13話 宿跡地:爆炎
睨み合いの均衡の中で、先に口を開いたのは、ムースの方だった。
「………とりあえず、お菓子の時間だから、座っていい?」
「ああ、俺も君の話を聞きたいから、いいぞ」
戦闘の最中だというのに、あまりに自然な申し出。男もまた、あまりに自然にそれを許した。
ムースは瓦礫の一つに腰を下ろし、外套の内から、包みを取り出す。焼く前に携帯食に回していた、あのスモアの残りだった。
齧りつく彼女を、男は興味津々といった様子で覗き込んでくる。
「おおスモアか。 西方諸国で見たことがある。 甘党なのはやはり脳のカロリー補給か? それにしては、そのクッキーは砂糖多めといった感じでもないな。 クラッカーみた」
「……食べ終わるまでは、黙ってて」
「分かった」
存外に素直に、男は口を噤む。
菓子を味わう間だけは、戦場に奇妙な静寂が訪れた。ムースは一片も残さずスモアを平らげて、指先の粉を払い、立ち上がる。
「食べ終わっ」
言い終わるより早く、彼女は地を蹴っていた。
振り上げた足が男の拳と交錯する。
怯んだか、男はすんでのところで身を捻り、後ろに跳んで距離を取った。
「はー……中々肉弾戦もイケる口か! 錬金術師は近距離戦はからっきしなもんだがな」
「女の一人旅は何かと物騒だからね」
錬金術師は詠唱にも似た記述に時間を要する。ゆえに懐に飛び込む格闘こそが弱点とされる。
だが、それは一般的な錬金術師に限り、少女はその規格の内になく、涼しい顔で覆してみせた。
男は、心底愉快そうに目を細める。
「言っておくけど、私に特別な出生だとか能力はないよ? あなたの思う結果が私から得られるとは思えないな」
「謙遜と受け取っておくが、俺はそもそも錬金術師のことは大体好きだし好奇の対象だ」
「……アンタみたいなのに好かれるのはいい気分じゃないね」
心底嫌そうに、ムースは眉を寄せる。
巻き起こる硝煙が土煙と混ざって、咳き込むほどに、濃密に変わる。
両者とも口に手を寄せて、吸い込まないように、相手から目を離さないように、集中を加速させる。
ただ、男のみ、引き攣るほどに歪んだ口が、その手から覗いていた。
「君みたいなのは俺ぁ大好きなんだが………うん、君呼びも飽きがきた。 名前は?」
「ムース・パラネット」
「ザイゼン・ダイナマイル。 よろしく、ムース氏」
「きみの悪い呼び方だなぁ!」
妙な敬称をつけて呼ばれ、ムースは思わず顔をしかめる。
その一瞬の意識の逸れを、ザイゼンは見逃さなかった。
足元で、白い煙が渦を巻いて立ち昇る。いつのまにか、彼女を囲うように術式が仕込まれてい。
(ループ式…! いつの間に!)
あの一瞬の近距離戦を思い出すのも束の間……
爆炎が、行き着く暇もないほどに連続した。
まるでミミズのように同じ軌道をぐるぐると巡り、爆発は途切れることなく彼女の視界を塞ぎ続ける。
書き込まれた式が一巡し、また始点へ戻り半永久的に持続する、循環型の術式。
「うるっさい! くさい! 最悪!」
刺激臭に咽びながら、ムースは吐き捨てる。
だが、その指を走らせると、煙の軌道の一点が発火し、術式そのものを内側から焼き切った。
ループは断ち切られたのか、煙も爆発も、行き場を失って霧散する。
「書き込んだ式が焼き切れれば、ループ式も無効になる。 学校で習ったでしょ?」
「生憎、もぐりで」
そう言って、再度ザイゼンは同じ術式を描き始める。
「またループ式は芸がないなぁ………」
「生憎ピエロでもなくってな!」
軽口の余裕を残しつつ、ザイゼンは術式を発動した。
巻き戻したかのように、同じような炎が爆ぜて繋がって、それを繰り返し繰り返し……
「だからぁ! こんなの何回やっても意味な」
風を起こして煙を払った、その先。
(いない!?)
