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3話 ブルーゲル大森林:猫のショートケーキ 2

「まあまあの味、60点」


 ムースの批評に、猫もどきは酷く肩を落とした。


 流石に申し訳なくなったのか、いや、思ってもいないのかもしれないが、ムースは、話題を変える。


「でも、砂糖と小麦粉はどうやって取ってきたの? この山の中じゃ近くの村までもかかるでしょう?」


「ああ、それは………」


 突然、猫が尻尾の大鍋を降ろして、そこらの木片やらをポイポイと入れる。


 すると、大鍋に爪で錬金術の術式を描き始めた。


 その文は世界の理法の通りに輝くと、木片だったものは、小麦粉に姿を変えた。


 それを見て、ムースも目を一瞬見開いて驚いたが、そんな表情もすぐに眉を顰めてしまう。


「錬金術……どうりでいまいちなわけだ」


「え? 結局同じじゃ……」


 すでに空になった皿を横目に、ムースは猫相手に錬金術師の教鞭を語り始める。


「微細な部分が違うんだよ。 aをbにするといっても、aを〇〇で産まれたbにはできない。 錬金術で作った小麦粉はどこにでもあるような土地で、ありふれた方法で作られた小麦粉で、普通なんだよ。 農民が丹精込めて作ったものには、遠く及ばないの」


「にゃるほど……」


「でも、粉状になっているとはいえ、植物を生成するのは難しいし、実際『普通』で悪くはないよ。 これは趣味で?」


 壁にかけられた自らの外套を手に取って、質問をされる。それを聞けば変えるという雰囲気が、彼女にはあった。


「はい。 産まれて、捨てられて、造物主を真似て、ここをなんとか立てて、趣味で料理やらも始めたけど、鳥も人も、だぁれも来ないから、いよいよ暇になって……あの看板を…………」


 猫は途端にしょぼくれると、尻尾の鍋に抱きついて追い出された猫のようにうなる。


「寂しさで、こんなことをして、誰かについて行こうにも、みんな僕を見るなり逃げて……」


「…………そのうち、あなたは他の錬金術師や衛兵に見つかって解剖されて死ぬだろうね」


 その言葉を聞いて、猫は分かりやすくしょぼくれて、尻尾の大鍋に強く、抱きついた。


 しかし、鍋ごと持ち上げられた。


 錬金術師の、その少女に。


「どうせ死ぬならさぁ、色んなお菓子に触れるべきかなぁ」


 わざとらしくムースは笑いかけて、猫はしどろもどろとしながらも、その意味を問う。


「つ、つまり……」


「他にも色んなお菓子を私に作ってよ」


 それを聞いた瞬間に、猫もどきは尻尾の大鍋をひっくり返して、豪快に彼女の顔に飛びついた。


「あ、ありがとうにゃあ! うにゃあああん!」


「うーん、獣くさいし小麦粉がついてるし」


 涙で小麦粉が少し固まった頃に、ようやく猫は外套から離れた。


 ◇◇◇◇


 こうしてお供1匹を連れて屋敷を出たムースは、隣で歩く猫に、ふと顔を向ける。


 特異な存在であることに変わりないのだろうが、ドラゴンなどを思い返して、なんとも不思議な生物もいたものだなと再認識した後に、学院で生物科だった友人のことを思い出す。


 数少ない友の一人で、ムース同様『変わり者』であった彼女は、三つの頭の犬やらライオンや蛇を混ぜ合わせたキメラを作って可愛がる変わり者で、大切そうに名前までつけていた。


 それを回想したムースは、そのまま、また猫に顔を向ける。


「そういえば、名前は?」


「ホムンクルスNo.218ですにゃ」


 その答えで途端に心の中で顔を顰めるが、困ったように恥ずかしいように頭をポリポリ書いた後に、猫とは逆の方向を見ながら、つぶやいた。


「じゃあ、ニーハだね。 よろしく、ニーハ」


「はい、よろしくお願いします! 僕のご主人様!」


 ニーハは、そのまま少し早歩きになる主人の後を健気について行った。


 ◇◇◇◇


「おはようございます、ビスキュイさん」


「ええ、どうも、今日も頑張っていきましょう!」


 アルタ山脈の山の奥地で、声が反響していく。


 テントがいくつか並ぶ広場の上で、何人かの研究員らしき男女達が行き交って、岩や鉱石、それに紙を渡したり受け取ったりを繰り返す。


 リーダーらしき眼鏡をかけた男は、山には似合わない白い服を着ると、コーヒーを片手にいそいそとカバンから新聞を取り出して、それを忙しくテントの中で読み流していく。


 ちょうどそこに来た研究員の一人がその姿を見ると、興味深そうに近づいた。


「新聞ですか? こんな山奥にまで配達来るんですね」


「いえ、定期的に取りに山を降りてるだけです」


 それを聞いて、研究員は驚いた。


 なぜなら、ここに来るまでには近い街でも崖やら岩雪崩の危険やら、障害が多かったからだ。


「あれ、ホントなのかな」


「冗談に決まってんだろ? 空から郵便がきてるんだって」


「ほら、こんな崖、渡れるわけ無いだろ」


 そう見下ろすと、そこには、絶壁だけがあった。


 ヤギでさえ登るのは不可能であろうそれは、下山を不可能なものにさせていた。


 そうして、研究員がそうだな、というように振り返った時……


「ふ、ふふ! はは……!」


 テントの中から、太く荒い笑い声が辺りを揺らした。


 テントの外で研究員達がざわざわと噂を始める中で、椅子の上で、眼鏡を外し、男は不敵に笑う。


 その雰囲気は打って変わって、真面目というよりかは、女の2、30人とは遊んでいるかというようなものになっていた。


「久しぶりの再会になりそうだなぁ。 ムース」


 ……その新聞の端には、錬金術師の少女が、ドラゴンを倒したことが、小さく書かれていた。

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