だからな。 特別性だ」
ビスクはチラとカウンターの方を見て、まだコーヒーが出来上がっていないのを見ると、机に身を乗り出して、向かいのムースに顔を近づける。
とっくに眼鏡を外して真面目な顔をしたその顔は美男子というよりは美丈夫といった具合で、ここが明るければ、何人かの女性と1、2人の男性は彼を見続けるだろうという程度には目を引く顔立ちであった。
が、そんなことはやはりムースには関係もなく、ビスクの方も、それを当然といった様子で見ながら話を続ける。
「……でも、いつまで風来坊やってる気だ? 学院からの招集はとっくにかかってるだろ?」
「論文提出の義務は果たしてる。 これ以上なにかする気はない」
「あっそ。 同期じゃ一番才能あるのに、相変わらず勿体ねーな」
「どう言ってくれても構わないよ。 私はお菓子さえ食べられれば……」
言い終わる前に、薄暗い空間から、一人の店員がコーヒーと小さな瓶一つを持ってやって来た。
「お待たせいたしました。 『星屑の金平糖』とコーヒーのセットです」
天井の明かりが照らすテーブルに置かれたのは、コーヒーと、金平糖……それだけだった。
(金平糖だけ……珍しい)
別段、ムースは不快といった様子でもない。
錬金術師の中には、忙しければこういったものを深夜に喫することは珍しいことでもないからだ。
が、不快な要素は別にあったことを思い出した彼女は、その視線を、目の前のビスクに向ける。
「ん? お静かにしてるぜ?」
まるで降参でもするかのように両手を挙げるビスクを見てすぐにため息を着いた後………ようやく、ムースは左手をコーヒーの方に置いて、残った手で、金平糖を口に入れた。
(……! 金平糖といえば砂糖のような濃い甘さだけど、これは少ししょっぱい? 塩を極限まで甘くしたような………塩といえば………)
天井から漏れるわずかな灯りを頼りに、手のひらに金平糖を、というか、金平糖というにはしょっぱいそれを置いて、それがなんなのか確認する。
(………うん、やっぱり岩塩だ。 塩化ナトリウムが薄いのかな? なんにしろ、確かにお菓子に使うには繊細すぎるし、そのまま出すのが合ってるかも)
そのまま左手のコーヒーを口に入れると、苦味の中に、ほのかに甘味があり、砂糖を頼んだことをちょうど思い出した後に、深く後悔した。
(コーヒーで味変できるし、これなら砂糖はいらなかったかもなぁ)
「美味かったか?」
食べ終わったことを確認してすぐ、ビスクが話しかけて来て、余韻に浸っていたムースは顔を顰め、睨みつけた後、その視線をそのまま扉の方に向ける。
「……まぁ、贔屓にするのは分かったけど、他に用がないならさっさと目の前から消えて欲しいんだけど」
「ひっで、仮にも同期に言うことかよ」
ビスクは、届いたコーヒーと金平糖を食べつつ、また打って変わって、静かに口を開く。
「……頼みがあるって聞いたら、どうする」
「永遠にさよなら」
そう言って外套を片手に席を立つ彼女を、長い手足を使ってビスクが妨害する。
「あー待て待て! 学院にお前をもう少し見逃してやるよう口聞きしてやるからさぁ!」
その言葉で、ムースの足は止まって、無表情のまま、ビスクを睨む。
「分かってんだろ? 放浪浮浪にも限界がある。 たまに出す論文程度じゃそのうち本格的に連れていかれるぞ」
「………この先の街の優良な喫茶店の情報もつけといてね」
「おお! そうこないと!!」
そうして、ムースの次の仕事が決定してしまったのだった。
(腐れ縁も甚だしい)
呆れるムースの横で、ビスクはまるで少年のように、その美丈夫な顔を朗らかに笑わせていた。
◇◇◇◇
二つ返事とは程遠いやり取りの後、山肌を削り取り、二人は山道を歩く。
道、と呼ぶにはあまりに荒々しい。岩壁を無理矢理に切り開いたような断面が両脇に続き、足元には砕けた石が申し訳程度に均されているだけだった。
「こんな道来てたの? 人が来る道には見えないけど……」
「そりゃ即興で錬金術使って作ったもんだから、まぁ瓦礫やらはなかったし………」
そう言うが早いか、ビスクの頭上がゴロゴロと鳴り出すと、大岩が空を遮った。
だが、なぜか頭上からはそれると、そのまま、地上に向かい転がり落ちていった。
「……どこが!?」
ムースが指差す先では、彼女の頭ほどもある岩が、いくつも破壊されていた。
「いや、一応、防御用術式はやってたが……今、猫いなかったか?」
「猫? それは、ニーh………な、何だろうにー」
「……何ふざけてんだ、お前」
視線の先の茂みでは、灰色の尻尾の先の大鍋が、隠しきれずにキラリと光っていた。どうやら忠実なお供は、主人の言いつけ通り、呼ばれるまで姿を現さないつもりらしい。
ビスクは訝しげに眉を寄せたが、深くは追及せず、また前を向いて歩き出した。