晴れた視界に、ザイゼンの姿はなかった。
警戒態勢に移った瞬間、地中から爆音が静かに鳴り響く。
そして、ムースが体制を立て直すより前に……ザイゼンとともに現れ隆起した爆炎が、地面ごとムースの右肩を焼け焦がした。
なんとか退避したムースだが……その傷は大きく、息は浅い。
「ハッ…………ハッ………」
同様、肩で息をするザイゼンの脇腹には、鮮やかな裂傷が刻まれていた。ムースが咄嗟に放った一撃が、掠めていたのだ。
だが、肉を切らせて骨を断つ。
ムースの傷は、再起不能寸前だった。
「流石に手傷は負ったな。 もぐりでも、やってみるもんだ」
「本当にもぐるやつが………くっ………」
減らず口を叩きながらも、ムースの息もまた、上がっていた。
(目に硝煙が染みる……くそっ、まずい)
火薬の煙は、視界を曇らせ、肺を焼く。相手の土俵で戦う不利が、じわじわと彼女の集中を削っていた。
「どうしても術式への干渉はノータイムとはいかない。 隙ができるって学校で習ったか?」
「研究職だばーか!」
軽口の応酬。だが、彼女の内心は、決して楽観していなかった。
(ただ、このまま速攻を仕掛けられ続けると、こっちがジリ貧になる……? っとに、なんでこんなのが強いのかなぁ……)
火薬という反則じみた武器に加えて、この男は、単純に場慣れしている。錬金術の腕でこそムースが勝るが、殺し合いの経験値では、明確に劣っていた。
「流石に戦闘面では死線をくぐってきた数が違う。 ちなみに、降参するなら、見逃してやるぞ?」
その言葉に、ムースはふと、純粋な疑問を口にした。
「本当に変わってるね………なんでそこまで錬金術師が好きなのに、その法を犯すのか理解しかねるよ」
錬金術師を愛すると言いながら、錬金術師を縛る法を破り、その火薬で街を乱す。矛盾しているとしか思えなかった。
だが、ザイゼンの答えは、彼の中では一片の矛盾もない、確信に満ちたものだった。
「? いや、これはムース氏達のためにやっていることだぜ?」
「………はぁ」
「うん、分かってる。 錬金術師は火薬や金を錬成したりその製法を広めてはいけない。 だが、危険だから、治安が乱れるからという理由でそんなことをすれば、君達の進化は著しいものにはなり得ない。 規制の中で実行する行動とはいつの時代も」
「簡潔に」
「火薬を解放すればもっと色んな錬金術が生まれる! 人類の進歩だ!!」
「うん、くたばれ」
一切の共感を拒絶して、ムースは再び拳を握った。
だが、疲労と硝煙に蝕まれた彼女の動きは、先ほどまでの精彩を欠いていた。
「流石に鈍くなったな! これくらいなら避けるのも造作ないぞ!?」
ムースの一撃は空を切り、ザイゼンは軽やかにそれを躱してのける。
体力勝負に持ち込まれれば、勝ち目はない。ならば……
「その爆発、空気を錬金してるわけじゃないね」
「袖から、粉を……いや、土か、砂かな。 それを火薬に錬成しているんだよね。 さっきから煙が多すぎるのはその弱点を隠すため、わざとらしいね」
「……そうだな。 空気やら、気体を個体に、気体を液体には難しい。 で? それからなんだ?」
依然として、爆弾魔はわくわくした目で相手を見つめている。
ギリギリと移動する歯を抑えて、ムースは続ける。
「対策が簡単て話だよ。 爆発そのものを錬金してるわけじゃない以上、湿気ればなにもできない。 でしょう?」
「……ああ、もしまた会えればまたぜひその話を聞きたいんだが、今は………」
ザイゼンが目を見開いた。
少女の視線が、今まで自身に向いていたそれが、突然変わったからだ。
ムースは、ふっとうつむくと、ザイゼンへ、どこか自嘲するように笑った。
「……正直、猫の手も借りたいってのはこういうことだろうね」
「は」
ザイゼンが、その言葉の意味を捉えるより早く。
頭上から、灰色の影が落ちてきた。尻尾の先の大鍋が、陽光を弾いて煌めく。
その直後……土で構成された幾本もの槍が、ザイゼンの手と、足を………貫いた。
ゆっくりと、その術式を描いた張本人……いや、張本猫が舞い降りる。
焦りと同様のままザイゼンが手を抑えて、眼前の二体を見据える。
「ニーハ、ありがとう」
「速すぎて落とされるかとヒヤヒヤしましたが、よかったですにゃあ」
上空でムースが密かに放った風に乗り、ニーハは死角から奇襲を成功させた。
事前に何か言っていたわけではないが、ムースとザイゼンが互いに満身創痍になったからこそ、出来た隙を突けたのだ。
そして、ニーハが追いついたということは……
「お嬢、さっきのアレ……大丈夫っすか!?」
急いで、ニーハの後をつけるようにナックもついてきた。
時間が立つほど不利になる市街地戦ゆえの速攻。
ザイゼンの当初の狙いは、もはや完全に不可能に変わった。
(奥の手は使わずに助かったかな)
彼女の内心の呟きを他所に、ザイゼンはというと——負傷も、破れた手袋も忘れて、目を爛々と輝かせていた。
「な、なんだそれは!! すごいな!! 猫、いや、錬金生物だよな!? 知能が高い! 古代の遺物か何かか!? 錬金術はその子がやったのか!?」
「ボロボロの割に、ほんっと元気だね」
好奇心が痛覚を上回っているらしい。呆れるムースの前で、しかしザイゼンは、ふと憑き物が落ちたように笑った。
「ああ、会えてよかった……! 本当はもっと色々お話ししてみたかったが、ここらが引き際だな」
「……逃した際を、どこで見つけるのかな。 まぁ、牢屋とかにあるかもだけど」
「いや、この脳に、しっかりある」
その瞬間、彼の指先が、破れていない、もう片方の手袋で……宙へと術式を刻み始めた。
いや、継ぎ足した。
ムースが硝煙の影響で視界に異常が出来た時、ザイゼンはそれを描いていた。
それは、見た目自体は、今までのループと全く同じだった。
だが、それは今までとは違って、光っては消えて、光っては消えて、その速度が加速していく。
やがて、全く光を失うと、失明するほどの光が当たりを包む。
まるで、今まで発動しなかったものが、今、この一瞬に………
(ループ式の圧縮化……!! 重複された爆発が来る、まずい……!!)
幾重にも折り畳まれた爆発。それが一斉に解放されれば、この一帯ごと消し飛ぶ。
その時、ニーハは、呆然とそれを見ていた。
その時、ムースは背後の二名へ叫んだ。
その時、ナックはムースとニーハを抱え込まんと手を伸ばした。
その時、ザイゼンは、術式を発動した。
鼓膜をつんざき、空を割り、硝煙さえ弾け飛ばす。
その音一つの後には、一切合切が無為に、森羅万象は塵に、理合は芥に。
あまりにかき消す声が多いそれは、畏怖のもとに、誰かが呼び、爆魔もまたそれを名付けた。
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