2話 ブルーゲル大森林:猫のショートケーキ
ざわざわと、静かにがなる森の中、ムース・パラネットは、ふと右を見た。
というのも、そこに何かあるような感覚があったからとしか言えず、言わば野生の勘というものがこのような自然の中で触発されたとしか思えなかった。
実際、そこには立っていた。
「……なに、この看板」
ポツンと置かれた看板にはいくらかの手入れが施されていて、奥に歩けば人がいることを想起させた。
さて、看板とは何かを示すものだが、肝心のそこには
『レストラン wildcathouse』
と書かれている。
下に描かれた粗雑な肉の絵は、かろうじて料亭であると言っていた。
「……スイーツがないなら別にいいや」
ここまでは、どこぞから銀河鉄道でも走りそうな雰囲気だったが……その一言で、築かれたそんな独特な空気はすぐにぶっ壊れた。
そうして去ろうとしたムースだったが、また何か気配がして振り返る……
すると、さっきの看板の下に、『ケーキあります』という字がいつのまにか書かれていた。
「ほほう」
明らかに罠でしかないが、気にもせず、ムースは足取り軽く、奥に進む。
すると、予想通りかそれ以上の豪華な洋館が、彼女の前に現れた。
看板の比ではないほどによく掃除されているのか、木造だろうに、太陽の光さえ反射しそうだった。
そして、そんな洋館の入り口には、これまた看板が掛けられていた。
『どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません』
「レストランなら当たり前じゃないかな」
『ことに肥ふとったお方や若いお方は、大歓迎いたします』
「うっわ、なに差別? 最悪の店だね」
その発言のせいか、またどこかで冷たい風が吹くが、ムースはどこ吹く風のままに、ドアを開けた。
だが、異様なのは、玄関がほぼ個室で、奥に一つドアがあるだけだった。
また同じように、そのドアの横の看板があり、そこには……
『注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい』
と書かれていた。
これには、いくらか納得できたのか、特に文句も言わず、ムースはドアを開けて進んだ。
そして、次の部屋には、櫛やらタオルが置かれていた。
『お客さま、ここで髪をきちんとして、それからは服の泥を落してください』
「……髪留め………猫型………可愛い」
一瞬そのアクセサリーを握ったムースは、すぐにそれをつけると、また進む。
次の部屋では、ただ、机が置かれていた。
『指輪やネックレスをここへ置いてください。』
「………は」
(じゃあなんでこんなの置いてんの)
「………」
少し間はあったが、口惜しそうに髪留めを置いたムースは、そのままズンズンと進んでいく。
こうして、他にも、色々と、どこかで聞き覚えのあるような注文を掻い潜って……
遂に、一番豪華で大きいドアの前に、ムースはたどり着いた。
「……さ、体に塩も塗り込んだよ? 上着も脱いでシャツとズボンだけ! これでいいかなぁ!」
扉の向こうに問いかけると、低い笑い声が静かに地面を揺らす。
「いや、わざわざご苦労です……大へん結構にできました。さあさあおなかにおはいりください。」
また不気味な声が、背中をなぞるような感じに喋りかけてきた。
だが、ここに犬でもいれば、というのは、一般人だったらの話で……
「その必要はない」
ムースは、ポケットから隠していた懐中時計を取り出すと、扉に手を当てた。
「ンニャアアアアアア!!!!?」
瞬間、猫の甲高い声が響いて、ムースは静かに、最後の戸を開ける。
中はムースの発動した錬金術の影響か、四方八方から棒が飛び出ていて、酷い有様になっていた。
天井さえも破壊されて、『ある生物』を、漏れた光が照らす。
………そこにいたのは、予想通りに猫だった。
だが、猫というには、その指は長く、毛に覆われてはいるが、肉球も小さいのが見てとれる。
特におかしいのはその尻尾で、金属質な大鍋がそのまま先にくっついていることだった。
それは大きい肩掛けバッグ程度の大きさで形は魔女やらが使うようなもので、重厚感はどう見ても物理法則を無視している。
そんな猫は、怪我はなかったようだが……ムースを見た途端にたじろいで、すぐに壁の端に逃げ込んだ。
「猿の混合? 人工生物にしては悪知恵が働くねぇ」
逃亡虚しくひょいと首根っこを掴まれた猫もどきは、特段高くもない空の上で、ジタバタとしながら器用に手を合わせて許しを乞い始めた。
「ご、ごめんなさい! ただ人が驚いて逃げるのがおかしくて面白くて! 本当にすみませ」
「お菓子は作れる?」
「はい、それはもう……………んニャ?」
一瞬時が止まった後、呆れるように、ムースはもう一度猫に聞いてみる。
「だから、お菓子は?」
「あ、はい。 すぐに作りますにゃ」
下ろされてからも、大人しく猫はムースの言う通りに動き、厨房についてからは手際良く材料やらを棚から取り出して、セコセコと調理を始める。
10分ほどすると………彼女の当初の目的通りに、その目の前に、一品のケーキが置かれる。
そうして、また習慣かのような自然な手の動きで木製のフォーク、ナイフを手に取ると、最高級のステーキでも食すかのように綺麗に切り分け、それを、口に運んだ。
「……まあまあの味。 60点」
(わざわざ作らせておいてソレか)




